第396話 金一郎・資金を調達する

 夏真っ盛り。盆休みが近付きつつあるミズホオートでは会長の手によりスーパーカブが組み立てられていた。


「こんにちは、億田金融です」

「おお、示談屋さん。まぁどうぞ」


 そんな所に訪れたのは大島からの紹介で動いている億田金一郎だった。今日はいつもの縦縞のスーツではなくてカッターシャツにネクタイ、そして紺のスラックス。乗って来たのもベンツではなくてドアに『億田金融』とだけ書かれた軽バンだったりする。これは中から「地味な格好で行ってや」と命令されているからだ。もちろん普段のサングラスではなくて普通の眼鏡をかけている。見た目は普通の金融業者だ。体格は隠せていないのだが。


「ではこちらを……」


 事務所に通された金一郎がアタッシュケースを開けて見せたのは指が切れそうな新札の束。


「で、このうちのどれがウチへの損害賠償なり弁償になるんや」


 随分金を見せびらかすものだと呆れている会長の顔を見た金一郎はニヤリとした。


「会長はん、億田金融は……いや、億田金一郎は無駄な金は見せしまへん。これが取り立てをした分の全部ですわ。ざっと二千万円。毟れるだけ毟り取りました」


 のちに瑞穂会長が「アレはぞっとした」と語る邪悪な笑みは『鬼の奥田』のほんの一部分。敵に回すと怖いが、味方であっても身の毛がよだつ金融の鬼の姿がここに有った。


「おいおい……いくらゲヴォ相手でもえげつないで……」


 瑞穂会長は中が『あいつは鬼。尻の毛までむしり取る』『閻魔様からでも取り立てる』と言っていたのを思い出した。


◆        ◆        ◆


「こんにちは……っと、兄貴、毎度」


 『暑い時に冷たいものばかりを食べていると体が弱る気がする。暑い時期にあえてスパイシーなカレーを食べれば夏バテしない』……みたいな事を言ってたリツコさんだが、何の事は無い。ただ食べたいだけなのだ。で、俺は暑い台所でカレーを煮込む羽目になる。カレーをかき混ぜているところへ上手く顔を出すのが金一郎だ。


「おっと、良い所に来たみたいでんな」

「お前は鼻が効くな、ちょうどええ、ちょっと味見して行け」


「へっへっへ……銭の臭いとカレーの香りに鼻が効く金一郎でござる」


 ミズホオート襲撃事件の損害賠償やら休業補償の交渉をさせていたのだが、上手く片付いたと報告に来たのだ。ちなみに『尻の毛まで毟り取る勢い』で容赦なく取り立てたらしい。もう少し煮込みたいところだが丁度良い時間だ。昼飯にする。


「ふ~ん、毟りも毟り取ったり二千万か、お前を紹介したのは俺やけど、相手に悪い事をしたかなって思うぞ。お前のことやから明日からの生活費に困るほど取り立てたんやろうなぁ、なんまんだぶなんまんだぶ」

「地獄の沙汰も金次第、今回はボチボチってとこでんな」


 根本的に金一郎はやり過ぎなのだ。何をどうしたのか示談で済ませるのだが、取り立てる金額がえげつない。一家離散ならまだ優しい方、下手をすると夜逃げ先まで追いかけて恐ろしい手段で取り立てる……らしい。詳しくは教えてくれんけど。


「まぁアレか、何が有ったか知らんがやましい所が有るんやろう」

「やましいどころか逮捕されましたで」


 金一郎が言うにはミズホオートで暴れた爺さんは、金一郎が銭を取り立てた身ぐるみを剥いだ直後に逮捕されてしまったらしい。


「どうも聞いた話によるとヤバい薬らしいでっせ」

「薬? 最近の高嶋市……じゃないな、今都は物騒やな……はて?」


「兄貴、どうしました?」


 そういえば、車輪の会で変な匂いのする客に気を付ける様に言われていたのだが、もしかすると変な匂いのする客はもしかすると大麻の常習者なのだろうか。妙にハイテンションだったり言うことが支離滅裂だったりしていた。まぁそんな事を言い始めたら今都から来る奴が全部が全部大麻中毒なわけだが。


「ウチにもそう言う客が来たなぁって」

「ああ、いつぞやの剣道ジジイでっか」


 少し前に訳の分からん事を言って店で暴れた爺が居た。今思えば変な匂いがしていたのかもしれない。


「怖いなぁ、『危ない薬をやめますか、それとも人間やめますか』やな」

「そうでんなぁ、僕も悪さをしたけどアカン薬は手を付けまへんでしたなぁ」


 金一郎は大阪に居た頃に『何やかんや』が在ったらしい。俺に嫌われるからと滅多に話さないが、危ない薬はやっていなかった様で安心した。


◆        ◆        ◆


 億田金融が持って来た二千万円のうち、手数料や壊された店の設備や内装の修理代、その他諸々を払って残ったのは一千万円少々。多少目減りしたとはいえ高校生がバイクに乗るバイクを拵えるとしても新車を買うにしても十分以上の金額だ。自分が作っている古く見えるカブなんかよりも新車を勧める方が良いかと一瞬だけ思った瑞穂だったが、免許取立ての若者がいきなり新車を買うのはいかがなものかと思った。そもそも今都町の住民は妬み・嫉み・恨みで有名な陰湿な連中だ。免許取立ての令司が目を付けられて酷い目に会うのではないかと心配だった。


「……と言う事でな、令司君の意見を聞いて、新車にするかこのまま作業を進めるか聞こうと思ってな」

「どんな取り立てをしたんですか……」


 教習所から帰ろうかとした時、着信に気がついて寄ったミズホオートには作業途中のカブと新車のカタログが何点か有った。現行型のスーパーカブ一一〇やC一二五、その他モンキーや二種スクーターなど原付二種市場は近頃元気になったのか一時期より選択肢が増えた。


「新車を乗って行くのは今都は怖いなぁ、当たり屋とかひったくりに目を付けられそうや。盗まれるかもしれんし、自分のバイクってわかるバイクが良いです」


 令地の答えを聞いた瑞穂会長は「ふむ」と言ってスケッチブックと、カブの載っている雑誌を取り出した。


「今考えてるのはな、こんな感じで見た目は古くて中身はカリカリまでは行かんけど新し目のカブや。ここまではやらんけど、フロントはバーハンドルで軽やかにしてみようかと思ってる」


 雑誌を見た令司はカブのフロント周りが学校でよく見るスーパーカブと違う事に気がついた。少し古めに見えるのが個性的で良い。


「それにバーハンドルやからクラッチレバーを付けたりの改造も出来る。エンジンとミッションは他所に預けてるから希望が有ったらある程度聞くで」


 形はともかく、令司はエンジンやミッションについてはよく解らない。ただ、クラッチ操作は面倒だと思っていた。スーパーカブなら教習所の自動クラッチ車の実技教習で乗った事が在る。あれはスクーターより少し面倒だがギヤチェンジが楽しかった。


「そのエンジンのお店に行って直で相談しようと思うんですけど、どこのお店ですか?」

「そうか、直で話すんやったら早いな。大島サイクルや、場所は藤樹商店街の隅に有る……」


(住吉先輩が一度連れて行ってくれた店だ)


 脚癖の悪い先輩は『お世話になっている店に行け』みたいな事を言っていたが、その世話になっている店の紹介なら問題は無いだろう。令司は瑞穂会長に礼を言ってミズホオートを後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る