第394話 瑞穂会長に振り回される
俺達の親父世代はとにかく人を振り回す。行け行けドンドンな団塊の世代ほど
「大島君、バーハンドルのキットは何処で売ってるんや?」
「部品屋に言ったら取り寄せてくれるでしょ?」
「それがなぁ、『そのメーカーの品物は扱ってない』って言われたんや」
部品商はメーカーの純正部品には滅法強いが、社外メーカーの部品に疎い事が多い。カスタムやチューニング部品のメーカーから部品を取り寄せる場合とルートが違うらしい。恐らく今回に関しては瑞穂会長に振り回されると思って断ったのだと思うが。
「じゃあC一〇〇の外装を頼んだ店で注文ですねぇ」
「そこの店でも取扱いしてないんやと」
会長が言うには、その店はOHVカブをオリジナルの姿に戻すのが得意な店で、カスタム部品は扱っていないらしい。オリジナル至上主義と言われる宗派だ。じゃあ何でレプリカ部品を扱っているかというと、普段はレプリカ部品を装着して純正部品は温存するコレクターに向けてや、カスタムする人に貴重な純正部品を使われない為に販売しているとの事だ。
「なるほどなぁ、削って切って色を塗るんやったら純正で無うてもええわな」
「まぁ、フロントフォーク周りはハートボデーが引き受けくれたから良いとして、ハンドル周りは作るより製品を買う方が早いと思ってな」
ハートボデーは堅いので引き受けないと思っていたが、カブの魔法か瑞穂会長お得意のゴリ押しかでフロントフォークとC一〇〇外装の加工をしている様だ。
「そんなわけで、ハンドルキットの注文とこいつを頼む」
「カブのエンジンやったら会長が組めるでしょ?」
店に来るなり俺に軽トラの荷台から降ろさせたのはカブのエンジンとキャブレターだ。
「細かい部品が見えん! 組んでくれ」
「わかりましたけど、仕様は? 予算は? 何をどう組むか言ってくれんかったら組めませんよ?」
「まだわからん。依頼主は教習所に通っておる」
何でもバイクを注文したお客さんはこれから免許を取るらしい。MTで取るかATで取るか、一種なのか二種なのか会長は聞いていないそうだ。教習所に通い続けているって事は小型二輪免許だと思うけど。
「まぁ、リビルドエンジンが何機か在りますから、そっちを積んでもいいですけどね」
社長の年代は目の前しか見ずに突っ走る人が多い。周りを見ずに突っ走って道に迷って大慌てして周りを振り回すパターンだ。まぁ、その結果、周囲との繋がりが出来て仕事に幅が出来る事も多いのだが。
「とりあえず預かっといてくれ」
「了解、ハンドルが来たら持って行きますね」
爺さん年代は我がまま放大やりたい放題で本当に困る。何故かご機嫌な会長を見送り、俺はため息を一つついてハンドルキットを注文するのだった。
◆ ◆ ◆
高嶋高校の第二教務室ではリツコと竹原が二人の男に対応していた。
「ご連絡を聞いて用意しましたけど、落ち着きが無い子に何か有ったのですか?」
「ええ、それとタバコ絡みで処分された生徒が居ましたらお伺いしたいのですが」
「タバコ絡みの件は僕が説明します」
一人は音川と名乗る定年間近かと思える老刑事。もう一人は『はぐれている刑事』こと安浦だった。
「実はこのような煙草を捜していましてね……」
定年間近な音川と署内であまり評判の(かなり改善されたが)良くない安浦は今都タバコの件で日夜聞き込みを続けていた。
「これを見たことは在りますか?」
「ん?」
音川が見せた写真は外国の紙幣を筒状にした通称『今都タバコ』だった。竹原は煙草を吸わないのでよく解っておらず、捕まえた生徒から「雑草を干して吸った」としか聞いていなかったのだが、刑事が来るからには何か有るに違いないと察した。
「剣道部の部室に在ったのと良う似とるのう」
「剣道部? ちょっと詳しく聞かせてもらえますか……」
「出来れば剣道部員の名簿なんて有ればコピーを」
「はい、ちょっと待ってくださいね。竹原先生はお話を」
リツコが名簿をコピーしている間、竹原は剣道部での騒ぎの顛末を刑事に話した。煙草の事は何とか説明出来たものの、今都タバコを吸う者の特徴である匂いに関しては答える事が出来なかった。
「……でも、匂いに関しては何とも」
剣道部と言えば防具の臭いが有る。あとから饐えた臭いがしようが元から臭いのだからわからない。甘い臭いに関しても今都から通う生徒は授業中に菓子を隠れて食べたり普段からガムを噛んだり飴を舐めたりしている。それにこの数年間、今都町から通う生徒は臭い者が多い。臭い生徒ばかりが集まった
「なるほど、確かに防具の臭いは酷いですからね。わかりました」
「それらしき人物が現れましたら早急に連絡を」
◆ ◆ ◆
高嶋高校を後にして、署に戻った安浦と音川は名簿に記された住所と地図を照らし合わせた。
「音川さん、どうして今都タバコの捜査で高校へ行ったんですか?」
「安浦君は妊娠中の喫煙が胎児に影響するって知ってるか?」
妊娠中の喫煙は胎児に悪影響を及ぼす事は独身の安浦でも知っている。
「妊娠中の喫煙と『多動症』って奴が関係すると言われているみたいや」
「はぁ……」
だが、安浦がそれと今都タバコに何の関係が有るのかと疑問に思っていると音川は続けた。
「今都タバコはこの二十年ほどで急激に広がったんやがな、普通のタバコより依存性が強いらしい。普通なら我慢するタバコを我慢できずに吸う妊婦、それは『我慢できないタバコ』を吸っているから……と思うんやが、どうだろう」
「我慢できない程の依存性の強いタバコって事ですか、それって本当にタバコなんですかね?」
音川は「どうやろうな」と言いつつ名簿の住所の場所に赤丸のシールを貼り続けた。
「ほら見てみ、似た場所が赤うなって行くやろ。まだまだ聞き込みは足りんがこのペースで行けば事件の核心に迫れるぞ」
地図の赤丸は特定の地域の周りに散らばっているようだった。その様子は、安浦の眼にはまるでスポークホイールのリムの様に映った。
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