第393話 妙に叱られる日
今日はリツコさんの検診日。
「その荷物はな~に?」
「病院へ行く前にお届け物。ミズホオートに寄るしな」
昨夜探しておいた旧そうなウインカーや小ぶりなメーター、あとは必要かもしれない部品を何点か積んで旧国道を高嶋方面へ向かう。ミズホオートは安曇河町と高嶋町の間に在る中型・大型バイクを扱うお店だ。リツコさんのゼファーの面倒を見てもらいたいところだが、残念ながらカワサキ車は得意としていない。大昔に客と揉めて以降扱っていないそうだ。
「リツコさんは瑞穂の会長は覚えてるな?」
「うん、結婚式でエッチな事を言ってたおじさんでしょ?」
瑞穂会長は昔の人だからかセクハラの観念が無く、野郎共と話す時同様にリツコさんにもセクハラ発言をした。めでたい席だったからリツコさんはサラリと流したし、俺への叱咤激励でもあったから何も言わなかったが、場所が場所なら非難されるレベルだ。
「まぁ、そのおじさんがカブを触ってるから部品を届けに寄るしな」
「うん」
少しお腹が出てきたリツコさんはシートベルトが窮屈だからとリヤシートに座った。俺の軽バンは古いからリヤシートのシートベルトが無い。ベンチみたいなシートがポンと有るだけだ。それでもシートベルトの着用義務が無い為座りたがる者はチョコチョコ居る。
「ふむ、楽ちん♪」
普段なら「外が見えな~い」とブーたれるリツコさんだが、窮屈なのよりは良いみたいだ。
◆ ◆ ◆
ミズホオートでは会長がカブを弄っていた。全部分解して板金・塗装が必要な部品は外注に出して、組み込む部品や配線をチェックしているらしく、テスターを見ながら難しい顔で何かしている。
「まいど。古そうな部品一式を持ってきましたよっと」
「お? 嫁さんも一緒か?」
今日は検診だと告げると会長はうんうんと頷いてお菓子を持って来た。まるで子供のお使いだ。
「部品代は後で請求してくれ、お菓子はお嬢ちゃんとお腹の子供にやってくれ」
「俺には?」
「お前はドンと構えて『はい』って言うてたらエエねん、さっさとお嬢ちゃんを連れて医者へ行って来いっ!」
細かな作業が続くのかイライラしていた様で、少し叱られ気味で追い返されてしまった。外装とフレーム関係は塗装に出しているのだろう。見当たらなかった。仕方なくクルマへ戻ってリツコさんにお菓子を渡して車を走らせる。
「にゃふふふふ~ん……おお、チョコバー♪」
「検査が終わってからやで」
竹原君にもと持たせたパンやお菓子を独り占めしたおかげでリツコさんはかなりふっくらしている。布団やパンならふっくらするのは大変結構な事だが、妊婦さんとなれば楽観視できない。栄養を取り過ぎて太れば産道が狭くなり、取り過ぎた栄養が赤ん坊を大きくし過ぎても難産になりかねない……らしい。ちなみに同期の小島の娘は難産だったらしい。奥さんの太り過ぎと瑞樹ちゃんの大きくなり過ぎが原因だったとか。そして、そうなった原因の一つはあいつのオカンだ。お腹の赤ん坊の分も食べろと嫁さんに食べさせまくったらしい。
「え~、一本だけでもダメ?」
「アカン、血の検査が有るやろ?」
血液検査は朝食抜きで受ける方が正確な値が出る。保健室の先生なら知ってそうなもんやけどなぁ。わかっているからか「む~、仕方がない」と言ってリツコさんはチョコバーを手提げ袋に入れた。
◆ ◆ ◆
「ふ・と・り・す・ぎ・で・すっ!!」
検査結果を見た医師がすごく怒っている。それもそのはず、リツコさんの体重は先月よりも四キロ増。胎児の成長よりも母体が成長が上回っている。
「姑さんが『お腹の子供の分も』とか言って二人分食べさせたりしていませんか? ご主人がしっかり守ってあげなきゃ駄目ですよっ!」
「二人分なんて食べさせてませんし、舅も姑もいませんから」
医師が怒るのも無理はないが、そもそも俺の両親はとっくの昔に亡くなっているし、お義母さんは海外在住だ。
「もしかして食事が面倒だからって店屋物やコンビニ食で済ませてるんじゃないでしょうね? 御主人が食事を作るくらいしなきゃ。妊娠中は動けなかったりでストレスが溜まるんですから家事だって御主人がやらないと……」
妊娠判明以降の家事は全部俺がやっている。カロリーやカルシウムを気にしながらの食事だって作っているのに何で叱られるんだ? この歳になってなんでここまで理不尽な叱られ方をせにゃならんのかと思っていたらリツコさんが助け舟を出してくれた。
「先生、私、全然家の事してないよ? ご飯は結婚前からずっと作ってもらってるし、お弁当も作ってもらってるし、店屋物なんて脂っこいから食べないもん。送り迎えだってしてもらってるからストレスなんか溜まってないよ? おやつは食べ過ぎたけど……」
「あら……そう……」
先生がビックリしてはるけど、まさかリツコさんが何もしていないとは思ってなかったやろうなぁ。
「御主人、甘やかし過ぎですっ! 安定期に入りましたから、歩いたり軽い家事をしたりして運動させてくださいっ! 太って産道が狭まっちゃいますよっ! 奥さんもきちんと動く事っ!」
「はい……」
「にゃふぅ……ところで先生、ちょっと聞きたい事があるんですけど……」
四十半ばになってここまで叱られるかってくらい叱られてしまった。今日は叱られっ放しだ。
◆ ◆ ◆
午後からは店を開けてジョルカブの組み立てを続ける。高村ボデーがカバー関係を修正してくれたおかげできつい所や歪んだところは無く、順調に作業が進む。
「ねー中さん」
「はいはい」
リツコさんは作業場の椅子に腰かけて見物。こうして見るとお腹が大きくなったなぁって思う。
「私のせいで叱られてゴメンね」
「まぁ、赤ちゃんも順調みたいやし良いんと違う?」
自由奔放に生きてきたリツコさんだが、妊娠して以来お酒をやめ、バイクに乗らずの日々を送っている。俺は彼女の自由を奪って申し訳ないと思って少し甘やかし過ぎたのかもしれない。
「さてと、ジョルカブが出来上がりましたよっと」
プルンとキックをするとエンジンがトコトコと音を立ててアイドリングを始めた。足元に在るチェンジペダル以外はスクーターなのに、エンジン音がスーパーカブなのは何とも不思議だ。
「にゃふふ……乗ってみたいけど、この子が生まれるまでお預けだね」
「そうやな、乗る時になったらボアアップとかいろいろ考えような」
とりあえずジョルカブここまで。お腹の赤ん坊が生まれたらリトルカブと順繰り使ってもよし、可愛らしいから飾っておいてもよし。眺めていたらリツコさんがデジカメを持って来た。
「中さん、完成記念に写真撮って」
「よっしゃ」
売らずにコレクションとして残しておいたこのジョルカブが走り出すのは、もう少し先のお話。
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