第388話 幕間・父のアルバム(後)
物置から出て来た父のアルバムは私が預かる事になった……と言うか貰った。
「エエの?」
「いいのよ、お母さんのアルバムとほとんど一緒だし、USBにはデータも残ってるからあげる」
微かにエンジンオイルの匂いがするアルバムは私の物になった。だが、父の思い出が刻まれた日記は見せてもらえそうにない。夫婦の機密事項が書かれているからだ。
「でも、お父さんの日記はお母さんが預かります。……ったく、初エッチの事まで書いて……恥ずかしいったらありゃしない……ゴニョゴニョ……」
あのシーンの音読はまずかった。母よ、すまぬ(笑)
同じ写真はアルバムにあるから良いとして、日記は見られたくないらしい。まぁ私も両親の
「ホンマに
「いいのよ、嫁入り道具に持って行きなさい」
父が遺したUSBメモリは生きているか心配だったけど大丈夫だった。母のアルバムに無い写真はパソコンで見る事が出来る。母のアルバムは上手に撮れた写真ばかりだけど、USBメモリには撮影日や撮り損ないまで有るのでこれはこれで面白かったりする。あとでコピーしておこうっと。
浅井のおば様は若い頃、高嶋市内の女性を虜にするイケメン女性白バイ隊員だったそうだ。今も大型バイクを颯爽と乗りこなす姿は格好良い。でも男の人と間違えるって事は無いと思うんやけどなぁ。
「晶ちゃんは赤ちゃんを産んだ途端に女性らしくなったのよねぇ……」
「そうなん?」
「もともと女性なんだけどね、それはもうウインク一つでうっかり出産しそうになるほどの……」
言われてみれば結婚前のおば様は目が覚めるほどの男前だ。変わった事と言えば、二〇一九年夏の写真からグッと凛々しくイケメンになり、結婚後に女性らしい柔らか味を帯びた優しい表情になった事だろうか。
「おおっ! キスシーンの連続画像やっ! おば様……イケメン……」
昔の突き抜ける格好良さと、今のおば様の格好良さは何かが違う様な気がする。今度ウチに来たらその辺りを聞いてみよう。
妊娠中の母の画像も有った。お腹を写した画像が何枚も有る。ぶれたりピントが合っていなかったりする画像の中に、お腹から何かが付き出しているような画像がチラホラ。
「お腹ばっかり写ってる」
「ああ、これはね、お父さんが『お腹を蹴って
父は『ドーン教』の信者だった。そして、国会議員をした元プロレスラーのファンでもあった。お腹の中の私がしたのは『ドーン!』だったのか、『ダーッ!』だったのか解らない。ただ、「お前はなぁ『この道を行けばどうなるものか、行けばわかるさ何事も』とばかりに産道を『ダーッ!』して生まれてきた」と父は言っていた。
どんな勢いで出て来たんや。『1・2・3……オギャ~ッ!』て感じ?
父曰く、元気が有れば何でも出来るそうだ。世の中そんな単純な物じゃないと思う。でも一理あるかも知れない。そして、病に臥せった父は「元気が無いと何にもできない」と嘆いていた。
「お腹ってこんなに伸びるんやなぁ……」
「お腹に居るのはあなたよ」
元気よく動く胎児だった私。生まれるまで男の子だと思っていたと父が言っていた。エコー検査でお股が隠れて見えず、お医者さんもこれだけ元気なら男で間違い無いと言っていたと聞いている。産声を聞いた母も男の子だと思ったくらいだ。
「小さな頃はお転婆でどうなる事かと思ったけどね……」
母は酔うたびに「あなたは私のお腹に〇んち〇を忘れて来たに違いない」と絡んでくる。
「にゃふふふふ~ん、私を置いて逝って……中さんの……バカ……」
母は懐かしそうにパソコンの画面を見ながら酒を煽っている。ペースが速い。恐らく今夜は呑んで呑まれて酔い潰れて眠るだろう。そして私はベロベロに酔った母を布団に運んで行く羽目になるに違いない。
「お母さん、弱いんだからお酒は程々にね」
「うん、今日は五合だけでやめておくね」
「とか言って、甘い物は別腹とか言ってレモン酒も飲むんでしょ?」
「にゃふ? バレたか」
(お父さんが苦労したはずやで……)
私は父の遺したアルバムをそっと引き出しに片付けた。
ここは滋賀県新高嶋市、高嶋町にある母の実家。私は小さなバイクを愛した男の忘れ形見……。
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