第387話 日曜の朝

 翌朝、いつもの癖で早起きした薫はシャワーを借りて昨夜の汗と色々な物を洗い流した。昨晩脱いだトランクスを再び履き、Tシャツを着て綿パンを履いて身支度を整えた薫はケトルに水を入れてIHコンロへ乗せ、湯を沸かしつつ棚からインスタントコーヒーを出した。


(僕で良かったのだろうか……)


 考えているうちにケトルが火を止めろと言わんばかりにピーと音を立てた。


(本当はドリップコーヒーを淹れたいところなんだけど……)


 質素であまり物を置いていない晶の部屋で唯一『女の子らしさ』を主張しているのはカーテンくらい。キッチンはキレイではあるものの華やかさや飾り気は無い。料理をして食べるだけの空間だ。華やかさの無いキッチンだが機能的で整頓されているのは晶の性格ゆえだろう。


「うん、インスタントだけど香りはイイね」


 マグカップに少し多めにインスタントコーヒーを入れて湯を注ぐとキッチンにコーヒーの香りが漂った。寝室の方からゴソゴソと聞こえるのは晶が目覚めたからだろう。


「晶、起きた?」

「起きた……おはよ」


 寝室を覗くと布団から顔を半分覗かせる晶の姿があった。


「晶もコーヒー飲む?」

「ううん……コーヒーはまだいい……」


 恥ずかしさからか真っ赤になってモゾモゾと動き、何やら薫に物言いたげな顔をしている。


「朝ご飯は僕が作るね、ご飯の前にシャワーを浴びなきゃ」

「うん……」


 晶は友人から『翌日はお姫様抱っこで運んでもらった』と聞いて羨ましく思っていた。自分も同じ様にと夢見ていたが、自分よりはるかに小柄な薫では無理だろう……そう思った時、薫が晶の傍らにしゃがみ込んだ。


「普段は王子様。でも僕の前ではお姫様……よいしょっと」

「えっ?!」


 薫は軽々と……でもないが、晶を抱きかかえて風呂場まで運んだ。まるで女の子がイケメンを御姫様抱っこしているように見えなくもないが、部屋の中は二人。見る者はいないから問題無い。


「わわわっ! 私は重いからっ! 薫さん無理しないでっ!」

「小麦粉に比べれば軽いよ」


 実際は小麦粉の袋よりは重いし、無理していないかと言われると少し無理をしているのだが、ここで重いから無理なんて言うのはNGとばかりに薫は涼しい顔をして答えた。


「晶……可愛いよ」

「薫さん……」


 恥ずかしさのあまり、顔だけではなくて頭のてっぺんから足の先まで全身真っ赤になる晶だった。


◆        ◆        ◆

 

―――――そんな事が有った数か月後―――――


 愛しの彼氏に抱かれてからの晶はすっかり女性らしくなり、その後は王子様扱いされる事も無く、高嶋署屈指の美人女性白バイ隊員として琵琶湖国際マラソンの先導をしたり、蒔野毬栗いがぐりマラソンの先導をしたりと大活躍……。


「リツコちゃん……エイッウインク☆」

「はうあっ! 産まれそうっ!」

「まだ一か月早いっ!」


 大活躍……とはならなかった。いや、マラソンの先導はした。しかも美しくなってはいたのだが、女の子らしく可愛らしくはならなかった。潔く格好良くなってしまっていた。


「普通はさ、男に抱かれたら女に目覚める物じゃないの?」

「自分で言うのも何だけど、悪化してる気がする」

「葛城さんは見当違いな方向へ全力で走ってる……」


 大きなお腹を抱えた友人が呆れるのも無理はない。薫と仲良しドッキングするたびに晶の美しさは違うベクトルで進化の道を辿り、ますますパワーアップしていた。老いも若きも女性という女性は全てがメロメロに。手当たり次第に女性を虜にする天然ジゴロと化していた。


「薫ちゃんは可愛いまんまなのにね」

「リツコさん、男に『可愛い』は無いやろう?」


 可愛いと言われた薫だが、晶と二人で居る時は男らしかったりする。


「晶ちゃんだって可愛いんですよ……夜は特に」

「やぁん♡」


 晶はすっかりイケメンをこじらせて、産休で家に居る友人に軽い気持ちでウインクをすると『はうあっ!』と思わず出産させてしまいそうになるほどレベルアップしていた。ここまで来ると、もはや妖術や兵器の領域である。


「悪化どころじゃないで、母体に影響するからマジでやらんといて」

「晶ちゃんがウインクした時、すごい勢いでお腹を蹴ったのよ?」


「気を付けます……」


 ちなみに友人のお腹にいる子供はもう一月ほどすれば生まれて来るはずだ。性別はあえて聞いていない(開けてビックリ玉手箱らしい)とは言うものの、自分に反応するからには女の子だろうと晶は睨んでいた。


「晶ちゃんに反応するって事は女の子かもね♪」

「やとすると、胎児まで魅了するんか、見境無しの天然ジゴロやな……」

「でも、僕には効かないんだよね」

「でも私は薫さんにメロメロなんだけどね」


 今日は友人に頼まれて、ファンクラブご近所の奥様に配るブロマイドの撮影に来た晶。もちろん彼氏の薫も一緒だ。


「晶ちゃんとゼファーちゃん。本気マジでカッコイイな……」

「晶ちゃん、カッコいいよ~」


「ハハッ……カッコイイのか……」


 友人どころか最愛の彼氏にまでカッコイイと言われた晶は複雑な気持ちになった。


「葛城さんと浅井さんバージョンも撮ろうか」

「うん、おじさん、撮って!」


 駆け寄った薫を抱きしめる晶。


「あ、そうだ、薫さん……」

「あっ……」


 晶は薫の顎をクイッと上げて、それはそれは情熱的なキスをした。


「夜の薫さんは逞しくて、もっと格好良いよ……」

「晶……そういう事をするからイケメン扱いされるんだぞ?」


 自分たちの世界に入り込んだ二人、中はシャッターを連射モードにして撮れる限り全てを撮った。


「ひゅう、若いねぇ……上手く撮れたかな?」

「私達もチューする?」


 ブロマイド撮影以外に彼氏や妊娠中の友人と一緒に記念撮影をしたり、撮影の様子を見に来たご近所の奥様方と集合写真を撮ったり。この日の晶はモデルにホストに大忙し。大島サイクルは定休日にもかかわらず大変賑やかだったそうな。

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