第386話 雨の土曜日・初めての夜

 薫がお泊りするならばと晶は湯船に湯を張っていた。いつもなら水道代が勿体ないとシャワーで済ませる事の多い晶だが、今日は琵琶湖一周して少しだが疲労が溜まっている。夕食後に甘い物を食べたくなったのはそのせいだろう。石山で買ったお饅頭と近江八幡で買ったバームクーヘンが美味しかった。こんな日は湯船に浸かって一日の疲労と汚れをしっかりと洗い落としたい。


お兄ちゃん、お先にどうぞ」

「じゃあ、お先にお風呂いただきます」


 薫が風呂に入っている間、晶はどうして寝たものかと頭を悩ませていた。


(荷物を置かないにしても、来客用の布団くらい用意するべきだったか)


 最低限の荷物で過ごす晶の部屋は女の子らしからぬ質素さだ。来客くらいはあるだろうと茶碗やマグカップはいくつか用意はしてあるものの、誰かが泊まりに来ることを想定していないので布団は一組しかない。


(男の人と一緒の布団で寝るって事は……)


 晶は戸棚から小箱を取り出した。


(用意だけはしておかなきゃ……見てるだけで変な気持ちになる……)


 そして、中身の小さなパッケージを二つ取り出して、布団の下へ潜ませた。


◆        ◆        ◆


(う~ん、お泊りになってしまった)


 雨が降るまでに帰ろうと思っていた薫だったが、晶と過ごす時間は体感よりも早く過ぎる様に思う。少し話をしたと思っていたらあっという間に時間が過ぎている。


「土曜日の十時半……ネット小説でも読むか」


 晶が風呂に入っている間は何となく落ち着かず、スマホで小説サイトを覗くと少しエッチな小説が投稿されていた。


「エッチな作者さんだけど経験は少ないな……『合体!』なんて……」


 何気なく読んだ小説にあった『合体!』 晶に抱かれる自分を想像した薫は湯冷めするどころか茹で蛸の様に真っ赤になった。


「合体か……あわわわわわっ! 僕は何をっ!」

「どうしたの?」


 真っ赤になった薫が両手でパタパタと顔を扇いでいるところへ湯上りの晶が現れた。兄から貰ったお下がりのライダーズジャケットやポロシャツ姿と違い、Tシャツの胸元から見える鎖骨のラインやショートパンツから伸びるスラリとした脚が何とも艶めかしい。


「何でもないよっ!」

「まぁいいや、お兄ちゃん、ちょっとだけ呑まない?」


 晶の右手にはグラス、左手には高嶋町の老舗酒蔵が販売しているレモン酒があった。晶はビールや日本酒は苦手だがレモン酒は好きだったりする。同じシリーズには柚子酒・蜜柑酒も有るが、晶の推しは甘さと酸っぱさ、そして少し苦みのあるレモン酒だ。


「弱いからちょっとだけね」

「私も弱いからちょっとだけね……氷も入れた方がいいかな?」


 冷凍庫からロックアイスを出してグラスに入れる。冷蔵庫で作った氷よりもロックアイスは溶けにくい。レモン酒を楽しむだけでなく、ウイスキーを飲むのにも良い。


「どうしたの? のぼせちゃったかな?」

「ううん、でも、気持ちいい」


 グラスを持って少しだけ冷たくなった晶の手が薫の頬に触れた途端、薫はますます赤くなった。薫は照れ隠しにグラスを煽ってレモン酒を飲み干した。レモン酒のアルコール度は七度。ビールよりも強い酒を一気飲みした薫は余計に赤くなった。


「ふふっ……パトランプみたいに真っ赤だ、さてはエッチなサイトでも見たな?」

 

 チョンチョンと薫の頬をつつく晶は何とも楽しそうだったりする。


「そんなの見てないよぅ……小説サイトだよ……」


 口をとがらせて抗議する薫が差し出したスマホには先ほどの小説が写し出されていた。


「ふうん……ネット小説……か、どれどれ……」


 晶はスマホの画面をスクロールして読み続け、タップしては次話を読む。何時しかレモン酒の瓶は空になり、アイスロックも溶けた。


「そろそろ歯を磨いて寝よっか……」

「うん」


◆        ◆        ◆


 晶の部屋に布団は一組しかない。ソファーや長椅子なんかも無いので一緒に寝るほかは無い。一応だがツーリングの時に使う寝袋は有るのだが、晶はすっかり忘れていた。


「一緒に寝るの? それはちょっと……」

「お兄ちゃんは私と一緒のお布団は嫌?」


 慌てる薫は嫌ではないのだが、付き合ってるとはいえ結婚前の女性と一緒に寝るのは若干抵抗が有った。小柄で愛らしいとは言われているが、薫は男である。万が一間違いでも在ったらどうなるか、果たして責任は取れるのかと頭の中は鳴門の渦潮の様にグルグルと様々な思いが渦を巻いていた。


「何もしないから、ね? 少し暗くするね」


 晶は蛍光灯を消して常夜灯を灯した。仄かに光るLEDは何ともムーディーな雰囲気を醸し出した。


「晶ちゃん……」

「ふふっ……お兄ちゃん、可愛いっ」


 嫌な事をしないならと布団に入った薫を晶は優しく抱きしめた。ぬいぐるみを抱きしめる様にギュッと、そして愛でる様に髪や頬を撫でた。


「晶ちゃん、くすぐったいよ」

「くすぐったいってのは……こうよっ! コ~チョコチョコチョ~!」


 晶はニコリと微笑んで薫の脇や横腹をくすぐった。少しドタバタとしたが、ご近所には雨音のおかげで聞こえていないだろう。ひとしきりくすぐったあと、再び晶は薫を抱きしめて耳元で囁いた。


「お兄ちゃん、嫌じゃ無かった?」

「うん……」


 雨音はますます激しくなり、顔を近づけなければ会話が成り立たない程になった。


「こんなに遅くまで遊んだのは初めて」

「今日はいっぱい遊んだね」


 もう少し近付けば触れ合う。お互いの吐息を感じながら薫と晶は会話を続けた。


「私ね、小さい頃から王子様扱いされてたんだ……」

「晶ちゃんは女の子だよ」


 晶は学生時代から王子様扱いをされていた。長身で美形だが女性として見られず、白バイに乗って男性と混ざって働いているうちにますます王子様扱いされていた。


「だからね、今夜は女の子として……女として扱って欲しいな」

「晶ちゃんは女の子、そして僕は男。晶ちゃんこそ僕をお人形扱いしないで」


 薫は晶の頬に手を添え、唇を重ねた。晶も薫に応え、何時しかお互いを貪るように舌を絡め合い、息遣いは荒くなって行った。邪魔だとばかりにお互いに来ている物を脱ぎ捨て、再び抱き合って唇を重ねた。


「ああ……お兄ちゃん……」


 薫の唇はだんだん下へ下がり、晶の首元から胸へ、そして、さらに下の方へと進んで行った。


「んっ……お兄ちゃん、ちょっと待って……ああっ!」

「晶ちゃん……嫌だった?」


 思わぬ薫の攻めに晶は戸惑い喘ぎ続けた。一方の薫は複雑な気持ちだった。


(女の子ってこんなに可愛いんだ……)


 薫にとって晶は初めての女性ではない。薫にとって初めての体験は大学一年生の春だった。サークルの女王とその取り巻きに押さえつけられて純潔を奪われ、玩具扱いされて泣きながら色々と仕込まれた一年間は黒歴史と言う他ない。散々弄ばれて捨てられた過去。だが、目の前の愛しい彼女が悦んでいるなら無駄ではなかったのだろう。


「そんな所を舐めるの? 恥ずかしいけど……嫌じゃない」

「よかった。じゃあ続けるね……」


 薫の愛撫に蕩けそうになる晶だったが、大事な事は忘れていなかった。


「ちょっと待って……着けなきゃ……」


 布団の下からパッケージを取り出して慣れない手つきでそそり立つ薫の分身に装着した。


「晶ちゃん……」

「保健体育の授業で習ったの……」


 保健体育の授業で習って以来だったが、何とか装着できたことに晶は安堵した。だが一方で、初めて見る肉親以外の一物に驚き、こんな物が入るのだろうかと心配になった。


「晶ちゃん……」

「うん……んっ……」


 晶に覆いかぶさった薫はキスをしてから分身を晶にあてがった。


「晶ちゃん、入れるよ」

「お兄ちゃん……痛っ!」


 痛みに驚いた晶は反射的にずり上がってしまった。


「ハァ……ハァ……怖くて腰が動いちゃう」

「晶ちゃん、もしかして初めて?」


 幼い頃から王子様扱いされていた晶、男性との交際は薫が初めてだった。


「うん、だから……優しくしてね」

「うん、大丈夫、僕を信じて力を抜いて……」


 薫の分身は茂みをかき分けて徐々に晶の中へ進み、柔らかな障壁に達し、突破せんと突き進んでいた。その度に晶の腰は枕元へとずり上がった。このままではどうしようもない。


「んっ……くっ……お兄ちゃん……ギュッとして……」

「晶ちゃん……」


「いや……二人の時は『晶』って呼んで……痛っ……」


 薫は晶を抱きしめ、晶も薫を抱きしめた。一瞬、晶の身体から力が抜けたその時。


「あっ……痛っ……お兄ちゃん……好き……」

「晶……」


 障壁は破れ、少しの出血を伴いながら薫の分身は晶の深部へ沈んで行った。


「晶、大丈夫?」

「うっ……くっ……動かないで……ひんっ……痛いっ……」


 白バイ教官からのパワハラに近いしごきに耐え、事故で全身が痣だらけになるほど打撲を負っても泣かない晶が流した一筋の涙。必死で痛みに耐えて自身を受け入れる晶を見て、薫はますます彼女の事を愛しく思った。


「もう大丈夫、でも、ゆっくり……」

「晶、ゆっくり動くよ……」


 晶が痛みに耐えていると、薫は呼吸を荒げ徐々に激しく動き始めた。しばらくすると動きは止まり、晶の中で薫の分身は脈打ち、白く濁った液を吐き出して果てた。


「ハァ……ハァ……ゴメン、ちょっと待ってね」

「うん……」


 晶は汗に濡れる薫の背中を眺めていた。


(お兄ちゃん……逞しい……)


 それから後の記憶は無い。エネルギーを使い尽くしたからか、それとも安堵の為か、もしかすると酔いのせいだったのかも知れない。晶は深い眠りに就いた。

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