第384話 雨の土曜日・ツーリング
ゼファー一一〇〇を駆って国道一六一バイパスを南下、近江大橋を通り過ぎて石山方面へ。美味しい和菓子を堪能した後は近江大橋を渡り湖の東へ。近江八幡でバームクーヘンを買ってからは湖岸道路を琵琶湖を眺めつつ北上。
(カブでトコトコ走るのもいいけれど、やっぱり長距離は大型だね)
晶のスーパーカブは大島の手による四速化やオーバーサイズピストンを使ってのシリンダー修正で快速化されているが、法的に高速道路や自動車専用道路を走る事が出来ない。スーパーカブは世界で最も愛されているバイクの内の一台だが、長距離を二人乗りで速く移動するならばゼファー一一〇〇の方が良い。
「お兄ちゃん、ちょっと休憩しようか?」
「うん、晶ちゃん疲れてない?」
大型バイクとは言え、満艦飾の仕事車と比べれば身軽な物だ。
「大丈夫、軽い軽い」
仲睦まじくバイクに乗るこの二人、運転している晶はイケメンだが女性、タンデムシートに座る薫は可憐だが男性と少々ややこしい。見た目に関しては逆転している二人だがとても仲良し。凸と凹を合わせて丁度良くなっている。だが、晶はもう少し先の関係に進みたかった。
学生時代から王子様扱いされていた晶は恋に恋する乙女。見た目はイケメンだが乙女である。理想は顎クイからのチューされる側であるのだが、実際は恋人の薫が小柄な事も有り顎クイからチューをする方だった。
「
道の駅でソフトクリームを舐めながら次は何処で休憩しようかと考える。あまり遅くなると雨が降るかもしれない。天気は大丈夫だろうとレインウェアは持って来なかった。天気予報によると午後七時から雨が降るはず。それまで天気が持ってほしいと思いつつ晶は琵琶湖の上空を眺めた。
「さて、お兄ちゃんトイレは大丈夫?」
「大丈夫、じゃあ行く?」
「木之本に寄ってから帰ろうね」
「うん」
湖周道路を北上して大音の信号を右折して木之本を散策した晶たちは蕎麦を買った。ゼファーを貸してくれた友人へのお土産を兼ねたお礼、そして二人の晩御飯だ。菅浦を通ってワインディングロードを楽しみたいところだが、愛する
「お兄ちゃんゴメンね、臭いけど今都を通るね」
「うん」
薫の体が緊張でこわばったのを晶は感じた。高嶋署のある今都町は陰謀と破壊、犯罪が渦巻く邪悪な街。晶はその町に現れた正義の騎士『ホワイトライダー』と呼ばれている。本当は愛する彼氏の肺に今都の汚れた空気を入れたくなんか無いのだが、同僚にお土産を持って行くのだから仕方がない。
(それに、彼氏が居るって自慢したいし……)
晶は同僚に恋人が出来たと薫の画像を見せたのだが、『晶様は女の子でもOKね』と誤解されて女性から迫られることが増えてしまった。何とか誤解を解くためには彼氏を見せるのが一番だろう、最悪の場合チ〇コでも見せればと思ったが、それは自分以外には見せたくない気もする。
(絶対にだれにも渡さないっ!)
歳上に甘えたいだけでなく、可愛い物好きで小さな物好きな晶にとって彼氏の薫は誰にも渡したくない存在だ。奪おうとする者が現れれば手段を選ばず殲滅するだろう。
「晶ちゃん、運転中に考え事をするのは危ないよ?」
「そうね、じゃあ運転中だけはお兄ちゃんの事は忘れるねっ♡」
ゼファーは『まったく……』とでも文句を言いたげに、少しだけエンジンの吹けが悪くなった。
◆ ◆ ◆
高嶋署を訪れた薫は女性警官たちが形成する『晶様を愛でる会』のお姉さま方から舐め回すように見つめられていた。お姉さま方は「まぁ、この子なら仕方がないか」と諦めたり、「ちょっとつまみ食いさせてもらえないかしら?」と熱っぽい目で薫を視姦したり、文章で表現するのははばかられる程とんでもない妄想を繰り広げたりしていた。
「か……彼女の晶がお世話になってまひゅっ……なってます……」
「「「「「「や~ん、可愛い~~~~~」」」」」
緊張のあまり噛んでしまった薫だったが、それすらも周りからすれば萌えポイントだった。長身攻め小柄受けを妄想して鼻血を流す婦警や鑑識。ある者は萌え、ある者は晶が自分の物にならないと涙を流した。掃除のおばさんは薫に飴ちゃんを渡そうとするほどだった。
「どうだ可愛いだろう! 私にだって彼氏は居るんだっ!」
高らかに彼氏が居る宣言をした晶は少しの衝撃とミニバームクーヘンの詰め合わせを署に残して帰路に着いた。後に高嶋署の女性警察官を始めとする署員は「あの日のミニバームクーヘンは敗北と失恋の味がした」と語ったそうな。
晶と薫を乗せたゼファーは快音を響かせて国道一六一号線を南下して今都町を抜け、真旭へ入り、安曇河の菓子店でアドベリーのムースを買ってから大島サイクルへ向けてひた走った。
天気は十九時から雨の予報。だが、雨はまだ降らない。
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