60万PV達成記念 雨の土曜日

第383話 幕間・父のアルバム(前)

 先日の父の三周忌、私は休暇を取って母と一緒に物置きの整理をした。物置の隅から出て来たのは段ボール箱に詰まった父の遺品の日記にUSB、そしてアルバム。段ボール箱から出て来た日記を読みたかったのだが、父が初めて母を抱いたところをうっかり音読して「それは読まないでっ!」と没収されてしまった。日記は取り上げられてしまったけれど、アルバムは借りる事が出来た。家でゆっくり見たいけれど、酔っぱらった母がうるさいので会社へ持って来て見ることにした。


 お弁当(私の分だけじゃなくて母の分も作って渡した)を食べ終えてアルバムを開いていると、事務所のドアが開き、ぬっと現れたのは母の友人でもある億田金一郎会長だ。


「大島さん、それは何ですか?」

「あ、会長。父の遺品を整理したら出て来たんです」


 なんとか大学を卒業した私だったが、新高嶋市には就職先があまり無かった。母を置いて大津や京都に移り住む気になれず、かと言って地元に就職先は少なく、途方に暮れた私に声をかけてくれたのは父の幼馴染で不動産会社社長をしていた億田のおじ様だった。地獄に仏とはこの事。『神様・仏様・億田のおじ様』だ。億田のおじ様は『仏の金ちゃん』なんて呼ばれる新高嶋市商工会の顔役だったりする。


「ほう、親父さんの遺品か。儂にも見せてくれるか?」

「ええ、会長の写真も有るみたいですよ」


 きょろきょろと周りを見渡してから会長は「今は『おじ様』って呼んでおくれ」と言って隣のデスクから椅子を引っ張って来て座った。億田のおじ様は金融業をしていたんだけど、私が小さな頃に不動産業へ商売替えしたんだって。金融業は規模を縮小して融資は停止して貸し出したお金を回収するだけにしたとか何とか。そのうち廃業するみたい。


「おお……中兄あたるにいちゃん……お久しぶり」

「一緒に写っているのが会ちょ……おじ様ですね?」


 アルバムには平成から令和に元号が変わった頃の安曇河町と父の思い出が遺されていた。少しふっくらした母のお腹には私が居るのだろう。幸せそうに微笑んでいる。スーツ姿で凄んでいるのが金融業を営んでいた頃の億田のおじ様。そして、今も我が家にあるゼファー一一〇〇の横に立って笑顔で写るのは浅井のおば様とおじ様だ。おばさまとゼファーだけが写ったブロマイドも有る。


「今も格好良いけど、若い頃は本当にイケメン女子だったんですね。浅井のおじ様も女の子みたいに可愛い……」

「儂も間違えたくらいやからなぁ」


 他のページを見ると白バイに跨った浅井のおば様が母と写っていたり、父と母の結婚式の写真も有った。どうして浅井のおば様はスーツを着て、おじ様がドレスを着てるんだろう? 似合うけど。浅井のおじ様とおばさまの結婚式の写真も有ったりする。お色直しで浅井のおば様が白のタキシード、おじ様がウエディングドレスを着たみたいだけど全く違和感が無い。


「そうか、中兄ちゃんが亡くなってもう三年か……時の流れは早いな……」


 億田のおじ様は昔、『鬼の億田』と呼ばれる金融の鬼だったと母が言っていた。私が中学生の頃には金融業を縮小して、アパートの花壇に花を植えるか実のなる木を植えるかを悩む不動産屋のおじさんになっていた。父が亡くなる直前に店の管理をしてくれたり、私が就職に困った時に助けてくれたりと億田のおじ様にはお世話になりっ放し。


「儂は親父さんの御両親にも世話になってな……兄貴のおっちゃんとおばちゃんの写真は……無いか……これは姐さんと出会ってからのアルバムやな」


 そんな億田のおじ様は、今年六十五歳になったのを機に社長を退いて会長になった。会長と言ってもアパートの花壇を世話して回ったり、壊れた個所の修繕を手配したりで会社には週のうち三日くらい来る。今も社長のサポートとしてこっそり動いている。いつも作業着姿だから全然お偉いさん会長っぽくない。


「親父さんの作るカレーは美味かったんやで……」

「父に『我が家の味を覚えてくれ』って仕込まれました」


 金融業時代に父が預けていたお金はおじ様が上手く運用してアパートになっていた。今では結構な額が毎月母の口座に振り込まれている。私が無事に大学を卒業できたのはおじ様のバックアップがあってこそだ。おじ様が何も出来なかったのは父が亡くなった時だけ。人の生き死には剛腕のおじ様でもどうしようもなかった。


「お、儂と姐さんや。若いなぁ、おっちゃんは恋のキューピッドやったんやで」


 その頃のおじ様はキューピッドにしては柄が悪過ぎやと思う。


 いつだったか、どうして親切にしてくれるのかと聞いた時、おじ様は笑いながら「儂は親父さんの丁稚(子分・使い走り的な意味)や、一生頭が上がらへんねん」って言ってた。


「とっとと死んでんじゃねぇよ……」


 アルバムを見ているうちに時間が過ぎて昼休みは終わりに近づいた。他の社員の足音が聞こえると、おじ様は椅子を片付けてポンと手を叩いた。


「さぁ大島さん、午後もバリバリ働きましょう」


 会長の顔に戻った億田のおじ様。その眼元に光るものが見えた……気がした。


 ここは滋賀県新高嶋市。琵琶湖の西にある小さな田舎町安曇河町。私は小さなバイクを愛した男の一人娘。そして、安曇河駅前にある億田不動産の事務員……。

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