2019年5月
第360話 バイクのシーズンなのにっ!
二〇一九年ゴールデンウイークは十連休とあって国道一六一号線や湖岸道路を走るバイクやクルマが多く、蒔野町にあるメタセコイヤ並木は駐車違反や暴走族が多数出現して大変混雑したと聞いている。パン・ゴールに行った時、「晶ちゃんは疲れたからって代休取ってますよ~」って葛城さんの可憐美少女彼氏(日本語としておかしい気がする)である浅井さんが言ってた。
暴走族だけならまだしも、メタセコイヤ並木と愛車の画像をインスタグラムとやらに載せるとかで道路の真ん中に車を停めて寝そべってカメラを構える連中が居たらしい。メタセコイヤ並木は観光名所になっているが生活道路でもあって車両進入禁止や交通規制が出来ない。旧蒔野町が街づくりを失敗したせいで葛城さんたちは十連休の間は休日返上だったとか。
目の前の利益だけ見て突っ走る高嶋市北部地域らしい話だ。
暴走族が出て喧しい時期ではあるが。天気が良いこの季節は花粉症さえなければバイク乗りにとって梅雨前の過ごしやすい一時だ。無論、ウチの
「にゃうぅぅ~お天気の日はゼファーちゃんに乗りたいよぅ~!」
「アカン! 妊婦さんなんやから我慢するっ!」
気持ちはわかるけどダメ! リツコさんが良くても俺の心が休まらない。
「じゃあ、リトルちゃんで通うから……ねっ♡」
「『ねっ♡』て可愛らしゅう言うてもアカン! 早く車に乗りなさいっ!」
そんなバイクシーズンなのにバイクに乗れないのが我妻、リツコさんだ。お願いだからキャリーバッグに入れられる猫みたいに嫌がらないで。
「バイクで行きたい~! フニャ~! シャーッ!」
「威嚇してもダ~メ、お腹の赤ちゃんの為に我慢して……な?」
愛車のゼファー一一〇〇で通勤しようとしたのを止めて、何とか車に押し込んで出発。「せっかく車検を通してブレーキを換えてサスも入れたのに……」とかブツクサ言っているけれど今回は俺の言う事を聞いてもらう。
「いい天気やなぁ……」
「だからゼファーちゃんで通いたいのよ~」
気持ちはわかるがオートバイは危険な乗り物だ。個人的見解ではあるが転んだら身を守る物はヘルメットしか無い。風で体は冷える。そもそも引き起こしで踏ん張って生まれてしまったらどうするのだ。
「お弁当に甘い卵焼きを入れたから我慢して」
「よかろう……我慢する」
とは言えリツコさんの気持ちはわかる。車検ついでにエンジンをオーバーホールしてブレーキ・サスペンションをリフレッシュしたゼファーは慣らし運転も進み軽やかなエンジン音になり始めている。せっかく調子が良くなったのに休眠させては調子を崩してしまう。勿体ない話だ。少しでも動かしていればまだマシだろう。だが俺は大型自動二輪免許を持っていないから運転出来ない。
「乗ると危ないし、乗らんと調子を崩すもんな、どうしたもんじゃろのう」
「私は中さんに乗って乗られて調子が崩れたけどね」
朝からアダルトな発言を……。
「リツコさん、言うてて恥ずかし無いか?」
「ちょっと恥ずかしい」
二か月前の夜を思い出しながら車を走らせて高嶋高校へ。朝早いのに校門周辺や駐輪場などを掃除している生徒が居る。どいつもこいつも前髪を鶏冠の様に立てたり後ろ髪を伸ばしたり、真っ茶の染めたり赤くしたり……俺みたいに禿げろ……いや、俺は禿げてない。禿げかけているだけだ。
「アレはね、許可なしでバイクに乗って来た生徒。罰で一学期は毎日授業前の一時間、駐輪場と校門周辺の掃除」
竹刀を持った竹原君が監視している。大きな体はサングラスと相まって迫力満点だ。俺らの頃にもこんな先生がいたなぁ。
「誰もこっちを見てないから……ね?」
「わかった、いってらっしゃい……迎えに来るからメール寄こしてや」
いってらっしゃいのチューをしてリツコさんを送り出す。まだまだ普通の生徒が来るまで時間がある様だ。
◆ ◆ ◆
陽気に誘われてか昼過ぎにパン・ゴールの袋を持って葛城さんがご来店。ヘルメットを取ると髪の毛はボサボサ、目の下に隈とお疲れモードだ。流石の天然男装イケメン女子(日本語としておかしい)もこれではいつもの神通力にも似たイケメン力が発揮できない。甘~いアイスココアを出すとテチテチと舐めるように飲み始めた。
「疲れた……
葛城さんだけじゃなくてカブもお疲れ気味。今回は若干距離が伸びてその分オイルも汚れている。葛城さんはココアを飲みつつ餡ドーナツやクリームパンを齧り始めた。惣菜パンではなくて菓子パンを食べるのは疲れているからだろう。
「随分お疲れで。まぁ出来ると思ってなかっただけにどう表して良いか分からんくらいに嬉しいわ、『嬉しくて嬉しくて言葉に出来ない』ってホンマに有るんやな」
「……あると思います」
何だかエロい詩吟みたいな返事だ。でもイケメンが言うと格好良い。
「その後、
「元気よ~。郵便カブも私とお兄ちゃんの仲も絶好調よ」
葛城さんと浅井さんの仲までは聞いていないが調子よく動いている様だ。浅井さんは走行距離が伸びないからあまり店に来てくれない。
「あのさぁ、リツコちゃんからメールが来たんだけど、聞いてる?」
「さっき言うてたやん、ホンマに大丈夫?」
同じ事を二回も言うなんて珍しい。
「ほら、見て」
スマホの画面には『中さんがバイクに乗るなって言う!』みたいな文章と、プンスカ怒った顔文字が並んでいた。
「寝てたらメールで叩き起こされた」
「すまん事で」
葛城さんも妊娠中にオートバイの運転はお腹の赤ちゃんによくないと説得してくれたみたいだ。
「でね、ほら『私の代わりにゼファーたんに乗ってあげて!』ですって、そこまでして動かさなきゃ駄目なのかなって気がするんだけど、専門家の御意見は?」
バイクは動かさずにいると傷みが早くなるように思う。特にキャブレター車だと細かな燃料通路が詰まったりして不調になる。インジェクションだと分からんけど。
「乗ってもらえるならその方が良いけど、かまわんの?」
「
葛城さんが言うにはカブ二台で出かけるのも悪くは無いが、行動範囲は限られてしまうらしい。高速や自動車専用道路に乗れば行動範囲が広がる。
「それに……お兄ちゃんとくっついて乗れる……」
真っ赤な顔手で覆って、内股でモジモジする様子はまるで女の子だ。野郎がこれをすると気持ちが悪い……あ、葛城さんは女の子やったわ。
「使う時は言ってな、エンジンがかかるかくらいは見とく」
「ん~、じゃあよろしく」
今日の葛城親衛隊は『アンニュイな晶様萌え♡』と遠巻きに見ているので静かだった。
葛城さんが帰った後は再びジョルカブを修理したりしているうちに夕方。メールが来たのでリツコさんを迎えに行った。やっぱり眠そうだ。
「眠いのにシートが倒れな~い」
軽バンの助手席はスライドとリクライニングがないから窮屈そうだ。古い貨物車だからリヤシートにシートベルトが付いていない。この先の事を考えて乗用車も買った方が良いのかもしれない。クルマの事はA・Tオートサービスに相談するとして、金の事は……金一郎に相談しよう。
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