第342話 新学期

 桜咲く高嶋高校では生徒が通学に使うバイクの点検が行われていた。グラウンドに並べられた小さなバイクの数々。教師とバイク店で検査するのが行事として定着した事も有り、各所から「新学期やなぁ」等と話し声が聞こえる。いつもはセクシーなファッションで周囲の目を楽しませるリツコも今日は高校時代に使っていたジャージ姿で点検に参加。これでスッピンなら生徒と間違えられてしまうだろう。


「ふむ、初めの頃よりはマシになったね」

「大島先生、今日は忙しいですよ」


 竹原を従えてズンズン歩くリツコの姿は生徒からどう見えるのだろう。夫の中が言うには「お姉ちゃんが弟を従えている感じ」らしいが。


「やっぱり問題はBコースだ」

「まぁBコースばかりとは限りませんけどね……さぁ、行きましょう」


 一時期に比べると妙な改造をされたバイクが減った事も有り、今回の検査は比較的スムーズに進んでいた。リツコと竹原がメインで考えたバイク通学規定が効果を発揮し始めたのだ。


「さてと、蒔野からね」


 尚、今回からリツコは安曇河地域から通う生徒の担当を外れた。一部保護者から『旦那の客を依怙贔屓する恐れがある』とクレームが有ったからだ。


 三年生たちは検査に慣れたことも有り、リラックスムードで点検を待っていた。


「いよいよ三年生やなぁ」


 今年度も理恵たちのクラスは変わり映えしない顔ぶれ。二年生へ進級する時に多少の入れ替えがある高嶋高校だが、三年次には生徒の成績が安定する事も有り、大きなクラス替えや担任団の入れ替わりは無い。


「そうだね」


 ちょこんと並べて置かれた理恵のゴリラと速人のモンキー。進学クラスであるFコースから理恵や速人が居るAコースまでのバイク点検は比較的気楽なもので、注意されるとすればタイヤの溝だとかウインカーやヘッドライトのレンズのひび割れやテールランプの電球切れくらい。


「綾のバイクは古いから(検査に)引っ掛からんかか心配やな」

「亮二だって新車から二年近いんでしょ」


 綾のDioは名車とは言え年式が古い。ついこの前もウインカーが点きっぱなしになってウインカーリレーを交換したばかりだ。亮二のエイプ一〇〇だって新車登録から二年近く使い続ければ小さな所が傷んでも不思議ではない。


「絵里のカブって変な(テール)ランプが点いてるね」

「お父さんがLEDにしてくれた」


 絵里・美紀も特にトラブルは無し。絵里のカブは父親にテールランプをLED球にしたり季節に応じた装備を脱着して貰ったりと小さな変更を繰り返している。決して弱ったバッテリーのまま乗り続けて電球が切れるようになったからではない。一方、美紀はノーマルのまま淡々と乗り続けている。


「私は乗れれば良いけどさ、何で叱られるのに改造なんかするのかしら?」


 都落ちと呼ばれるBコースで多少の揉め事が起りそうになったが、竹原の一睨みで解決した。


 バイクも生徒も安定し始めた三年生に対して二年生はやや荒れ気味。とは言え昨年に比べればバイク通学規定が厳しくなった効果だろう。天まで届けとばかりにカウルを伸ばしたり、鯱の様にテールを跳ね上げたバイクは見かけない。


「ツキギ……ああ、真野さんな」

「そんなに珍しいですか?」


 澄香のツキギホッパー改はオフロード車をベースに大島が作った寄せ集めバイク。メーカーの珍しさから教師の間で有名な存在だったりする。


「女の子でアメリカンは珍しいなぁ」

「そうですか?」


 麗のマグナ五〇は原付の中では珍しいアメリカン。長い車体とホイールベースで抜群の安定性を誇る。


 澄香と麗は車種が珍しいから目立つが、今日子の場合は珍しくない車種なのに目立っている。


「パッチワークみたいなスクーターやなぁ」

「バイク屋さんが部品を集めて作ってくれました」


「そうか」


 寄せ集めで組み立てたとは言え今日子のトゥディは絶好調。


「で、こっちはボアアップで二種登録ね」


 瑞樹のDioはボアアップと言うよりもシリンダー修正に近いほぼノーマル。四葉のトゥディは可愛い見た目だが中身はバリバリ。どちらも問題無く検査を通過した。


 一方のあたると言えば、トラックに載せてもらい白バイ、そしてパトカーと一緒に高校周辺の巡回に参加していた。放置してある不審車両をチェックして高嶋高校の生徒及び家族の名義の場合は回収。盗難車の場合も回収の後、警察へ引渡しをする。


「やれやれ、我が母校もいろいろ考えるもんや」

「ホンマやで」


 無許可で通学に使われていた場合は厳しい処分がなされる。積載車に積んだバイクは七台。そのうち三台が盗難車だった。


「警備員を配置したから無許可で乗って来れんようになったんやろうなぁ」

「やろうな」


 バイク通学許可が下りない学生は今都の生徒と思って間違いない。有料駐車場に停めればバレないかもしれないが、とにかく金に細かい今都民だからバイクを駐輪するだけで金を払う訳が無い。学校に乗って来れないなら近くの空き地や草むらに隠す。そう睨んだリツコと竹原が警察と共同でバイク回収を計画したのだった。


「おじさ……大島さん、こっちもお願いします」


 葛城と婦警がミニパトに積まれたパソコンで車体番号・ナンバーを照会するとモニターには所有者の住所から名前まで全てが写し出された。


「あ~、長浜で盗難届が出てますねぇ……」


 外回り担当が警察にバイクを降ろして学校へ戻ったところでバイクの検査が終了。担当者の挨拶の後で解散となった。


◆        ◆        ◆


 日が暮れた頃リツコさんが帰って来た。気のせいかゼファーのエンジン音に元気が無い。疲れているのだろう。すぐにお風呂へ入れるようにボイラーの電源を入れておく。


「ただ~いまっと、晩御飯は何かな?」

「おかえり、お酒? それともお風呂? ご飯?」


 今夜のリツコさんはとにかくお疲れ気味。俺達バイク店に挨拶したり、説明をしたり、とにかくパタパタと動き回っているのが見えた。俺が外回りをしている時も動き回っていたのだろう。


「お腹空いちゃった、ご飯が良いな。お出汁の香りがするけど炊き込みご飯?」


 今夜は筍ご飯を炊いた。それと若竹煮。筍のお吸い物と筍尽くし。


「おお~筍、じゃあ着替えて来るね。あ、お酒は今日はいいや」


 お酒が要らないとは相当な疲れ様だ。着替えてから食卓に着いたがいつもの元気さが無い。


「はい、おこげ」

「ありがと」


 喜ぶと思っておこげの部分を出したのだが、反応は薄い。いつもなら『にゃふふ~ん♪』みたいな反応をするのに今日は静かだ。


 恐らく仕事で何か有ったのだろう。今日はそっとしておくことにした。

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