第343話 都落ち

 昨年度はアニメの影響からか定員割れをしなかっただけでなく、不合格者を出した高嶋高校だが、今年度は少し落ち着き、基本的に試験を受けさえすれば合格する状況になっていた。定員割れするのではと思われたが、若干数の前年度不合格者が今年度に試験を受けた為、定数一杯となった。


「何かさ、今年の新入生って少なくない?」

「私たちの時より変な人が多いわぁ」

「クラス数は変わってないみたい」


 麗と澄香、そして今日子が変に思うのも無理が無い。昨年度は受験者数が多く、『都落ち』と呼ばれる今都市立中学校から来る学力の劣る生徒は合格者が少なかった。今年は定数こそ若干減っているが、昨年度より大津方面からの入学生が少ない。その分去年に入学できなかった今都市立中学の生徒が入学して来たのだ。


「でも、校舎に入ると見かけへんやろ?」

「今都の人は怖いから基本的に別のクラスにまとめるんやって」


 今都市立中学校の生徒は行儀が悪く、一部では『暴れ小熊』『小皇帝』と呼ばれて嫌われている。それでも学力のある生徒ならば進学校である安曇河高校へ通うが、行儀が悪いだけではなく学力も無い生徒が高嶋高校を受験する。


「今年から厳しくなったみたいやで」

「ふ~ん」


 高嶋高校のBコースは素行不良や成績不良の問題児が集められている。殆どが今都市立中学の落ちこぼれ、略して『都落ち』と呼ばれているのは高嶋市南部の中学校では有名な話だ。


「別棟やから下駄箱も入口も違うんやったっけ?」

「なんか登下校時間も被らんようになったみたいやで」


 Bコースは窓に鉄格子のついた別棟に分けられている。素行の悪さから他の生徒への影響を恐れたからである。新年度からは登下校時間も一般コースと分けられた。見た目でも見分けがつく様にリボンとネクタイの色も違う。一般コースの生徒が琵琶湖をイメージした紺色に対し、Bコースは明るい緑色となっている。


「お兄ちゃんが引っ越して来る前に『高嶋の人間はガラが悪い』って心配してたけど、もしかすると『暴れ小熊』って高嶋市全体じゃなくて今都の事?」


 麗は今まで兄の言うほど高嶋市は危ないと思わなかったし、高校にもその手の人間は少ないと思っていた。だが、今年の新入生は男子だと鶏冠の様に前髪を跳ね上げたり、尾長鳥の様に後ろ髪を伸ばした生徒が多い。女子は妙にスカートを短く改造していたり、髪の毛を金色にしたり化粧をしている。


「基本的に『暴れ小熊』は今都の事を言うんやで」

「そうそう、私たちの学年はほとんど居んけど、白藤先輩なんかバイクを取られそうになったんやって。私らも気をつけよな」


 一年生の頃、理恵が挑まれて湖岸道路を爆走したエピソードは麗たちの間でも結構有名だったりする。麗たちの学年では聞かないが、以前は生徒同士の公道レースはそれなりに在ったらしい。


「まぁ、そうなってもゆっくり走ってたら『高嶋署の白き鷹』が捕まえてくれるしなぁ」

「あ~、この前来てた白バイの人なぁ」

「あれで女の人なんだよねぇ……」


「「「「「反則だよねぇ……」」」」」


 『高嶋署の白き鷹』とは大島サイクル常連の葛城晶である。見た目はイケメンだが中身は心までヘルメットと胸部プロテクターで武装する乙女。今都を蹴散らして正義を示す晶の姿を思い浮かべ、麗・澄香・瑞樹・四葉・今日子は遠い目で空を見上げた。


◆        ◆        ◆


「クチュンッ!」

「花粉症ですか? 外のお仕事やのに大変やなぁ」


お兄ちゃん浅井薫が私の事を言ってるのよ」


 愛しの恋人と休みを合わせられなかった『高嶋署の白き鷹』こと葛城晶はオイル交換と暇潰しで大島サイクルに訪れていた。そして、大島サイクルご近所の奥様方は茣蓙を敷き、甘いものとお茶を用意して晶を見に来ていた。花見ならぬ晶見である。


「晶様、お団子とお饅頭をどうぞ」

「ありがとうございます」


 奥様の一人が紙皿に載せた団子と饅頭を差し出すと、晶はニコリと微笑んで受け取った。それと同時に特殊スキル『天然ジゴロ』が発動。甘いものを持って来た奥様は「ああっ晶さまっ!」と気を失い、残りの奥様は「ふう、直視は尊すぎる」と言いつつ心のメモリーに晶の笑顔をインストールした。


 無論、中への差し入れは無い。


「この前の点検ではお疲れさんでした」

「おじさんこそお疲れ様、でも点検よりもあの後が問題だったんですよ」


 晶が饅頭を一齧りすると奥様その②が緑茶を差し出した。


「ありがとうございます、ああ、いい香り」


 ここでも晶の特殊スキルが炸裂。気を失った奥さま②は茣蓙まで運ばれて寝かされた。もちろん中には何も無い。


「ほう、そんなに大変やったんか」

「うん、あの後持ち主が来て大騒ぎ。盗んだバイクでも平気な顔で取りに来るんだも……仕事の事を聞かれると不味いな……えいっ、これでも喰らえ……チュッ♡」


「「「「「「はうあっ!」」」」」」


 晶が集まった奥様方に投げキッスをすると奥様方は全員恍惚の表情を浮かべて気絶した。


「これで善し。で、盗んだバイクで走り出したガキは補導。盗んでない奴は学校に連絡、停学処分だか何だかでリツコちゃん達とギャンギャンやってたみたいね」

「盗んだバイクで走り出したら行く先は少年院やのになぁ」


 リツコさんが疲れていた理由がわかった。お酒を飲む気力もなくなっていたのだろう。怖い思いをして精神的に参ったから布団の中で抱っこをせがんできたのだろう。


「それで、一緒に来てた竹原さんが殴られて、竹原さんを殴った奴は現行犯で逮捕」

「竹原君が殴られるとはなぁ、竹原君に怪我は?」


 荒くれ者の今都住民にとって他の町から通う教師を殴るなんて日常茶飯事。殴った所で『私は今都に住んでいますから』と当然の様に言い放つだろう。


「骨折よ」

「そうか、教師って大変な仕事やな」


 骨折とは恐ろしい話だ。竹原君にはリツコさんが御世話になっているし、見舞いに行かんとアカンなぁ。


「殴った方の手がね、ポキンって……」

「……」


 本当に恐ろしいのは竹原君かも知れない。


「で、ポリポリってほっぺを掻きながらね、『本気で殴って良いですよ』ですって。強いのねあの人」

「あれは『ほっぺ』なんて可愛いもんや無いやろう」


 結婚式のスピーチでも恐ろしいワンツーパンチだった事だし、絶対に怒らせない様にしよう。


◆        ◆        ◆


 葛城さんが帰った途端に奥様方も帰ってしまった。


「さてと、ジョルカブを触りますかねぇ」


 静かになった作業場で、俺はジョルカブを分解し続けた。

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