2019年3月 平成最期の春

第327話 君は出汁殻じゃない④完成

 加工業者に出していたフライホイールが返ってきた。どれくらい軽くなったか調べてみると、ノーマルが一〇〇〇グラム少々で戻って来たフライホイールが九〇〇グラム代前半から一〇〇〇グラムを少し切るくらい。錆で痘痕になった表面が滑らかになるまで削った事により、少々バラつきがある。今回CD九〇に取り付けるのは中間の九五〇グラム少々の物だ。カブやモンキーのフライホイールはプレス製とあってブレが大きいらしい。この加工で軽量化だけではなく芯出しも出来るのでエンジンの反応は良くなるだろう。


「ん~、変わった様な変わらん様な。走らさんと何とも言えんな」


 だが、CD九〇はナンバーを付けていないのでテスト走行が出来ない。こんな時はプロのライダーに意見を聞きたいところだ。面白い物が入ったから買いませんかと葛城さんにメールしたら『喜んで!』と返事が来た。


 リツコさんのリトルカブに付ければ喜んでくれるだろう。でも彼女のリトルカブはセル付きだ。今回加工したフライホイールはセル無し用でセル装着車には付かない。


「今回はセル無しのフラホやしな、リツコさんが拗ねるかもしれんなぁ」


◆        ◆        ◆


 日が暮れていつもなら店を閉めようとする頃合いに葛城さんがご来店。カブを作業場に入れてシャッターを閉める。


「いらっしゃい……ん?」

「こんばんは、おじさん、どうしたの?」


 葛城さんの耳にピアスの栓がしてある。いつの間に開けたのだろう。


「ピアスなんかしてたっけ? いつ開けたん?」

「ピアスだけじゃないのよ、他にもね」


 ヘルメットで潰れた髪をかき上げた葛城さんは少し雰囲気が変わったように見えた。何て表現すれば良いのだろうか……ホストみたいだ。


「そうか、女の子やもんな。御洒落も大事やな」

「うん、私女の子だもん」


 仕事に恋に一生懸命な葛城さん。美しさに磨きがかかって……ますますイケメンに……美人になった。


「ノーマルを削ってバランス取り? へぇ、キレイになるのねぇ」

「じゃあ、作業にかかりますかねっと」


 シフトペダルとジェネレーターを外し、フライホイールをホルダーで固定してロックナットを外す。ロックナットを外してワッシャーを取ってプーラーを取付け。プーラーのネジを締めてハンドルをプラスチックハンマーでパコンと叩けば普通ならフライホイールが外れる。これで外れない場合は少しヤバい。インパクトレンチで無理矢理ナットを締めたと思われる中古エンジンも多い。


「これってさぁ、お兄ちゃん浅井薫の(郵政)カブには付かないんだよね?」

「そうやな、これは郵政カブやプレスカブのグリップヒーター付き用ジェネレーターには付かんみたいやな」


 中古エンジンでフライホイールが無い状態で出品されている物がある。俺はカブ系ならジェネレーターを見ればどこのメーカーか分かるし、何のフライホイールを組み合わせれば良いか分かる。メーカーの違うフライホイールとジェネレーターを混ぜて組んでしまってエンジンが動かないなんて失敗はしない。


「同じ様に見えて違うからややこしいんや」


 大まかに分けるとカブでは五〇と九〇、デンソーとミツバ、グリップヒーター有り・無し、郵政で違いがある様だ。フライホイールの取付けナットをトルクレンチで締めてカバーとペダルを付ければ作業終了。


「ちょっとエンジンをかけてみるで」

「どうかな? 変わったかな?」


 バルンッ! バルン! バルン!……トットットットッ……。


 キック一発でエンジンは始動。スロットルを煽ってみるがそれ程軽く吹き上がると言った感じはしない。振動は減った気がする。


「あまり変わらんな」

「そう? どれどれ」


 葛城さんがエンジンを吹かしているが、傍目に変化は解らない。違いが分かりやすい様に軽めの物を入れたのになぁ。


「けっこう変わったと思うけどなぁ」


 フライホイールだけ軽量化してもクランクシャフト反対側にある遠心クラッチの重さは変わらない。軽量化し過ぎるとクランクシャフトがアンバランスによってネジ切れると聞いた事がある。俺は鈍いのかもしれないが、この青……お嬢さんはプロのライダーだ。解るのだろう。


「振動が減ったのはイイね、そもそもレスポンス云々を言うバイクじゃないもんね」

「ごもっとも」


 普段がレスポンス満点の大型バイク乗りだけあって葛城さんはカブにスポーティさは求めていないらしい。彼……彼女がカブに求めるのは可愛らしさと安らぎなのだろう。


「じゃあ、しばらく走ってみますね」

「よろしく」


 走り去る葛城さんとカブはいつも通り。変化は微妙だがこれで良いのだろう。


 ◆        ◆        ◆


 三月に入り、卒業式やら入学試験の準備やらでリツコさんは忙しくなった。疲れているからかお酒の量が少ない。その分ご飯を良く食べる。彼女が好きなのは何と言っても肉。その中でも内蔵系が大好き。今日も酒の肴にホルモン焼きを食べたがったが在庫切れ。仕方がないので別の肴を作って出してみた。


「ほい、鶏皮のおろしポン酢あえ」

「毎回毎回器用に作るわねぇ」


 鶏皮を茹でて刻んでから大根おろしとポン酢であっさりと仕上げた前菜だ。ちなみに皮を剥いた鶏肉は茹でてサラダと和えてみた。


「うぬぬ……サッパリしたおろしポン酢にプルプルの食感とは嬉しい不意打ち」


 どこかのグルメ漫画みたいだ。


「俺はこの位あっさりが好きかな、もうおっさんやからな」


 飯を喰いながら一日有った出来事を話す。


「今日は加工に出してたフライホイールが返って来たわ、葛城さんにモニターしてもらって具合が良かったら他のお客さんにも勧める」

「私も軽量フライホイール欲しいなぁ」


 葛城さんのカブへ取り付けた軽量フライホイールの話やリツコさんの職場の話とか、何て事の無い日常の会話だ。


「今朝の新聞で出てたけど、卒業式の会場が荒されたって?」

「うん、警察が来て調べてた。多分だけど犯人は学校周辺に住んでるだろうって」


 リツコさんは言わなかったが、高嶋高校の卒業式で式場が荒されたそうだ。並べて置いた椅子を積み木みたいに重ねたり、椅子に粘着テープを貼ったりと、しょーもない事件が有ったと県民欄で出ていた。


「ほう、そら何で?」

「わざわざ夜に他の街から今都に行くなんて有り得ないでしょ」


「それもそうか」


 我が母校ながら、どうして今都なんて物騒な所に建ってるんだって思う。


「来年度はね、クラス数は変わらないけど定数が減るのよ」

「ふ~ん、高嶋高校にも少子化の波か」


 一クラス当たりの人数を減らして生徒に目が行き届き易くするのと、担任の負担を減らす為らしい。


「本当はね、一クラス減らそうかって話が進んでたんだけど、今都の生徒を受け入れる隔離するクラスを設けないと他の生徒に悪影響が出るって」


 どこかの熱血教師だったら『お前は腐ったミカンじゃない!』と髪をかき上げながら言う所だが、今都の連中は息をする様に嘘を言い、水を飲むように人を傷つける。周りに悪影響しか与えないのだから仕方がない。そんな連中だから隔離は必要だろう。


「そうやろなぁ、暴れ小熊と同じクラスは危ないもんな。隔離せんとなぁ」


 もしも今都市立中学校の卒業生を受け入れないなんて発表なんてしたら今都の連中は高校目掛けて火炎瓶や石を投げて来るだろう。放火や破壊行為は言うまでもない。そんな地域だ。高嶋高校にも少子化の波、定員が減ればバイク通学する生徒も減る。ウチの商売にも影響が出るのだろうか。


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