第326話 君は出汁殻じゃない③外装完成

 高村ボデーから塗装が出来たと連絡が有った。年度末とあって忙しくなって来たのか取りに来いとの事だったので出掛ける。


「よう、メイドの御主人様」

「何すかそれは?」


 日曜日にリツコさんに買い物へ行ってもらって以来、俺は『メイド好きの旦那』とか『メイドの御主人様』と商店街の連中から呼ばれる事が有る。メイド好きも何もメイドって家政婦さんの事やろ? お手伝いさんでもあるんじゃないのか? エプロンしていかにも『家事をします』って感じではないか、つまり俺の作業着と一緒だ。お買い物に行ったり料理を作ったりするお仕事ではないのか? 家政婦さんになったリツコさんが命令しろと言うから買い物に行ってもらったのに、何て言い草だ。俺はメイドさんじゃなくてリツコさんが好きなのに。


「ちゃんと『キレイになぁれ、萌え萌えキュンッ』っておまじないしといたからな」

「お呪い無しでお願いします」


 社長のは『おまじない』じゃなくって『のろい』だと思う。


◆        ◆        ◆


 どいつもこいつも俺にメイドリツコさんの話題を振って来るので腹が立つ。まぁいい、いや、良くないけど仕事は進めんとアカン。引き取って来たフェンダーを組み付けてタイヤを取り付けてみた。キャンディーブルーのタンクにゴールドのライン、そこに組み合わさるのは明るいシルバーのフェンダーだ。メッキやステンレスより少し落ち着いた感じがして良い。社長の呪いが効いたようだ。


「でも、『萌え萌えキュンッ』って何やねん」


 外装は一通り付いたが加工業者に出したフライホイールがまだ届かない。とりあえずだがジェネレーターカバーを取り付けて外見のチェックをする。ジェネレーターカバーがカブの物だから、見る者が見れば違和感を覚えるだろう。でも、俺はCD九〇のよりカブのジェネレーターカバーのデザインの方が好きだからこれで良い。決して取り寄せるのが面倒だったり在庫が有るからといった理由ではない。


(そう言えば、横型エンジンでオフ車が有ったらしいな)


 CD五〇の兄弟車でCL五〇と言うモデルが有った。これはスクランブラーと呼ばれる本格的なオフロード走行は無理だが、林道とかちょっとした荒れた道を走れるバイクだ。もっと昔になるとカブ九〇にも使われたCS系統と呼ばれる少しゴツイエンジンを積んだオフ車が有ったらしい。CL九〇とかSL九〇とか、そんな名前だったとか。今も有れば面白いと思うが実物は見たことが無い。


(シリンダーヘッドが前に有ると草地で引っ掛かりそうやな)


 横型エンジンのオフロード車は短命だったそうで、すぐに縦型エンジンと呼ばれるCB系列の縦型エンジンに変わったそうな。その系列のエンジンがエイプに積まれている『縦型』の源流だと先代やミズホオートの会長が教えてくれた。縦型エンジンが出て以降は横型エンジンは実用車に積まれて今に至る。


 一瞬ヘッドの前にガードを付けたらオフロードでも大丈夫と思った。でもよく考えたらヘッドの前に防御板なんて付けたら走行風が当たらなくてエンジンが冷えない。下手な事を考えない方が良さそうだ。やはりメーカーがやる事は理由が有る。


 ◆        ◆        ◆


 二〇一九年は比較的暖かで雪がほとんど降っていない。普段なら豪雪地域なはずの今都でさえ山間部を除くと全く雪が積もらない異常気象だ。それでも風は冷たい。


「理恵は今日バイクで来たの? 寒くなかった?」

「ちょっと寒かったかな? お母さんが言った通り、山が白い間は寒いわ」


 高嶋高校へ通う学生たちは電車通学に切り替えたり防寒装備満艦飾で通ったりする。道路に融雪剤が蒔かれていないのを見た六城は、修理を終えたキットバイクで出勤した。


「あら六城さん、今日はバイクで御出勤?」

「うん、融雪剤も無いしなぁ」


 目が届く所にバイクを置いておかないと盗まれる危険性がある。目立たない所へ隠すと知らない間に部品を盗まれたりする。今都はそんな欲望渦巻く闇の街だ。


「可愛いですね」

「遠藤ちゃん程やないで」


「やだぁ六城さん、お上手」


 フルオーバーホールで馴染んでいない感じはあるものの異音は無く、通勤に使えそうだと思った六城は安堵した。


 そんな日の夕方。


「ん? 六城、お前またバイクに乗り始めたんか?」


 ガソリンを入れに来た竹原はキャンディーブルーのタンクにクロームメッキのフェンダーを付けたキットバイクを見つけた。


「ホンダのゴリラか? 随分改造してあるみたいやな」

「いや、ホンダのコピーです。偽物です」


 竹原は先輩の家大島サイクルで似たバイクを見たことが有る。だが、六城石油に置かれているのはそれよりも一周り大きく見えた。


「この前のあいつギョヴュヲが放り出したのを引き取って直したんです。ボロボロだったから苦労しましたよ」

「ふ~ん、ところで六城、保健室の磯部先生って覚えてるか?」


 六城の頬が赤く染まった。


「忘れる訳が無いでしょ、僕らの……その……ゴニョゴニョ……」

「結婚したんやぞ、誰かから聞いてないんか」


 竹原と同時に高嶋高校へ赴任した磯部と言えば六城の年代の卒業生にとってマドンナ的な存在。セクシーでちょっといけない系のお姉さんとして大人気だった。六城も怪我をした時に「無茶はダメよ、メッ♡」と注意されてメロメロになった一人である。


「高校の先生はあまりウチで(ガソリンを)入れませんから」

「そうか、そうかもしれんな」


 高嶋高校の職員の中で六城石油でガソリンを入れている者は少ない。大半が住居の近所にあるセルフスタンドで入れている。


「結婚されたんですか? そりゃそうでしょうねぇ、美人でセクシーですもん」


 そう言いながら六城は燃料キャップを開けてノズルを給油口へ入れた。


「去年結婚したぞ。旦那さんは一周り歳上じゃ」

「へ~、どうやって知り合ったんでしょうねぇ」


 六城を始めとする殆どの生徒はリツコの中身を知らない。下手をすれば『男を手玉に取る悪女』くらいに思っている者もいる。


「結婚してもあのデカいバイクにミニスカで乗ってるんですか?」


 トレードマークのタイトミニスカートのままでゼファーに跨る姿は高嶋高校の名物だった。リツコがリトルカブに乗り始めたのは六城が卒業してからだ。


「あれか、乗ってるけど通勤はスーパーカブのなんか変わった奴。可愛いぞ」

「マジっすか? えらい落差ですねぇ」


 なんて会話をしつつも六城はガソリンを入れている間に窓を拭いたりしている。


「今は『大島』って名字や。安曇河のバイク屋さんと結婚したんやぞ」

「へぇ……おっと、六千円入りました」


 ノズルを抜いて給油口を閉めた六城は竹原から代金と引き換えにレシートを渡した。


「ほい六千円。そのうち紹介したるけぇ楽しみにしとれ」

「おおきにっ、はいレシートです」


 代金を受け取った六城は竹原のハイエースを誘導した。


「じゃあの」

「ありがとうございました~! はいオーライ!」


 山から吹き降ろす風が冷たい。暖冬とは言え高嶋市の冬は寒い。

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