第328話 理恵・速人と別行動

 高嶋市内の小中高の卒業式が終わり、他県へ旅立つ者や地元に残る者、そして進学する者と新たな出会いや別れの有るのが春だ。高嶋高校へ進学する者は通学に使うミニバイクを見にくる季節がやって来た。入試はまだだし、合格発表も当然まだなわけだが高嶋高校は普通に勉強して入試を受ければ入学できる。この普通ってのは案外難しい物で、緊張したり体調を崩したりでベストコンディションで試験に挑めずハラハラして結果発表を待つ者も居るだろう。


「なあ、おっちゃん。スイングアームを伸ばすとどうなるの?」

「ん~? ロングスイングアームか、スピード出した時に安定するぞ」


 ロングスイングアームとは後輪を車体に取り付ける棒だ。車体に支点があり、タイヤを上下動させる為の機械要素だ。伸ばすと車輪間距離が伸びるから直進安定性が増す。


「おっちゃん、私のゴリちゃんにも付けたいなぁ」


 さてどうした物か、スイングアームは交換するとなれば長さによっては交換部品が多いのだ。速人のモンキー(車体の基本は理恵のゴリラと共通)に付けている二センチ長いスイングアームなら見た目はほとんど変わらず交換部品も無いが、それ以上となればフェンダーを移動させたりサスペンションを変えたりしなければいけない。チェーンだって交換だ。


「付けたい言うても交換部品が多いぞ。お金もかかるし、お母さんと相談してからにしとき。で、どんなのが欲しいんや」


 理恵が「これ」と雑誌の付録で付いていたカタログを指さした。


「これを速人にねだろうかなって、ホワイトデーで」

「お前なぁ、チョコのお返しにこれは無いやろ。速人が泣くぞ」


 スイングアームの値段は三万円以上だ。チョコが一万円したなら三倍返しでかろうじて買ってもらえるかってところだが、理恵は何を渡したのだろう。


「やっぱり無理か」

「今のままで十分やろ? 走っててフラフラするとか、狂おしく身を捩る様に走るんやったら先にリヤサスを変えてみるとか手段があるやろう。何やったらもっと速く楽に走れるバイクがあるぞ。ほら、そこにCD九〇があるやろ」


 と、理恵に見せたのは完成したCD九〇。キャンディーブルーに金色のライン、シルバーのフェンダーに黒いフレームやサイドカバーで仕上げたチョイスポーティーなバイクだ。CB程ではないが若向きに仕上がったと思っている。


「こんなの買うても足が届かへんわ」

「ともかく、速人にねだるんやったら身の丈に合った物にしなさい」


 その速人だが、今日は来ていない。


「で、速人は?」

「進路指導の先生に呼ばれた。希望校の事で何か有るんやって」


 この前入学したばかりと思っていた理恵が今年は三年生。年々時間が過ぎるのが早くなっている気がしてならない。


◆        ◆        ◆


 進路指導室に呼ばれた本田速人は進路指導担当から推薦入試についての相談をされていた。速人は進学コースでないにもかかわらず成績は上位に居る。だが、進路希望は合格ラインが比較的低い某工業大学だ。推薦すれば合格は間違いないが、速人なら一般入試でも間違いなく合格するだろうといったレベル。


「本田君は今の調子でいけば推薦枠で行ける。でもな、出来れば指定校推薦では無くて一般で受けてもらいたい。一人でも多く合格させてやりたいんや」


 速人と同じ工業大学を目指す生徒は速人が知る限り一人しか居ないはずだ。その生徒は『湖岸のお猿』こと白藤理恵だ。


「その推薦枠に誰が入るか教えてくれるなら考えます」

「本田君、それは職務上の守秘義務があって言えんのや……ただし……」


 進路指導担当の教師は速人の眼を見つめながら言った。


「『猿回しを見たい』とだけ言っておこう。返事は急がんからゆっくり考えてくれれば良い」


 『猿回しの本田』こと本田速人は「考えておきます」と答え、進路指導室を後にした。


◆        ◆       ◆


 三月になって忙しい日々が続く。最近思うんだけど、疲れが取れない。竹ちゃんに相談したら「それが老いるって事です」なんて言いやがった。深酒すると次の日が辛かったり、ゼファーちゃんを動かすのが辛いと思う日があったのと、増えた体重がなかなか戻らない事、そして夜更かしするとお化粧の乗りが悪くなる事……思い当たる事だらけだ。


 竹ちゃんも「僕だって歳をとったって思う時がありますよ」って言ってた。だとすると一周りも歳上な夫はどうなのだろうか。


「ねー中さん、歳をとったなぁって思う時ってどんな時?」


 晩御飯の時に聞いたら中さんは「ついこの前と思ってた出来事が歴史の一ページやった事」って言ってた。私は昭和が平成になった時の事は覚えていないけれど、中さんは中学生の時だったんだって。「あの事件も神戸の震災も、学生から教科書に載ってるって言われた時は驚いたなぁ」だってさ。


「昭和に平成、そして次の元号。健康に過ごせたらもう一つくらい時代の変化を見れるかな」って言ってた。


 平成も残すところ三週間と少し。元号が変わる四月からどんな時代が始まるのだろう。


 


 

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