第318話 CD90初入庫……ただし……。

 ホンダモンキーやゴリラ、そしてDAXやシャリィはバイク弄り初心者の大事なお友達だ。もちろんスーパーカブは言うまでもない。これらの小さなバイク達に搭載されている空冷横型エンジンの改造は間口が広いだけではない。実に奥深い物だ。キャブレター時代の横型エンジンと言えばクランクシャフトにクラッチが付いた『一次クラッチ』が多いが、これはチューニングするとクランクシャフトに悪影響を与える時がある。ハイパワーや高回転に耐えられずスロットルオフでクランクシャフトが破断するなんて事も有るらしい。そこでアフターパーツメーカーやホンダはクランクシャフトでは無くてミッションのメインシャフトにクラッチを取り付けた。これが『二次クラッチ』というもので、クランクシャフトへの負担が減りハイパワーに耐えられるようになる。二次クラッチが純正で採用されている車種はタイカブ一〇〇EXとCD九〇くらいだったと思う。


 「大島ちゃん、CD九〇って要る?」


 車輪の会でメインの仕事としてカブ系エンジンを修理しているのは俺くらいだが、商売と別に趣味としてカブ系エンジンを弄る者は多い。


「要る!……で、何でわざわざ俺に言ってきた? 何か裏が有るやろ」

「あ、分かる? 実はCD九〇を丸ごと買ってな……」


 二次クラッチ付きと言っても基本的にカブ系エンジンだからエンジンマウントの寸法は一緒。少しだけクラッチワイヤーの取り回しに工夫が必要になるけれど、モンキーやDAXみたいなカブ系エンジン搭載車なら積める。ポンと積むだけでボアアップ・ストロークアップ出来て、二次クラッチも付く。となればモンキーやダックスに積みたがる者は多い。どの位人気かはネットオークションを見ればわかる。車体丸ごとを買うと十万円あたりが相場だが、エンジン単体で買うと六万円以上が必要だ。つまり、エンジンだけで車体の六割の価値が有るって事だ。


 連絡をくれた奴の店まで歩いて行ってみるとCD九〇のテールが見えた。サイドへ回ると案の定エンジンが無い。


「これなんやけど、要る?」

「要するにエンジンを抜いた車体を処分したいって事やな?」


 エンジンは降ろしてモンキーに積む準備をしているらしい。


「ネットオークションで捌こうかと思ったけど、大島ちゃんならカブのエンジンを積んで起こすかなぁって、要らんならオクに流すけどどうよ?」


 幸いな事にエンジンなら売るほどある。車体は埃っぽいけれどエンジン・キャブレター以外に大きな欠品は無さそうだ。幸いな事に電装も十二ボルト。車体ナンバーはHA〇三だから最近の車体だ。ラージケース時代のCS系エンジン搭載車なら断るが、これは要る。欲しい。


「いくらよ?」

「エンジンを抜いた出汁殻やけどキーと書類付き。三万でどうよ?」


「ん~『出汁殻』なぁ」


 幸いな事にエンジンを乗せて軽く整備すれば十万円くらいで売れそうだ。だが、私もバイク屋さんです。利益を得る為には少しでも安く仕入れなければいけませんっ……俺はCS放送の中古車ディーラか(笑)


「ん~、エンジンで元取ったやろ。もっと安うしてぇな」

「え~、お前、若いベッピンさんと結婚して羨ましいし~」


 どんな理屈やねん。けっこうなジャジャ馬で大変なんやぞ。俺の背中を見せてやろうか、引っ掻き傷だらけやぞ。


「新婚やし、物入りやもん」

しゃあ仕方無いなぁ、エンジンとキャブが取れたしなぁ」

 

 結局、値引きと言っても三千円。仲間内であまりしつこく値引き交渉すると、今後の仕事に影響する。それにエンジンレスの車体なら妥当な所だろう。


「じゃ、二万七千円な。はい、釣りはいらんで」

「ちょうどやんけ」


 こんな場合は千円札を多く持っておくのが礼儀。釣りが無い様に気を使っているのだ。『金が有るのに値切った』と文句を言われない為でもある。


「ほな帰るわ」

「押して帰るんか? 送っていこうか」


「いや、運動不足解消や。人間は歩かんとな」


 書類を受け取ってエンジンレスの車体を押して帰る。最近運動不足だったから丁度良い。ついでにブレーキやベアリングに異常がないかを確認しながら店まで転がしていく。走行距離も少ないみたいだ。メーターの数値は実走だろう。


「やれやれ、美味しい所を吸い取られて」


 エンジン・キャブレターの美味しい部分は取られている。出汁殻と言えば出汁殻かも知れない。


       ◆       ◆       ◆


 十分少々CD九〇を押して我が家に到着。今日は新人警官の練習どうか知らないがやたら滅多らと職務質問された。財布だけ持って出かけたのだが、免許を持っていなかったので身分証明できずに一苦労した。やはり高嶋警察署はゆっくり動く物を狙って手柄を上げようとしているらしい。深夜に国号一六一号線を走る暴走族は捕まえんくせに。


「よっこいしょっと」


 作業場に入れて各部のチェックをする。この手のバイクで一番心配なのはタンクの錆だ。小さな穴位ならハンダで穴埋めできるが、大きな穴や全体が錆びてしまうと非常によろしくない。


「とりえあずガソリンを抜いてみるか」


 ペットボトルにガソリンを開けたが錆粉や変な匂いは無い。小さなミラーを突っ込んで内部を見るが錆などは無さそうだ。タンクは邪魔になるので一旦外して混合ガソリンを内部に行きわたらせて置いておく。黒の地味なタンクだから塗装すると面白いかもしれない。


(これは部品取りには勿体ないな)


 特に大きな錆も無い。メッキの部分は点錆が有るけれどこれはケミカルで磨けばいいだろう。出汁殻だって上手く料理すれば一品料理になる。スーパーカブをテレスコピックにする為にフロントフォークだけ外すなんて勿体ない。上手く弄れば目玉中古車になる。


「タンクはボデーさん高村社長で塗ってもらって、シートをロングシートにする。フェンダーももう少しスポーティにしてエンジンは……」


 CD九〇がウチへ来るのは初めてだ。どう弄ろうかと考えるだけで心が弾む。

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