第317話 下取り車

 毎年この時期はバイクを処分する時期でもある。春まで置いておけば税金がかかってしまうからだ。買い替えで下取りすることが多いが、免許を返納する年寄りが自転車の下取りに持ってくる事も有る。そんなバイクに目を付ける買取業者も多かったりするのだが……。


「おい、このカブを引き取ってやる。タダで寄こせ」

「ハァ? 『タダで寄こせ』やと? 理由次第やな」


 錆びて朽ち果てたバイクとは言え『タダで寄こせ』とは何たる物言いだ。だが、タダで寄こせと言うからには何らかの理由が有るのだろう。我が店のモットーは『学生の足を格安で提供』だ。理由によっては力にならんでも無い。


「タダで寄こせ。俺は可哀そうな学生なんやぞ」


 可哀そうと自分で言えるくらいなら余裕はまだ有る。音楽プレイヤーは持っているわ、髪の毛は染めているわ。正直に言っている訳ではないだろう。そうなれば特に情けをかける必要はない。ある意味頭の中が可哀そうな奴かもしれんが。


「ノークレーム・ノーリターン・ノーサポート。自分で運んで自分で直すならタダでええよ」

「勿体ぶるんじゃねぇやヴォケ! ぎゅしゃあ俺は蒔野から来たんやぞ」


(物をもらう時はそれなりの態度が有るぞ、この下衆野郎め)


 やっぱり嘘八百の糞野郎だ。今都や蒔野の人間は息をする様に嘘をつく。蒔野町は今都町の金魚の糞だ。となれば情けをかける必要など無い。


「じゃあ、免許を見せてくれるかな? あと、こっちの念書にサインをお願いします」

「ったく、めんぎょきゅしゃあなぁ面倒くさいなぁ、おらよっ!」


 蒔野から来たと言う少年はノークレーム・ノーリターン・ノーサポートで購入した事を記した念書にサインをして、差し出した廃車証・譲渡証明書を奪う様にバイクと共に去って行った。


「何に使うんやろうなぁ、ボロボロやのにな」


 バイク業者からも要らんと言われたバイクだったから惜しくは無い。スクラップ屋に連絡して処分する手間が省けて幸いだ。


「やっぱり俺はがええわ、さぁ中古車の準備っと」


 季節の変わり目は変な来客が多い。今の様に無料でバイクを欲しがる物乞いも時折訪れる。後腐れが無い様に、トラブルに繋がらない様に気を付けなければ。


        ◆        ◆        ◆


 ビジネスバイクと言うジャンルが有る。ホンダスーパーカブの成功を見た他のメーカーがパク……追従して出したバイクだ。だいたいが排気量五〇~一一〇ccで、乗り降りがしやすいアンダーボーンフレーム、タイヤは一七インチから一四インチ。ミッションは三速か四速、クラッチはマニュアルの物もあるが、アンダーボーンタイプの物は自動クラッチの物が多い。あとは足元を風や汚れから防ぐレッグシールドが付いていると言ったところか。


「……と言う事で、見た目がスーパーカブと似てるから気を付ける様にな」

「私のは本物のカブやんなぁ?」


 夕方になって友人の娘、絵里ちゃんがご来店。駐輪場でぶつけられたのか後ろのウインカーが折れてしまったのだ。中古部品を使って安くで直した。


「うん、ごちゃ混ぜで作ったけど正真正銘のスーパーカブや。絵里ちゃんみたいに正直に予算が少ないって言うてくれたら、おっちゃんもそれなりに何とかするけんどな、「タダで寄こせ」なんて言う奴には説明もサポートもせん。返す言うても返品も受け付けてやらん」


 正直に話してくれたら対応はするが、嘘をついてバイクをタダで貰おうなんてセコイ奴は酷い目に会えば良い。最近のカブブームを見て高くで転売しようと思ってウチへやって来たのだろう。ところがどっこい、あの少年が持って帰ったのはスーパーカブに似た他所のメーカー製ビジネスバイクだ。しかもエンジンが焼き付いていた。直したところで販売価格は部品代にも満たない。そんな訳で買取業者が「これは要らん」と言った代物だ。もちろん俺も要らん。


「カブと違ったら売れへんの?」


 絵里ちゃんが不思議がるのも仕方がない。知らない者からすれば同じバイクに見える。知っている者が見ても五十メートル離れると同じに見える。


「輸出するにしても国内で捌くにしても人気が違うわな、まぁマニアやったら喜ぶと思うし、ホンダ嫌いやったら直して乗るかも知れん」

「同じバイクに見えるけどなぁ」


 多少の味付けの違いがあったりするが使う分にはそれほど変わらないと聞く。後発だけあって改善されている部分も多い。だが元祖が売れまくっただけあって、何を出しても『カブみたいな』と言われてしまう。


「それでもおっちゃんはホンダのスーパーカブが好きなんや」

「何で?」


「ほら、マークに羽が生えてるやろ、遥か未来を目指す為の羽根が」


 フレームが強いとか、エンジンのパワーが有るとか、シャフトドライブだったりと面白い面はある。それでも俺はスーパーカブが良い。


「ふ~ん、羽根なぁ」


 特に販売網と部品の流通で他車はカブに敵わない。カブを修理・販売する店は何処の街でもあるが、他メーカーのバイク店は少ない。スーパーカブ以外のビジネスバイクを扱う店はスーパーカブも扱っている事が多い。「うちはカブ以外しかやりませんわ~」なんて言う店は見たことが無い。


「それに、カブ以外やとカスタムの部品も無いし、中古部品の流通も少ない。こんな風に中古部品を使って三百円で直すなんて出来んで」

「ホンマに三百円で良いん?」


 実はこのテールランプ一式は廃車にしたカブから外した物だったりする。車体が腐っても部品が残る。『虎は死して皮を留め』だっけ? 小さなバイクだけどカブは小さな猛獣なのだ。


「絵里ちゃんはおっちゃんの同級生の娘やからな、内緒やで」


 ……と言いつつ廃車したカブから取り外した部品だから実質部品代はタダだ。たくさん売れたから中古部品が多い。


「おっちゃん、ありがと。じゃあ三百円」

「ほい、ありがとう。気を付けて帰りや」


「うん、ばいちっ」


 中古部品が多いから修理もしやすく触りやすい。日産のL型エンジンの如くバリエーションが豊かなカブ系エンジンはメーカーが作らない組み合わせでいろいろな遊びが出来た。だが、そんなカブ系エンジンが手軽だったのも今となっては昔話。程度の良いカブ九〇のエンジンなんてネットオーククションでトヨタのセンチュリーのエンジンと変わらない値段で出品されている。片や使い古された空冷単気筒八十五㏄、一方は過剰なまでに整備された国産最高峰のV型十二気筒六リッター。どちらも似た値段なのは見ていて面白い。


 恐らく需要と供給のバランスが生み出した現象だ。カブ九〇のエンジンはカブ以外にソロ・モンキー・ゴリラ、それ以外のミニバイク趣味人から需要が有る。対してV型十二気筒六リッターエンジンなんて他車に使うなんて滅多にしない。欲しがる者が多ければ値段が上がる、それが中古相場って奴だ。


「それにしても、カブもお高い時代になったなぁ……ハァ……」


 地獄の底からでも蘇るスーパーカブだが蘇らせるのが難しくなってきた。こんな所でも『地獄の沙汰も金次第』らしい。寒さと純正部品の値上がりが身に染みる。

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