第316話 節分

 二月に入って来客は減る。この時期に登録となれば、四月までのたった二か月の為に税金を払わなければならないとあって車両の販売も減る。こんな時期は主に中古車の整備や腰を据えて取り組みたい重整備をしている。昨年はツキギのホッパーなんて面白い車種やマグナ五〇なんてリトルアメリカンが入っていたのだけど、今年は面白い車種が入って来ない。相変わらずゴリラは売れ残っているし、新型カブの注文も無い。相変わらずウチのお客さんの求めるバイクは予算十万円前後。新車は無理だ。


「まぁこんなもんか」


 コツコツと組んだ三輪バギーが完成した。やはりこれも四月に入るまで登録はお預けだ。小さな出費を抑えておかないと。この時期は色々と物入りだし、作業以外の忙しい事も多い。ウチは税理士さんが優秀なおかげでややこしい事が少ないが、事務仕事は何年やっても慣れない。


「もう節分の時期や、あっという間に一年やな」


 リツコさんが我が家に居付いて俺にアタックし始めたのが去年の今頃だろうか。俺みたいなオッサンと同じ屋根の下で暮らして婚期を逃さないかと心配していたら、そのオッサン……俺と結婚するとは夢にも思わなかった。


「恵方巻きを買うて来んとアカンな、チョイと行って来るか」


 その妻は朝からモゾモゾと部屋で何かを探している。「節分の準備よ」と言っていたから何か鬼の衣装でも出して来るのだろう。声をかけたが「今は無理」と返事が来たので一人で買い物に出掛ける。平成が終わると言うのに藤樹商店街は昭和の香りがする。そんな街をうろつくのは軽自動車でも大きすぎるくらいだ。「オートジャイロとは古風な。あれ、伯爵のだぜ」なんて言いながらジャイロXを引っ張り出して買い物に出発。


「ありゃ? 今日はあたるちゃんが三輪車でお買い物かいな」

「そうや、たまにはコレでウロウロしようかと思ってなぁ」


 恵方巻きを買い、豆を買ってついでにおかずになりそうな物をチョコチョコと買って家に戻る。決して速いと言えないジャイロXだが原付一種の制限速度である時速三〇キロまでなら十分な動力性能が有る。リツコさんが乗って当たりが付いたからだろうか、高回転で苦しそうに喘いでいたエンジンはいつの間にかスムーズに回る様になった。


「歳を喰ったバイクがジャジャ馬娘に鍛えられたってとこかな?」


 ジャジャ馬娘に乗られて元気になったと言えば俺もだろうか。一緒に暮らして結ばれて生活に張り合いが出たように思う。


「あ、節分と言えば鰯やなぁ」


       ◆       ◆       ◆


 同僚が言うには、子供が欲しいなら回数よりも濃度らしい。私は『子供が出来る確率は琵琶湖に浮かんだ笹船を上空から探す様なもの』と中さんが言っていたから分母が大きいなら分子を増やせばよいと何度も何度も求めていたけど、赤ちゃんが出来ずに中さんが痩せちゃった。竹ちゃんが「生気を吸い取ってるんですよ、化け猫先輩」なんて言って来たから折檻してやった。当たらなかったけど。


「節分と言えば『鬼』だね」


 だからこの何日かはエッチな事はしなかった。今日は節分、恵方巻きを食べた後は中さんの恵方巻きも頬張……体が疼く。


「お母さんが豆撒きの時に着てたのが有ったはずなんだけどなぁ……」


 母がくれた服の中に鬼の衣装が有ったはず、そう思って押入れを朝から漁っているがどこにしまったか思い出せない。


「あ、有った。虎柄のビキニと角のカチューシャ、虎柄のブーツと……何だこの青緑のウイッグは?」


 母が残した『鬼セット』が何かのキャラクターだと思ったリツコだったが、残念ながら少し時代が違うせいか何であるかは解らなかった。


「これを着る時は語尾を『だっちゃ』にするんだっけ?」


      ◆      ◆      ◆


 節分に恵方巻きを食べるようになったのは何時からだろう。寿司屋の販売戦略にまんまとはまっている様な気がする。イベントなんて企業の販売戦略の一環だ。寿司屋と豆屋、そして魚屋の策略に違いない。せめてもの抵抗にと鰯は焼かずに生姜醤油で煮た。濃い味付けは酒に合うし、何と言っても骨まで食べられるのが良い。骨粗鬆症の予防になる。


「にゃう~、焼いたのよりこっちの方が好きかも」


 今日のリツコさんは鰯を肴に焼酎を呑んでいる。やっぱりニャンコだ。


「カルシウムを取れるしゴミも減るから一石二鳥やで」

「お酒に合うし、生姜で体も暖まるから今の時期にイイね」


本当なら鰯は焼いて食べる所だが、俺は焼いた鰯が苦手だ。小骨が多くて腸の辺りが苦いのが嫌だ。そこで内臓を取って醤油で煮させてもらった。


「さて、恵方巻きを喰うか。今年はどっちが恵方やったかな?」

「東北東だって」

 

 リツコさんがスマホで調べてくれた。俺もスマホを買おうかと一瞬思ったけれど、ガラケーでも不便してないからいいか。


「ではいただきます……」

「いただきま~す」


 恵方巻きは黙って食べる物らしいが、リツコさんの方が先に食べ終えてしまった。何か話したそうにしているなぁ。


「生姜って、西洋ではニンニクと同じ役割って考えられてるんだって」

「……」


 喋らすなっちゅーねん。


 恵方巻きを食べてからは炒った大豆を実年齢プラス一つ食べる。『数えの歳』って奴だ。去年はリツコさんが十八粒食べようとしていたのでツッコミを入れた気がする。


「……『三十二粒やで』って言いたいんでしょ」

「分かってるやん」


 食事を終えた後は豆まきといきたいところだが、隣組で『豆まきは数粒』と決められたのでそれに従う。いつだったか子供がいるお家が思い切り豆を蒔いたら、翌朝ハトが寄って糞を大量に落としたからだ。自然が豊かな安曇河には鼠も多い。そんな諸事情が有って『鬼は~外! 福は~内!』が出来ない。


「この豆が予想外にビールに合うのよね」


 お風呂から上がるとリツコさんが豆を肴にビールを呑んでいた。よく呑むなぁ。


       ◆       ◆      ◆


 戸締りと火の用心をして寝ようと布団に入ったらスパーンと戸が開いた。


悪いわりぃ子は居ねぇが~!」

「それは『なまはげ』や、そんな格好してたら風邪ひくで」


 虎柄ビキニのリツコさんが現れた。室内なのに虎柄のブーツを履いて、頭には二つの小さな角を生やしている。多分ヘアバンドだろう。


「がお~鬼だっちゃ、暴れちゃうぞ……ヘッ……ヘクチッ!」

「ほら言わんこっちゃない。風邪ひくで、早よう布団に入り」


 このあと、布団へ潜り込んだ可愛らしくも妖艶な鬼は俺を相手に大暴れした。まぁ早い話がアレだ。久しぶりのお約束だ。


―――――――――― 合体!鬼退治 ――――――――――


 あ、よく考えたらあのキャラだ。鬼じゃなくて雷様?

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