第312話 作業の積み重ね

 六城がギョヴュヲからボロボロのキットバイクを引き取って数日が経った。


「ふぅ、何とか普通に乗れるくらいになったかな」

「ほう、坊ちゃんやりましたなぁ」


 この数日間の六城は睡眠時間を削ってキットバイクの復元をしていた。エンジンに使われていた怪しいゴム部品は信頼できるスーパーカブの部品に置き換えられ、発電機や配線類もホンダモンキーから流用。ブレーキはリヤこそ部品の都合でドラムになったがフロントはキャリパーとマスターシリンダーが国産メーカーの中古品に交換された。もちろんシール・インナーキット・ホースは交換してある。サスペンションも国内メーカー製の程度が良い中古品に換えた。


「まだキャブのセッティングが有るけどなぁ」


 燃料漏れを起こしていたキャブレターは定番ともいえるケイヒンのPC二〇に交換。これも六城の手で掃除・ガスケット交換された中古品だ。何から何まで消耗品以外は中古部品のオンパレード。部品代は安いが手間がかかっている。店に依頼をすれば工賃だけで驚くほどの金額を請求されるだろう。


「飴みたいなキレイな塗装ですな」


 錆びたタンクやサイドカバーは錆転換剤とサフェーサーで下処理された後に耐ガソリン塗料で再塗装された。全ての作業は六城の手によるもの。修理で大きなウェイトを占める工賃を惜しみ、自分で手入れしたのだ。


「ちょっと垂れたけんど、昔のCBナナハンをイメージして塗ってみた」

「いや、こんなけ塗れたら上出来でっせ」


「近付いてみたらアカンで」


 錆止めと丁寧な下地処理がされたタンクはキャンディーブルーをベースにゴールドのラインを入れたクラシカルな塗装が施された。フレームは半つや消しの黒、前後フェンダーはメッキと七〇年代のバイクを彷彿させるスタイルだ。良く見れば所々塗料が垂れた所を削ってあるのがわかる。キャンディカラーを塗るのは難しい。もう少し暖かい季節に作業をすればと悔やまれる所だ。


「坊ちゃんは『コツコツ仕事を進める』事を覚えましたなぁ。もう私が居んでも大丈夫ですなぁ」

「最初は三木さんに叱られてたもんな『小さい事の積み重ねや!』って」


 今日は修理が終わったキットバイクのお披露目の日。六城石油店にキットバイクのエンジン音が響いた。ジャラジャラ異音を出していたエンジンはオーバーホールがされ、静かにアイドリングしている。マフラーからも変な匂いや黒煙は出ない。出るのは水蒸気と小気味い良いサウンドだ。


 ブォン!ブォン!……トットットット……。


 始動した後も回転は安定している。しばらくアイドリングをさせてから六城はエンジンを止めた。


「それにしても、自賠責保険に入らず乗ってたとは恐ろしいですなぁ」

「乗る前に確認して良かったっすよ、あいつギョヴュヲはホンマに……」


 完成したキットバイクに乗って出勤しようとした六城はナンバーに自賠責保険のシールが貼られていなかったのを思い出した。ナンバーをクリヤー塗装する時に気付いていたのだが、念の為に各所に問い合わせたところ、ギョヴュヲが自賠責保険に入った様子が無かった。自賠責保険無しで公道を走行してはいけない。


「それで今日はトラックで来たんですな」

「うん、何か有ったら怖いもん」


「六城さ~ん、自賠責出来ましたよ~」


 六城と三木が話していると事務所から事務担当の遠藤が駆けてきた。


「遠藤ちゃん、ありがと」

「可愛いバイクですねぇ」

「坊ちゃんが直したんや、大したもんやで」


 幸いなことに六城石油では自賠責保険も取り扱っている。三年間の自賠責保険をかけてナンバーにシールを貼った。


「これで本当の完成やな。ギョヴュヲが見たらびっくりするやろうなぁ」



       ◆       ◆       ◆


 六城石油でキットバイクの完成披露がされていた頃、高嶋高校の生徒指導室ではギョヴュヲに処分が言い渡されていた。いつもはじゃれ合うリツコと竹原だが、今日は厳しい表情でギョヴュヲとその両親に対峙していた。


「窃盗して無免許運転。先方が窃盗に関しては不問としてくれましたが……」

「申し訳ないですが、息子さんは当校にふさわしくない様です」


 激甘なギョヴュヲの両親は何か言い返そうと思ったが、話を蒸し返して窃盗の罪に問われては堪らないと黙っている事にした。


「パパ! ママ! どヴぉしてなにみヴぁなみみょどうして何も言わないの!」


 粛々と退学手続きが取られ、ギョヴュヲは高嶋高校を退学する事になった。帰りの車内で駄々をこねるギョヴュヲを両親は叱るどころか六城に責任転嫁した。揃いも揃ってロクでなし。『この親にしてこの子』とはこいつらの事を言うのだろう。


「ギョヴュヲちゃんが悪いんじゃないのよ。ギョヴュヲちゃんの大事なバイクを直せない六城石油のバカ息子が悪いのよ」

「でも、六城石油と喧嘩をすると灯油を配達してもらえないから我慢しようね」


「だったらオール電化してよぅ!」

 

 『我慢しようね』等と言われて「はい、そうですか」と納得するギョヴュヲでは無かった。我慢をするくらいなら一言でも文句を言ってやりたいと思う辺りが今都の若者が『暴れ小熊』と呼ばれる由縁である。


(成敗してやる……)


 家に戻ったギョヴュヲは押入れから中学時代に使っていた剣道道具一式を取り出して点検を始めた。


(ううっ……臭っ!)


 しばらく放置している間に防具はカビだらけになっていた。小手に至っては鼻が曲がりそうな異臭を放っている。元々のメンテナンスが出来ていなかったからだろう、どれもボロボロ。使えるのは木刀ぐらいだ。


(仕方がない、木刀だけ使おう。叩かれると痛いけど、叩かれる前に倒せばいいや)


 ギョヴュヲは六城へ制裁を与える為に木刀を磨いた。


       ◆       ◆       ◆


 帰ってきたリツコさんの元気が無い。黙って只々手酌で熱燗を呑んでいる。仕事で嫌な事が有ったのだろう。こんな時は何か言うまでそっとしておく。この夜、リツコさんはほとんど何も話さないまま食後は風呂へ入り、湯上りにビールを一本飲んでから布団へ入ってしまった。一人でテレビを見ていても寂しい。帳簿と日記を付けて、少し早いが寝る事にした。


「ねぇ中さん」

「まだ起きてたんか」


 布団に入ったらリツコさんが話しかけてきた。


「抱っこして」

「よしよし、抱っこ」


 やはり職場で何か嫌な事が有ったらしい。今夜の妻は甘えっ子だ。 

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