第313話 バイク擬人化?

 俺はサービスマニュアルだけでは無くて何かを読むのが好きだ。ジャンルに係わらず色々な物を読む。興味が有れば絵本から官能小説まで読む。漫画やライトノベルだって読む。紙媒体だけでは無くネット小説も読む。もっともネット小説は目が疲れるからとそれほど長時間は読まない。最近細かな字を見るのが少し辛くなってきたからだ。老眼だろうか。


「なぁおっちゃん、何でバイクが女の子になってるん?」

「それは漫画の作者と読者が男やからや」


 今日も店に来たのは一年生の瑞樹ちゃんと四葉ちゃん。今日子ちゃんと麗ちゃんは家族の料理を作ったり手伝いをするからと帰り、澄香ちゃんは洗濯物が溜まってしまったのでコインランドリーに行くらしい。暇な二人はお菓子を持って遊びに来たのだ。


「おじさんは『バイクの声が聞こえる』とかありますか?」

「バイクが女の子に見えるとか有るん?」


 最近バイクを擬人化した漫画を見つけたので買ってみた。何と言えば良いか分からんが、どうしてどのバイクもこのバイクも女の子になっているんだろう。あ、カワサキのバイクは男だった。う~ん、『漢カワサキ』か? だとすればゼファー一一〇〇なんてカワサキの大型バイクに乗っているウチの奥さんは何だろう、男を振り回すお転婆さんだろうか。


「あのなぁ、バイクに『乗る』のは楽しいし、感動したりロマンを感じる事はあると思うぞ、でもな、おっさんは『整備』してるからな。使えん部品は捨てにゃならんし、食っていくからには儲けんといかん。メルヘンな事は言ってられんのや。聞こえるのは『声』じゃなくて『異音』。見えるのは『女の子』じゃなくって『現実』や」


 二人ともホケ~っと聞いているが、そんなもんだ。


「ほなおっちゃん、バイクが女の子やったら嬉しいんと違うん?」

「女の子に囲まれてハーレムやん!」


 とんでもない。バイクが女の子だったら洒落にならない。考えてみて欲しい。四十半ばのオッサンが女の子を触りまくるなんて変態じゃないか。何のジャンルのエッチな漫画だ。


「バイクが別のもんに見えたら大変やぞ。仕事にならんやんけ」

「そう? バイクが喜ぶと思うんやけど」


「仮にバイクが女の子やったとしてみい、他人が見たらどう思う? 触りまくる俺は変態扱いされても仕方ないぞ? カワサキのバイクが男に見えたら触りとうもないし、カワサキの旧車なんか触ったらオッサンズラブやで、漫画によればスズキのチョイノリは幼児か。ホンダ系のお店で良かったで……ん?」


 そんな事を言ったら二人とも黙ってしまった。何か良からぬことを想像しているのがわかる。頼むから変な想像をしないで。


「このお店はミニバイクばかりやから……うわぁ……」

「うっ……」


 お願いだから二人とも、ドン引きしないで。


       ◆       ◆       ◆


 今日もリツコさんは静かだ。いつもの元気さは何処へやら。それでも夕食の前に熱燗、風呂上りにビールを呑むのだから体調は悪くないのだと思う。今夜もさっさと寝床に入ってしまった。何か悩みが有るのかもしれない。


「リツコさん、まだ起きてる?」

「起きてる」


「最近元気が無いけど、何か悩み事が有るやろ」

「ん~、無いよ」


 モゾモゾ動いているのは隠し事が有る時のリツコさんの癖だ。


「結婚式で高村社長ボデーさんが言ってたな、大事な『口』の話は覚えてる?」

「うん、『食べる口』『コミュニケーションの口』『スキンシップのする口』」


 覚えているなら問題無い。


「じゃあ話して、二人だけの内緒話や」

「ん~、最近バイク絡みで停学とか退学処分が有るんだけどね、私のせいで人生が狂ってる子が多いのかなぁって。バイクのせいで人生を踏み外してる子が多いのかなあって」


 バイク通学担当となったリツコさんは竹原君と協力して規則に違反した者への罰則を明確にした。教師個人の裁量でなく、規定に沿った明確な罰則が違反した生徒に課せられた。その結果悪質な生徒に停学や退学の処分が下されているらしい。


「この前もバイクを盗んだ生徒が退学になったの」

「それは学校の責任と違うと思うんやけどなぁ、物を盗むてなもん親の躾が悪いんやと思うけどな。リツコさんの責任と違うで、親の責任や」


 バイクは一歩間違うと人生を狂わせる危険な乗り物だ。事故を起こせばただでは済まない。でも、『バイクは怖い』『バイクは危険』と引き離すのではなく、危険を承知でバイクに乗らせる事によって何が正しいかを生徒自身に考えさせるのが高嶋高校の教育方針だと聞いている。


「人の物を盗むなんて躾が出来ていない証拠や、リツコさんが悩む事じゃ無い」

「……うん」


 『人の物を盗んではいけません』というのは学校で教える以前に家庭で教える最低限な事だと思う。そんな事を話しているうちにいつの間にか眠ってしまった。そして朝、目ざまし時計が鳴っていつもの様に目覚めて朝食と弁当の準備をしていたらリツコさんが起きて来た。


「中さん、今夜はアレ作って! キャベツとひき肉のアレ!」

「お、悩み事は解決かな?」


 元気になった愛妻から夕食のリクエスト。献立を考えながら今日も一日が始まる。

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