第311話 暴れ小熊⑭ 次のバイクを求めて

 ギョヴュヲは次に乗るバイクを求めてネットオークションを見続けていた。比較的安価なバイクを見つけやすいネットオークションだが、三万円ではギョヴュヲの求めるバイクは見つからない。そもそもギョヴュヲの理想が高すぎるのだ。アルミやメッキパーツが付いて送料込み三万円で買えるエイプやKSRなんてそれ程ある物ではない。


(元手はあのバカ六城から分捕った三万円ぽっちか……)


 大島サイクルへ来て「三万円で乗れるバイクは有りますか?」と素直に尋ねたならば、程度はともかく何かしらのバイクは有っただろう。他の店でも下取り車や不動車なら手に入れる事が出来たかもしれない。だが、ギョヴュヲは大島サイクルを始めとする車輪の会各店で出入り禁止となっている。


(そもそも買おうとするから金が要るんであって、置いてあるバイクを持って来れば只でバイクに乗れる。うん、そうしよう)


 良い考えが浮かんだとニヤニヤするギョヴュヲに話しかけるクラスメイトは居ない。


       ◆       ◆       ◆


 放課後、駐輪場へ行き何か良いバイクは無いかと物色しようとしたギョヴュヲは警備員に呼び止められた。何となく触ったバイクから警告音が鳴ったからだ。


「君は何をしているのかな? バイク通学許可証は?」

「え……無ぇげヴぉ?」


 バイク通学許可をされていない者がこの場所に居ること自体がおかしい。バイク通学許可証は無いと答えたギョヴュヲを見る警備員の目つきが鋭くなった。


「じゃあ、ココには用は無いね、帰りなさい」

「……」


 ギョヴュヲは新学期が始まって増員された駐輪場専門の警備員に摘み出された。制裁を与えてやろうかと考えたのだが、警備員は何かしらの武道経験者としか思えない鋭い目をしていた。


(竹原程じゃないけど、こいつはヤバい奴に違いない)


 竹刀や防具の無い状況での交戦は危険と判断したギョヴュヲはおとなしく駐輪場を後にした。


       ◆       ◆       ◆


 学校でのバイク入手は困難と判断したギョヴュヲだったが、コンビニや店先ならば警備員は居ないだろうと街を彷徨った。ところが深夜の今都町は高嶋署がパトロールしており、高校生が歩いていると補導されてしまう。仕方が無く学校の帰りにコンビニや本屋をうろつくギョヴュヲだったが、そんな時間にバイクを停めているのは高嶋高校の生徒ばかり。高嶋高校の生徒のバイクを盗んで高嶋高校へ乗っていけばどうなるかはギョヴュヲでも分かる。


「うちの学校で見かけないバイクを盗むとなると難しいな……ん?」


 明らかに高嶋高校の駐輪場で見ないフォルムのバイクらしき物体がコンビニの駐輪場へ入って来た。


「スーパーカブ……?」


 丸いライトに丸いウインカー、エンジン音は明らかにスーパーカブだが見た目が大きく違う。前輪が二本あるのだ。


(こんな面白い形のバイクは誰も乗ってない……これに乗ったら目立つぞ)


 ギョヴュヲは空のペットボトルをスーパーカブの様な三輪バイクのフェンダー裏に突っ込んだ。


       ◆       ◆       ◆


 コンビニで夕食と夜食にする弁当を買い、署に戻ろうとした安浦はハンドルロックを外し、スパークプラグにプラグコードを刺してからキックペダルを踏み込んだ。


「俺が宿直の時に限って事件が起こりやがる。今日は何事も有りませんよーにってなっと」


 バキバリバリッ!


 エンジンをかけてギヤを入れて発進しようとした途端に異音が響いた。


「ウオッ! 何だっ!?」


 後ろからバキバキと音が聞こえ、驚いた安浦は愛車から飛び降りて後輪を覗きこんだ。普段なら周囲に注意を払って車体から離れる安浦だが、驚きの余りエンジンを止めずに愛車から降りてしまった。その途端、シートに誰かが跨った。


「バ~カ! 間抜け~!」

「あっ!」


 走り去る愛車を呆然と眺める安浦では無い。


「刑事を舐めるなよ……」


 署内で嫌われてはぐれているとは言え安浦は刑事だった。


(通信指令は婦警だったな、だとすれば俺の頼みでも動くはずだ)


 冷静になった安浦は携帯から署に連絡を入れた。安浦からの連絡を受けた通信指令担当の婦人警察官(独身)は『晶様とお話が出来るっ♡』とばかりに速攻で『高嶋署の白き鷹』こと高嶋〇二に指令を出した。


『署より高嶋〇二、現在位置を知らせよ』

「高嶋〇二、署に戻る途中です。寒いねぇ」


『はい♡ 寒いですねっ♪ 晶様、車両の盗難事件発生です。盗難車は今都市街を走行中。ナンバーは高嶋市 〇 ・・△〇』 

「高嶋〇二、了解。車種は?」


 ナンバーが『高嶋市』だから原付だろう。そう思った晶だったが通信指令からの返事は予想外だった。


『車種はミニカー登録の三輪バイク。安浦刑事の愛車です』

「え~、あいつの為に動くの? 嫌だなぁ」


 ちなみに安浦は初対面の葛城に「イケメンやな!」と言って以来嫌われている。葛城は『高嶋署の白き鷹』と呼ばれるイケメン白バイ隊員であるが女性だ。気丈に振る舞っているが、男性と間違われると密かに女子トイレで泣いたりしている。最近は彼氏が出来て、頭をナデナデして貰いながら慰められるれっきとした乙女だ。


『ああっ晶様っ……そんな事言わないで……以上、通信終わり』

「了解、現場付近へ向かいます。通信終わり……チッ……」


 舌打ちをして嫌々現場へ急行した晶だったが、通信指令室は大騒ぎになっていた。晶の舌打ちの音をキスと勘違いしたのだが、まぁその辺りはどうでも良い話である。


「あんな目立つ物を盗まなくても……あ、居た♪」


 現場へ急行した高嶋〇二は呆気なく安浦刑事の逆トライクを発見して暴れまくる犯人を取り押さえた。ちなみにリバーストライクはミニカー登録。操作方法はカブと変わらないのだが運転には普通自動車免許が要る。だが、安浦のリバーストライクを盗んだギョヴュヲは小型自動二輪免許しか持っていなかった。この場合、無免許運転になる。


「あ~あ、免許取り消しだねぇ……」

ざげんなぐるぁふざけるなコラ! ぎゅしゃあワシは今都やぞっ!」


 自分は今都の住民、しかも希少なお子様なのだから当然許される。そう思ったギョヴュヲは葛城を睨みつけた。だが、晶はそんなギョヴュヲ腕を取って背後へ回りギリギリと締め上げた。


「ごめんね、こっちは『県』だから。今都より上なの」

「ぎゅヴォ~! だからっていい気になりやがって!」


 奇声を上げながら逃げようとするギョヴュヲの腕を締め上げた晶はサディスティックに微笑みながら耳元で囁いた。


「公務執行妨害も付けてやろうか? 国家権力を舐めるなよ小僧」


 ギョヴュヲは無免許運転で減点二五点の一発免許取り消し。免許取得欠格期間二年となった。本来ならば窃盗の罪も加わるのだが、そちらについては穏便に済まされた。この件は即日、高嶋高校に連絡された。


「なるほど、免許の申請は『家業を手伝う為』ですね。バイク通学申請は許可していなかったと……学校のすぐ近所ですね」

「ええ、だからバイク通学は許可していなかったんです。家業とあれば免許取得は許可せざるを得ないので……」


 リツコは警察へ呼ばれ、ギョヴュヲに免許取得を許可した理由や素行などを説明した。数十分の説明の後、学校側の対応は特に問題は無いと判断され、リツコは校長に報告後家路についた。


「よりによって中さんのお客さんか……叱られちゃうかな」


 この事件の数週間後、安浦は大島サイクルを訪れるのだが、愛車が盗まれかけた事について何も言わなかった。後に安浦は「警察官がバイクを盗まれるなんて恥ずかしいじゃないですか」と語った。

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