第309話 六城

 オール電化が流行りつつある昨今だが、やはり火力となれば石油の方が強いのだろう。高嶋市の中で雪が多く降る北部地域では灯油の需要が多い。灯油以外にも学生がガソリンを入れに来たり、官公庁に灯油やガソリンを配達したりと六城石油は商売繁盛だった。


「オーライ! オーライ! はいOKで~す!」


 夕方になり、閉店間際に給油へ来たのは銀のハイエース。


「よう、六城。真面目にやっとるのう」


 窓から顔を覗かせたのは『顔面凶器』と恐れられる竹原螢一だ。


「うす、自分には合ってるみたいっす!」


 実はこの六城、大学を卒業して高嶋高校へ赴任したばかりの竹原に喧嘩を売った事が有る。今都市立中学で喧嘩が強かった六城は、高嶋高校でも名を売ろうとして生徒だけでは無く教師にも喧嘩を売っていたのだ。


「お前にはガッツが有る。正しい方向へ行けばそれが生きる」


 ところが喧嘩を売った相手が悪かった。よりによって眼さえ無事なら世界を狙えると言われた竹原だった。当時の竹原は現役退いた直後、六城の拳はヒョイヒョイと避けられ、散々おちょくられた挙句に「これがパンチじゃ」と、目の前一ミリメートルまで迫った現役さながらの右ストレートに腰を抜かしてしまったのだった。


 腰を抜かした六城は「何腰を抜かしとるんじゃあ、戦え」と言われ、周りから笑われた。


「はい、頑張ります」

「おう、お前は店を任されて立派な一国一城の主じゃ。頑張れ」


 ところが竹原は腰を抜かして笑いものになりかけた六城を「俺にかかって来ただけガッツが有る。こいつを笑うなら俺にパンチの一つでも当ててから笑え」と野次馬から庇った。それ以来六城は竹原に全く頭が上がらない。


「じゃあ現金で満タンな、トイレ借りるぞ」

「はいどうぞっ!」


 六城は竹原のハイエースにガソリンノズルをセットし、窓を拭いた。


「三木さん、あいつは大丈夫ですね」

「もう大丈夫、ワシも安心して引退できるよ。はっはっはっ」


「そうか、今都の人間も全部悪い訳や無いのぅ……」


 かつての悪ガキの成長ぶりを目を細めて眺める竹原だった。


      ◆      ◆      ◆


 仕事を終えた六城は夕食を済ませ、秘密基地に籠っていた。


「エンジンは……うん、削れてるけど大丈夫。チェーンテンショナ一式をカブの物にして、オイルポンプをタイカブ用にして……タペットのロックナットが緩んだのがガラガラ鳴ってた主原因か……カムとロッカー周りは沖縄から仕入れたデコンプ付きに交換……スタッドボルトは七ミリの……」


 フレームや外装は塗装硬化中。エンジンはあらかじめ買った部品を組み付けて行けば何とかなりそうだ。


「ついでにステムシールもロッカー外すついでに交換。バルブの掃除とすり合わせもしておこう。スタッドボルトのピッチがホンダと同じエンジンで助かった……ガスケットが流用出来る、ラッキー♪」


 幸いな事にギョヴュヲの買ったキットバイクはホンダのほぼ丸写しだった。


「バリが酷いな、削っておこう」


 違う所と言えば材質が怪しく加工が荒い所だろう。クランクケース自体の材質はどうしようもないが加工の荒い所は丁寧に修正すれば直る。ガイドローラーやテンショナーブッシュのゴム部品はホンダの純正部品や純正同等品を使えば良い。


「シフトドラムもモンキーのコピーか、ある意味助かったなぁ」


 国産モンキー(と言うのも変な言い方だが)の部品で使える所が有ればと用意した数々の部品は無駄にならず、全てがキットバイクのエンジンへ組み込まれた。


「さぁてと……もうちょっとだけ続けるか……」


 この夜も日が変わる寸前まで作業は続いた。

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