第308話 暴れ小熊⑬爆発
今日も今都にある六城の家では作業が続いていた。作業と言ってもギョヴュヲがネットオークションで探すも部品はなかなか見つからず、見つかっても競り負けるの繰り返し。結局、部品は六城が仕事の伝手で入手したのだった。
「ギョヴュヲ、ちょっとそっちを持ってくれ……よっこいしょっと」
「……」
座りの悪いエンジンスタンドにエンジンをセットした六城はメガネレンチを叩くようにして衝撃を与えてドレンボルトとチェーンテンショナーボルトを緩めた。本当なら車体から降ろす前にオイルは抜いておくはずだったが、先走ったギョヴュヲが車体からエンジンを降ろしてしまったからだ。
「いいかギョヴュヲ、オイルの汚れである程度エンジンの様子がわかるんやぞ」
「……」
ドレンボルトを外すと金属粉交じりのオイルと何やら黒い粒がオイル回収パックに垂れ始めた。恐らく黒い粒はチェーンテンショナーのゴム、金属粉はチェーンで削れた部分であろう。しかも出て来たオイルの量自体が少な過ぎる。
「これは……ヤバいかもしれんな」
六城が困った表情を浮かべた時、ギョヴュヲの中で何かがプツンと音を立てて切れた。それは理性だったのか、自身の愛車に対してか、それともバイクの修理ごときで偉そうに物を言う六城に対してかはギュヴュヲには分からない。
「ひひひひひひ人ととのっののバッバッイクッをバッバッバラバラにしてなんあなんあなん何をっ考えてるんでっぃすか? なおなおなおな直せないならららら買い取ってたってっててくださいよふぃっ。チョチョチョチョッイチョイと直せせせるるるるものをもったいぶって偉そうにグダッダッタダダグダ言ってこの
「ギュヴュヲ……お前……」
六城は怒り狂うギョヴュヲに呆然とした。自身も決してお行儀の良い人間だとは思わない六城だが、そんな六城でもギュヴュヲは酷い態度に見えた。ご近所であり後輩でもあるギョヴュヲに親切に接した自分は何だったのだろう。六城は肩を落とした。
「わかった、じゃあ買い取ろう。ジャンク・不動車のキットバイクをいくらで売りたいんや。せいぜい三万円やな。どうする」
「このへっヘッへっ屁垂れ! こっ腰抜け! 出来っそそそっ損ない! もう二度とおっおっおっ前の所ろっろろろで油は買わんっ! しっ死ねっ! とっととぜっぜっぜっ銭出せやごるぁ!」
「そうか……ほら……持って行け」
「このヴぉけ! よっよよよよ寄こっせっ!」
六城が出した三万円を鷲掴みにしたギョヴュヲは「死ね」だの「くそ野郎」だの散々喚きながら秘密基地兼作業場を後にした。
「直せば乗れるのに……勿体ない……あいつめ……」
ギョヴュヲに罵倒された六城は残った部品を全て外し、フレームを中性洗剤で洗い始めた。フレームだけでは無く塩カルに塗れた部品で洗えるものは全部洗って乾燥させる。
「溶接が雑やな、点付(溶接)だけでもしておきたいけど……ビードを引くのは久しぶりやな、出来るかな」
乾燥させている間はエンジンを分解して必要な部品をリストアップしていく。高校時代に生意気な口の訊き方をした六城はバイク屋を出入り禁止になって、自力で修理する羽目になった。最初の頃は誰にも聞けず、失敗を繰り返して泣いたものだった。近所に住む弟分のギョヴュヲが自分の様に困らない様、丁寧に教えようとしたのだが、どうやら無駄だったようだ。
◆ ◆ ◆
数日後、六城はギョヴュヲから買い取ったバイクを職場に運んで仕事の合間にも修理をする事にした。特に急ぐわけではないが、ギョヴュヲが謝りにでも来たら、酷い状態でもでもコツコツと作業すれば直ると現物を見せて教えたかったからだ。
「坊ちゃん、仕事場に遊び道具を持ち込むのは感心しませんなぁ」
「三木さん、許してぇな」
六城は店長だが店を継いでそれ程長く勤めていない。従業員の三木の方が長く務めて顧客や店の事をよく知っている。六〇歳を超えた三木は六城が生まれる前から勤めている六城石油店の主の様な従業員であり、六城の祖父のような存在だ。
「まぁ、私は来月から隠居しますさかいなぁ」
「そうやったなぁ、退職祝いを弾まんとアカンなぁ」
元気な三木だが、歳には勝てず一月末で退職する事になった。
「そうやったら見んかった事にしましょうかなぁ」
キレイに洗った部品に足付けをした六城は埃をエアーで飛ばし、密着促進剤を吹き付け、少し乾燥させてから二液ウレタンスプレーのサフェーサーを吹き付けた。普段なら雪が降る季節だが今年は比較的暖かい。天気が良く塗装日和だ。徐々にではあるが、キットバイクは路上復帰へ歩み始めた。
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