第307話 三輪バギー
融雪剤でクルマやバイクが錆びる冬はバイクのオフシーズンだ。普段は自転車にのる奥様方も寒いからと出掛けるを控えたり、傘を差すからと歩いて出掛けたりする。修理での来店が少ないこの時期はゆっくり腰を据えて作業をするに限る。
「さて、電装は出来た。いよいよエンジン始動やな」
今回のエンジンはハイコンプピストンを入れたセル無しの三段ミッションの遠心クラッチだ。今回は新しい試みで純正キャブレターを流用してみた。少し珍しいキャブレターを仲間の店から買ってみた。ドリーム五〇やCB五〇に使われていた京浜のPC一五キャブレターだ。
店の軒先へ出して燃料を入れてキックペダルを踏み込む。
プルン……プルン……プルン……。
キャブレターに燃料が落ちてからチュークレバーを引いてキーをオン。再びキックペダルを踏み込む。
プルン……プルン……プスッ……パスンッ……ブルゥ~ンタタタタタタ……。
少しアイドリングが高いのでアジャストスクリューを回して調整する。元々五〇㏄で使っていたキャブレターだけあって普通に動く。間違った組み合わせをしなければこんなもんだ。
「ま、今日はこんなもんにしておくか」
午前中はそんな感じにウダウダして過ごし、昼休憩と晩御飯の仕込みを終えて何をしようか考えていたらバイク回収業者がやって来た。毎度のことながら金になりそうもない微妙なバイクをウチへ卸しに来た様だ。荷台の前側には比較的新しいバイクが積まれている。後ろには中途半端な年式のスクーターや事故車が何台か。恐らくウチへ卸すのはこちらだろう。
「よっ! 何か買わんか?」
「スクーターばっかりやな、カブは無いんか」
「カブは……ほら、アレやから」
東南アジア行きだったボロいスーパーカブはもう無いらしい。ボロはカスタムベースにされ、程度の良い車体は中古車として良い値が付く。事故車は部品取りになる。金になるので卸さないといったところだろう。結局ウチへ来るのは年式も程度も中途半端なバイクばかりだ。
「じゃあスクーターと……お? ジャイロも有るやん」
「そのジャイロはどうしようかな……」
「ミニカーブームは終わったやろ、都会の子は煙い・臭い・汚いが揃った二ストバイクなんか乗らんぞ」
「仕方がねぇなぁ……これでどうよ」
買い取り屋が電卓で見せてきた値段でも悪くないが、三輪車では痛い目に会っている。この前の腹いせを兼ねて思い切り値引きしてやろう。
「ん~、この前のは酷かったからなぁ……これでどうよ」
「そんな殺生な!千円しか儲からんやん!」
くっくっく……口を滑らしたな。俺の睨んだ通りだ。
「お? まだ千円引けるか? タバコって今は一箱四〇〇円くらいやったっけ?」
「うう……その値段でいい……」
デフ付きの二ストエンジン車を安くで買い取れた。値段は内緒だ。
◆ ◆ ◆
買い取ったバイクを倉庫へ片付けたりしていると、あっという間に日が暮れる。今夜はちゃんこ鍋風のごった煮に茹で麺を入れた。体が温まるから冷え性の妻に丁度良いだろう。今日も二人きりの夕食だ。いつか家族が増える日が来るのだろうか。
「ふ~ん、カブが入らないのね。そう言えば、ウチのバイクって私が来た頃よりカブの割合が減ってる気がする」
「そう?」
妻の眼から見ても我が大島サイクルのカブ率は低下中らしい。これは忌々しき事態だ。
「でもね、それが時代の流れなのよ。もうすぐ新型スーパーカブの注文が入るって」
新型スーパーカブの注文が来れば一から勉強だ。俺はカブの様に変わりゆく時代へ対応できるのだろうか。
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