第281話 安浦・オイル交換
通勤に買い物、そして休日のお出掛けと高嶋市内を走り回る姿を目撃されている安浦とリバーストライク。作った大島の心配をよそに順調に走行距離を伸ばしていた。気が付けば一〇〇㎞近く走り、初回のオイル交換時期が近付いていた。
「さぁ~てと、オイル交換に行こうかな」
ルンルン気分で各輪に付けられたワイヤーロックとチェーンを外し、ハンドルロックを解除してプラグコードを刺してエンジンをかける。安浦は左遷されたとは言え刑事で犯罪者の心理は御見通しだ。盗むのに時間がかかるバイクをコソ泥は盗もうとしないのはわかっている。それに、いくら高嶋警察署が『動く物は捕まえられない』『暴走族が空ぶか視していると通報してもガス欠になった頃に来る』『爺の軽トラより遅いパトカーしか無いポンコツ署』と呼ばれるアレな署とは言え、警察署の駐車場では滅多に車両盗難される事は無い。
「レッツラゴ~!」
「
キュッ!
高嶋署を出た途端、安浦の目の前に中学生と思しき少年が転がり込んだ。今都町で良く出る当たり屋である。安浦のリバーストライクは効きが弱いと言われるドラムブレーキであるが、幸いな事に前後合わせて三つのブレーキが付いている。少年が寝転がった1メートルほど手前で止まる事が出来た。
「おう、オッサンよくも轢いてくれたなっ! 銭よこせや」
轢くも何も手前で止まっているのに、この言い方は間違いなく今都民だ。
「お、それは大変な事だな。署で詳しくドライブレコーダーでも見ながら話そうか」
『今都は物騒な街だからドラレコを付けた方がエエで』と言う高嶋署の老メカニックの忠告を受けて取り付けたドライブレコーダーが早速役に立ちそうだ。安浦は少年の首にワイヤーロックとチェーンをかけ、リバーストライクで引き摺って署に連行した。
(なるほど、スーパーカブの一速がローギヤードなのは牽引の為だったのか)
幸いな事に少年は抵抗もせず、白目をむいて若干息苦しそうにしていたが安浦は気にも留めなかった。そのまま少年を引きずっていると先輩の刑事に声をかけられた。
「安浦刑事、顔はアカンぞ。(殴るなら)ボディーな」
「はい、じゃあ第一取調室使いま~っす」
安浦はグッタリする少年を引き摺って取調室の扉を開けた。少年の首に巻いたワイヤーロックを解除した安浦は少年を優しく小突いて起こした。
「君らはいつもこんな遊びをしてるんか?本当に轢かれたら死んでしまうで」
「
優しく起こしたにもかかわらず、少年に態度は非常に好戦的だった。安浦は悲しくなってホルスターから得物のニューナンブを取り出した。
ゴツッ!
「俺はなぁ、地の人間じゃね~から君らの流行り言葉は知らんのだわ。ウッカリ引き金を引く前に普通の言葉で喋ってくれねぇかなぁ」
ドライブレコーダーの画像を少年に見せつつ、安浦は拳銃を少年の頭に突き付けた。少年が当たり屋などをしようとするからにはそれなりの事情があるのだろう。もしかすると暴力団や過激派などの背後関係が有るかも知れない。未来ある若者を危険な目に会わせるなど言語道断だ。安浦は正義感と使命感に燃えたぎった。
「虐待や借金があるなら、話を聞かせてくれないか?」
「……」
だが少年は安浦に心を開かず黙ったまま下を向いて震えている。
「私たち警察官は市民を守るために日々勤めています。悪い様にしないから、事情があるなら話してくれないかな……おっと、このままでは撃てないな」
カチャリと音を立て、安浦は撃鉄を起こした。得物のニューナンブM六〇はバレルリングが擦り減り、限りなく命中率が悪い。各部のガタも酷い。だが、銃口を頭に突き付けてのゼロ距離射撃なら的を外す事は無い。
「俺のニューナンブが火を噴く前に話してくれないかな? 高嶋署はボロ署だから監視カメラや録音が無いんだ。万が一君を射殺しても『抵抗したからやむを得ず発砲』とか、『銃を奪って自殺した』と報告書で提出すれば揉み消せる」
「ヒィッ……遊ぶ金が欲しかったんです……変わった乗り物に乗ってるからお金持ちだと思ったんでぎゅ~う」
優しく説得をする安浦の気持ちを察したのだろう。少年は少しずつだが話し始めた。背後に犯罪の影は無く、ただ単に『遊ぶ金が欲しい』だけ。今都の青少年に良く有るパターンである。
◆ ◆ ◆
「……と言う事でオイル交換に来れなくって」
「そうですか、今都の子供には困ったものですね」
守秘義務がある為、仕事の事は詳しく言えない安浦は『当たり屋が飛び出して来たから捕まえて話を聞いた』としか大島に伝えなかったが、まぁ伝えたところでどうなるものでもない。仮に詳しく聞いたところで「前にブレーキが二つあると止まりやすいんやなぁ」くらいしか言われないだろう。
大島はオイルを抜いている間に車体の各部を点検し始めた。
「オイルに変なもんも出てないし、チェーンの張りもOK。やっぱりダンパーが入ると違うなぁ。前の足周りもOK。やっぱり国産の部品を使うと安心やな」
ジョルカブのリヤホイールハブにはラバーダンパーが入っている。シフトチェンジのショックを吸収するのだろう。モンキーよりチェーンの伸びが少ない様だ。怪しいジョイントやブッシュも国産の汎用品と入れ替えたおかげだろう。ハンドル周りに妙なガタや渋さは無い。ただ、心配と言うか予想外だったのはタイヤの減り方だ。リーンしないと言う事はタイヤは地面へ傾いて接地しない。
(タイヤの真ん中が減る傾向にある。自動車用タイヤの方が良いかもしれん)
リバーストライクは大島サイクルでは扱った台数が少ない。今、作業場の片隅で組み立てている物を含めて三台だけだ。試作的要素が多々含まれた初号機の安浦さん、セルスターターとハイコンプピストン・四段ギヤ装備の高村ボデーへ納めた二号車と数をこなすに従って完成度が増していく。
「ところで安浦さん、今都やと防犯対策はどうしたはりますか?ドラレコは当然として、ロックは?」
「前後輪で合計三つのワイヤーロックにハンドルロック、そこへ念の為に駐車中はプラグコードを抜いています」
やはり今都は物騒らしい。高校生たちにも注意する様に言っておこうと思った。
◆ ◆ ◆
今日の夕食は白菜や鶏肉、竹輪にネギに鶏団子、その他糸こんにゃくを鰹出汁で煮込んだちゃんこ風のごった煮だ。少し食べて具が減った鍋にうどんを入れても善し、具を食べきってから雑炊にしても善し。我が家の冬定番の料理だ。
「なぁリツコさん」
「な~に?」
リツコさんは俺のどてらを着てコタツから離れようとしない。足元が冷たい事だし今日はコタツで食べる事にしよう。
「今日安浦刑事が来てな、今都の話を聞いたんやけど物騒みたいやな。俺らの頃より危ないくらいと違うか?」
今日は珍しくお酒を呑まないリツコさん。体が冷えたのだろうか顔色が良くない。いつもなら料理をつつきながら呑むのに、今夜はちょこんと座ったままだ。
「どうしたん?」
「何だかムカムカするの……うっ!」
口を押えたリツコさんは、脱兎のごとく洗面所へ駆けていった。
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