第266話 薫・小型自動二輪免許を取る

 さて、理恵が八方ふさがりになって困ったり、大島夫妻が新婚旅行に出掛けたりしている間、こちらにも動きが有った。晶と薫のイケメン女子と美少女彼氏のカップルである。


 晶のスーパーカブにロングシートが装着されて以降、晶と薫が2人乗りで仲睦まじくデートする姿が目撃されていた。晶に憧れる女性は薫に激しく嫉妬し、薫の笑顔を目当てにパン屋パン・ゴールに通っていた常連は肩を落として食欲を無くすほど落ち込んだ。とは言え、若干のパン・ゴールの売り上げに影響が有った程度でイケメンと美少女のカップルを見る周囲の目はおおむね好意的だった。


「さ、お兄ちゃん、行きましょ」

「うん」


 今日もデートは晶のカブに乗せてもらってお出掛け。楽しいが薫は少し面白くなかった。


(これじゃ年下の晶ちゃんに甘えてばかりじゃないか)


 いつも乗せてもらっているのが少々恥ずかしくなってきたのだ。


「お兄ちゃん?何か悩み事?」

「ううん、何も無いよ」


 何も無いと言う薫の目を晶はじっと見つめた。今日の薫は様子がおかしいと晶は最初から気が付いていた。


「隠し事は駄目よ。私の目はお兄ちゃんの事なら何でも御見通しよ」

「あのね、いつも乗せてもらってばかりだから悪いなって思ってるの」


 じつは晶は小さい物好きの可愛い物好きである。言葉に出さないが、心の中では常に『私にしがみ付くお兄ちゃん可愛い♡』等と思っていたりする。そのお兄ちゃんが見せたささやかな反抗。晶はいつもと違う薫の反応を『反抗期のお兄ちゃんプレイ』として大いに楽しんでいた。


「私と二人乗りは嫌?」

「嫌じゃないけど、晶ちゃんと一緒のスピードで走りたいの」


 上目使いで見つめて来る薫を見て、晶の心拍数はレッドゾーン寸前だった。


(うわ……かっわいい♡)


「それでね、バイクの免許を取ろうかなって思うの」

「だったら申し込みに行きましょ♡」


 善は急げとばかりに晶は薫を乗せて教習所へ走り出した。


     ◆     ◆     ◆


 幸いな事に薫は適性検査でも問題が無く、無事教習に進む事が出来そうだった。しかし思わぬ落とし穴。それは小柄な体格である。


「えっと、引き起こしと引き回しは問題無いんやけど、足がなぁ」

「着かない」


(大型自動二輪免許まで要らないけれど、大型自動二輪免許持ちな晶ちゃんと一緒に高速道路も乗れるバイクに乗りたい。教習料金もほとんど変わらない……と思ったんだけどなぁ)


 晶が止めようとしたのを振り切って、小型ではなく普通自動二輪免許で申し込んだ薫だったが、残念ながら教習車のCB400SFKスーフォアに乗ると片足しかつかなかった。しかもついている片足でさえ爪先立ちでは危険極まりない。


 ちなみにそんな薫の姿を見た晶はハァハァと興奮してこれまた危ない。


(必死になってるお兄ちゃん……萌えっ♡)


 見た目がイケメンでなければ警察に通報されてもおかしくない所である。何時の世も外見の良さは最大の武器。不細工がすると通報されたりナウ高嶋で不審者情報メールで流されてしまう行動でも葛城の様なイケメンなら許される。

※葛城は女性です


「お兄ちゃんの体格だと小型の方が良いと思うの」

「うん、そうする」


 幸いな事に晶の普段乗るバイクは原付二種のスーパーカブ改だ。小型自動二輪を取れば同じスピードで走る事が出来る。仕事で大きなバイク乗る反動からか、晶はプライベートで大きなバイクに乗ろうとしない。


「私も普段はカブだから大丈夫よっ♪」


 幸いな事に薫の運動神経は問題が無く、小柄とは言え理恵よりは大きいだけに小型自動二輪の教習は順調に進んだ。普通自動車免許を持っているので学科は大半が免除と言う事も有り、あっという間に教習は進んだ。


 晶は立ち会う事が出来なかった(教習中の薫に投げキッスをしたら、流れ弾で女性教習生を気絶させて出入り禁止になった)が卒業検定も無事に突破。薫は守山にある免許センターまで行って免許を書き換えしてきた。


(これで晶ちゃんと一緒に走る事が出来る)


 免許が取れたならば次はバイクだ。せっかく覚えた感覚が鈍らないうちにバイクに乗りたい。乗るのは小型自動二輪。スクーターよりもバイクらしいバイクが良い。とは言え薫はバイクにそれほど詳しくなかった。普通自動二輪に乗る者は教習車と同じ車種を乗り続ける者も多いと教習所で聞いた事はあるが、小型の場合は教習車と同じバイクを路上で見たことが無い。


(うん、バイクの事なら晶ちゃんに相談だね。プロだもん)


 幸いな事に晶は薫に合わせて代休を取る事が出来た。


「お兄ちゃん、じゃあ行きましょ♡」

「うん」


 イケメンと美少女が乗った(様に見える)カブは大島サイクルへ向かった。

 ※晶は女性・薫は男性です


     ◆     ◆    ◆


 大島サイクルは新婚旅行から帰ったあたるが展示車を並べたり在庫車をメンテナンスしたりとすっかり平常モードに戻っていた。平常に戻っていないのは日に焼けた顔色と少し落ちた体重位だった。


「う~ん、ウチも4miniが減ったもんやなぁ」


 学生達が好んで乗っていたバイクに多かったのは『レジャーバイク』と呼ばれる小さくて太いタイヤを付けたバイクだ。モンキーやゴリラ、その他ダックスやウルフ、ポッケにフォーゲル等のスクーターと違ったミニチュアのようなバイクの入庫が少なくなっている。生産終了して年月が経ったり、自分で弄りたいバイクマニアが買って行ったりで中古車相場が高騰しているからだ。モンキーも一時期ほどではないが今も高値安定中。学生たちがホイホイと買えるような状況ではなくなってしまった。


「いつぞやのDAXを残しておくべきやったなぁ」


 暴走族仕様で社外製エンジンだったので分解して売り飛ばしたDAXを思い出していた。DAXはモンキーより若干大きな車体とタイヤで走行安定性は上だが、タンクが2.6ℓと容量が少ない。その為、毎日通学に使う高校生には不評だったと先代が言っていたのだ。


「今やったらサブタンク付けてとか出来るけど、まぁいいか」


 あまりホイホイと在庫を増やしては経営を圧迫する。出来れば手持ちの部品を使いつつ、それでいて利益を上げるような車種を仕入れなければ店が潰れてしまう。


「これ、売れんやろか」


 春に仕入れた角目カブは今まで売れなかった。値段は安いし足に使うには十分だが見てくれが悪い。味があると言えば味があるのだが、ボロと言われるとそうとも取れる。


「これは、すぐ売れると思ったんやけどなぁ」


 同じく春に買い取ったホンダゴリラは高嶋高校の卒業生が乗っていたものだ。大島お得意の遠心クラッチ車なので女性やバイクに不慣れな初心者でも扱いやすい。ところが仕入れ値が高かったせいで売れずに今に至る。思いの外整備代が掛かってしまったのが痛かった。


「これは最低でも13万円で売らんと損になる。どうしよう」


 13と言えば非常に縁起が悪い数字だ。だが、味方に付ければ非常に心強い数字でもある。散髪屋さんで劇画を読みながら待つ事の多い大島にとって13は69と同じくらい神聖な数字だったりする。


 そんな事を思いながら唸っているとエンジン音が近付いて来た。普通のカブより勇ましく、改造マフラーにしては大人しい音量。葛城のカブである。


「こんにちは、うわっ!おじさん痩せたねぇ!ちゃんと食べてる?」

「こんにちは。大島さん、大丈夫ですか?」


 晶と薫が驚くのも無理はない。結婚式で会って以来、久しぶりに会う大島は明らかに頬がこけて痩せていた。俗に言う『新婚さんやからね~』って奴である。


「ちょっと疲れ気味で眠い以外は大丈夫やで。今日はデートかな?」

「はい、デートとバイクを見たいなって。ね、お兄ちゃん♡」

「ええ、免許が取れたんで晶ちゃんに相談して来たんです」


「まぁどうぞ」等と言いながら大島は2人にココアを出して、自分には赤まむしドリンクを冷蔵庫から取り出した。新婚でお疲れなのである。


「まぁ、どんなふうに使うとか予算とかの、条件を聞こうか?」


 いつもの「条件を聞こうか」だが、正直なところ薫はバイクに乗って何をするとかを考えていなかった。通勤は自転車だし、バイクに乗るとすればデートだけ。晶と一緒のスピードで走りたいだけなので正直なところ車種は何でも良い。


「通勤ではほとんど使わないから、晶ちゃんと一緒のスピードでツーリング出来れば良いです。あとは、んっと、足が着いて重く無ければいいかな?」


(デートツ-リングか、初々しいねぇ)


 理恵では厳しいが、浅井さんの体格ならカブでも良いだろう。


「とりあえず在庫を見てみますか、ピンと来たのを買うのが一番良いでしょう」


 半オーダーメイドな大島サイクルだが、在庫車もそれなりに置いてある。まず目についたのは所々擦り傷や凹みのある角目カブだ。価格は3万円と手ごろではある。


「晶ちゃん、このカブなんてどう?カブなのに安いよ」

「駄目、お兄ちゃん、値段じゃないのよ。大事なのは価値よ」


「50ccなんだ」


 大事なのが価値とはどういう事だろう。薫は疑問に思ったが、どちらにせよこのカブは50ccで原付一種。晶と同じスピードでは走れない。エンジン積み替えやボアアップをするとなれば追加料金が必要となる。


「値段が高いとかはそれほど大事じゃないの。自分がどう使うか、それに合ったバイクかどうかを心で感じるの。数字じゃなくて価値を見るの。そうすれば自分の求める物は見えて来るのよ」


 そんな深い事を言っている晶だが、実際は『お兄ちゃんが乗るのに可愛くない!』と思っているだけだった。


「これは?」

「それはゴリラ。買い取ったんやけど値段が高くて売れ残り」


「跨ってみて良いですか」

「どうぞ」


 薫の問いに大島は黙って頷いた。ゴリラに乗った薫は小柄な体格と相まって非常に可愛らしい。小さな体に丁度良い大きさのバイクに見える。


「足はピッタリ着く」

「浅井さんなら大丈夫やね」


「クラッチレバーが無い」

「エンジンはカブがベースやからね」


「ふ~ん」


 車体価格が13万円(税込)で保険やその他を合わせると15万円くらいだと昨今の相場からすれば決して高価ではないが安いとも言えない。


「結構(値段が)するんですねぇ。事は無いけれど……」


 15年以上前のミニバイクが10万円以上。しっかり手が入れてあるが安い買い物ではない。乗れば間違いなく一生モノのバイクになり得るのだが。


「ああ、高いなぁ。20年以上前の原付にしたらアホみたいに高価たかい。浅井さんの求める物が時速30㎞規制から逃れる為だけやったらこんなバイクは要らん」

「えっ?」


 大島の言葉に一番驚いたのは晶だろう。『わぁお、可愛い~♡』なんて思いながら愛しのお兄ちゃんが小さな可愛いバイクに跨って可愛さ倍増の姿をウットリ見ていた晶は心底焦った。まるで売るのを拒んでいる様ではないか。


「でもな、モンキーとゴリラはホンダが世に送り出した『遊び心』や。もしも移動の手段と違うて、笑顔でバイクに乗りたいんやったら世界で一番格安なバイクのうちの1台やと思うで。おっちゃんの個人的見解やけどな」


 残念ながら給料一か月分の買い物を即決する事は出来なかったが、薫は自分がミニバイクに求める物とは何かを考えながら店を後にした。

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