第267話 薫・バイク選び

『値段じゃなくて価値を見るのが大事』と、恋人である晶から言われた薫は自分がバイクに求める物について考えた。


(まずは晶ちゃんと一緒に走りたいから50ccはダメ)


 晶のスーパーカブは90ccだから時速60kmまで出せるバイクならそれで良い。小型自動二輪免許で乗れる125ccまでなら何でも良い。


(燃費が良いならそれに越した事は無いなぁ)


 何せ恋人の相棒は世界のスーパーカブである。伝説のガソリン1リットルで180km走るモデルには敵わないとはいえ、2人乗りで大津まで往復してから給油しても500円で御釣りがくるほどの高燃費だ。


(それと静かなのが良いな。煙も無い方が良い)


 2人の時間を楽しむといった点ではうるさいバイクより静かなバイクに越した事は無い。とは言え近頃のミニバイクはほぼ全部が4ストロークエンジンとなっている。


(このKSRってバイクはは2ストロークと4ストローク車があるんだ)


 今となってはRG125Γの様な2ストレーサーを探す方が難しい。まぁマフラーを換えればうるさくはなるのだが基本的には静かでクリーンなエンジンばかりだ。


(大島さんのお店で買う方が良いのかなぁ、じゃあカワサキはダメかな?)


 恋人と同じ店で買えばオイル交換やメンテナンスも一緒に行ける。店の雰囲気も悪くないし、ココアやコーヒーも出てくるバイク半分喫茶半分の気楽なお店だ。商店街では大島サイクルはスーパーカブが得意と評判な店だ。扱っているのはホンダのバイクが多い。


(だとするとスーパーカブなんだけど、同じバイクってどうなんだろう?)


 スーパーカブに乗る恋人と合わせるならスーパーカブに乗れば良い。それも有りかと思うがペアルックみたいで何だかこそばゆい気持ちになる。


(あのゴリラはどうだろう?)


 何故か薫はゴリラに跨った時にピンとこなかった。何か感じたかと言われると熱い視線を感じたくらいで『これだ』と思えなかった。条件に合っているし、予算も範囲内ではある。だが、ピンとこなかった。


(長距離だと厳しいか、じゃあもう少し大きなバイクかな)


 原付二種で、スーパーカブより小さな車体。でもゴリラじゃない。もっとゆったり乗れる小さなバイク。静かで燃費が良くて一生付き合えるバイクって何だろう?


(ベンリィ90……これも良いなぁ)


 CD系列のビジネスバイクと言う手段もある。だが、中古車の流通が少ない様だ。


(逞しくて頼りになるバイクが良いな。まあいいや、今日は寝ようっと)


     ◆     ◆     ◆


「だっくす?おっちゃん犬飼うん?」


 今日は仲良し1年生5人組がご来店。大島がポツリとDaxと言ったらこの反応だ。もちろんニャンコリツコの世話で忙しいのだからペットなど要らない。しかも大島は猫の方が好きだ。


「そうか、まぁそうなるわな。バイクのDAXホンダや。犬と違う」

「ふ~ん、そんなバイクが有ったんや」

「何時のバイクやろう?」

「わっ!私らよりも年上やん」


 DAXが最初に発売されたのが昭和の……まぁ俺が子供の頃だ。で、再販されたのが平成の中ごろで20世紀末。あの漫画で救世主が活躍していたはずの時代だ。よく考えればこのお嬢ちゃん方は21世紀生まれ。そして、俺の懐かしいと思う物は全て彼女たちにとっては生まれる前で歴史上の出来事だ。


「そうか、もう平成も30年やったな。昭和が昔になるはずやで」

「おじさんの頃はこのバイクは走ってたんですか?」


 住吉さんが不思議に思うのも無理はない。昨今の未来的フォルムのバイクと比べればあまりにもクラシカル。まるでおもちゃの国から出て来たバイクに見えるのだろう。


「大石……いや、おっちゃんの前に店をやってた人の頃はこれともう一つ何か流行ってたバイクが有って、信号待ちはそればっかり並んでたらしいで」


 このDAXと言うバイクはもともとオフロードを意識したモデルだったらしい。俺は殆ど触ったことが無いけど、モンキーやゴリラと同じ様なエンジン・ミッションの上位車種(70㏄がメイン)でタイヤが一回り大きな10インチ。ホイールベースも長いから安定して走る事が出来たと聞いている。


「可愛いらしいねぇ」

「澄香ちゃんもそう思うか」


 だが、ノーマルだと可愛らしいDAXは当時のヤンキーと呼ばれた不良にこねくり回されて暴走族仕様にされた物が多い。バンクしなければ曲がれないバイクをローダウンしたり、変なシートや旗棒で名古屋城の鯱みたいになったのを雑誌で見たことがある。カスタムなんぞ個人の好みとは言え、ああいう機能を損ねる改造を俺は好かん。


「それをこういうふうに改造するのが流行った」

「げっ!何これ」


 声を上げたのは麗ちゃん。今どきの高校生が見てもナンセンスな改造なのだろう。


「ちなみに、こんなのが入庫したけど直さんと分解して売り飛ばした」

「ぶっ!なにこれ!」


 話のタネと思って撮っておいた写真を見せたら四葉ちゃんが噴出した。


「紙の写真って、おっちゃん昭和やん!」


 そっちでウケるんかい。


「そらそうや、昭和生まれやからな」


 兎にも角にも昭和は遠く昔のお話。今となっては再販DAXでさえ部品が出ない物があると聞く。


「なあ、おっちゃん。このバイク何処にタンクがあるん?」

「フレームの中や。でもカブみたいにお尻の下にドドンとタンクがある訳や無い。細いフレームに内蔵されたタンクが有るけど3リットル入らん。モンキーでも5リットル。ゴリラが9リットルやから少ないな」


 そう、DAXは燃料タンクが小さいのだ。だから高嶋高校に毎日通う学生からの評判は芳しくなかった。走りは良いのに燃料補給のスパンが短いと不評だった……と、先代が言っていた気がする。


     ◆     ◆     ◆


 11月に入り、夏の暑さが嘘の様に寒くなった今日この頃。晩酌は冷や酒から熱燗に、酒の肴は冷奴から湯豆腐になる季節だ。そして、とうとうこいつを出す季節がやって来た。


「にゃう~、おコタ~。にゅ~」


 約半年ぶりの登場。電気カーペットとコタツ、そこにファンヒーターが登場である。これを出すと埃が多く出るのとリツコさんが籠ってしまうので出したくない所だが寒さには勝てない。家に帰って来た途端にコタツを見つけた彼女はまっしぐらにコタツへ潜り込み。首まですっぽり入ってゴロゴロしている。


「リツコさんはコタツが好きやなぁ」

「うん、おコタ好き~♡」


 こうなったらテーブルまで出てこさせるのに手間がかかる。


「今夜はそっちで食べよっか?」

「うん」


「じゃあ、着替えてお酒の用意とか、ご飯の支度を手伝って」

「は~い。熱燗熱燗~♪」


「先に着替えやで~」

「は~い」


 ご飯とお酒を鼻先にぶら下げて動かすのが一番手っ取り早い。最近リツコさんニャンコの扱い方がわかってきたように思う。


 新婚旅行から帰って以来、寒い。あっちが暖かかった反動で余計に寒く感じる。だから今日はキャベツとひき肉をミルフィーユ状に重ねてコンソメスープで煮る『重ね煮』だ。ケチャップをかけて食べるから着替えてから食べる方が良い。仕事用の服にケチャップがついたらしみ抜きが大変だ。


「いただきま~す」

「いただきます」


 今日あった出来事を話して行くうちにバイクの話になった。俺からは浅井さんのバイク選びの事や、DAXを捜している事。リツコさんからはバイク通学申請が通らなかった生徒が何故か真面目になった事、そしてリツコさんを見ると震えるほど怖がっている事。退学した生徒もいるらしい。


「私たちがハネムーンに行ってる間に色々あったみたいねぇ」

「先生ってのも大変やなぁ」


 基本的にウチは今都町の人は来ないけれど、今都にある高嶋高校は今都の者と触れ合う事が多い。今都の人間は陰湿と傲慢をコールタールで練り固めたような性格をしているから相手をするのは大変だ。しかもそんな連中のお子様と来たら行儀も道理も無い。猿みたいなどと言えば猿に失礼にあたる連中の相手をする訳だ。


「大変だから甘えたいのよう……」


 本当に大変な仕事だと思う。


「で、中さんの方はどうなの?お兄ちゃん薫ちゃんに似合いそうなバイクとDAXは見つかったの?」


 残念ながらDAXは良さそうなものが見つからない。知り合いに聞いても心当たりが無いと言われるし、ネットオークションを見ても改造車。ノーマルに近い程度の良い物は高値で、手頃な物はライトが暗い6V電装かポンコツだ。


「DAXはボチボチ探すとして、浅井さんに合うバイクなぁ」


 バイクも人も出会いは縁だと思う。そして、縁で結ばれたリツコさんと会話をしながら夜は更けていくのだった。

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