2018年 11月 大島夫妻が帰って来ました。
第265話 恋のクロスミッション
速人との勝負に負けて数日後。おっちゃんが帰ってきたと聞いて私たちは店に訪れた。目当ては土産話と土産だ。『おっちゃんの事だから何か美味しい物を買って来る』そう睨んだ私たち4人は放課後にスタコラさっさと帰って来たのだ。
「で? オッサンが居ん間に何が有ったんや?」
「えっと、私は速人とお付き合いする事になりました」
「今までもずっと一緒に居たのに、今さら何でや?」
「それがな、全部綾ちゃんが考えた作戦やったんや」
新婚旅行から帰って来たおっちゃんに貰ったカンガルージャーキーを齧りつつ、私達はおっちゃんとリツコ先生が新婚旅行へ行っていた間の出来事を全部話した。各々パイプ椅子や小箱に座って久しぶりの『喫茶大島サイクル』だ。
「なるほど、それで速人はエンジンを積み換えた事を理恵に内緒にして欲しかったんやな。でも、いつからそんな事を考えてたんや?」
なぬ!おっちゃんも速人の作戦に乗ってたんか?!
「最初っからですよ。でも踏ん切りがつかなくって亮二に相談したんです」
「そこで『恋の軍師』の出番が来たって事だな」
亮二が踏ん切りが付かずにウダウダしている速人を綾ちゃんの所へ引き摺って行って今回の作戦が考えられたんやって。
「速人君が引っ込み思案だから背中を押しただけよ」
「綾ちゃんは策士だよね。亮二も気を付けないと」
「引っ込み思案な速人に鈍感まな板食欲大魔神の理恵。俺も見ててイライラしてたからな」
ちょっと待て亮二、さりげなく『まな板』って入れたやろ。有るわ、微妙に。
――――――さかのぼること数日前――――――
「さてと、じゃあ言う事を聞いてもらおうかな?」
「負けた。何でも言う事を聞く……でも……でも……ヒッ…グシュッ……お願い……ゴリラちゃんを……取らないで……ふえぇぇぇ……」
速人は勝負に負けて泣く私にとんでもない要求をしたのだった。
「何でも言う事を聞くから……ヒック……仲直りして……ふえぇぇぇ……」
「わかった。じゃあ僕と付き合ってください」
「!」
驚いて何も言えない私に向かって止めの一言
「何でも言う事を聞く……だよね?」
みんなが見てる前での告白。ちょっとパニックになった。
――――――私たちはお付き合いする事になった――――――
付き合うと言っても何も変わらない。いつも一緒に学校へ行って、一緒にお弁当を食べて一緒に帰る。そして一緒におっちゃんのお店に来て一緒に何か飲む。
「ったく、速人も私の事が好きやったら好きってハッキリ言ってぇな」
「言えないから綾ちゃんと亮二に相談したんだよ」
実は速人、入学してすぐに私の事が気になっていたらしい。ゴリラちゃんで通う私を見て、話しかけるきっかけにと思ってモンキーに乗り始めたんだって。
「楽しそうに学校へ来る理恵ちゃんが可愛いと思って」
やってさ。うむ、なかなか美的センスがある奴だ。感心感心。
「実は、モンキーに乗り始めたのも理恵ちゃんと話すきっかけになるかと思ってだったんだ。でも話しかけられずにいたら、亮二に引っ張られてさ」
亮二は速人の事を『変な奴』って思ったみたい。
「こんな子猿みたいなちんちくりんでペッタンコが気になるって変な奴で面白そうだったから引っ張っていった」
誰が子猿のちんちくりんだ。しかもペッタンコとは失礼な。綾ちゃん程じゃないけど有るわ、微妙に。
「バレンタインデーにチョコを貰った時に告白と思ったんだけど、ついつい照れ隠しで業務用のチョコブロックをお返しにしてしまって」
私は本命チョコだったんだぞ。なのにホワイトデーに業務用のチョコブロック(1kg×3袋)とは酷い奴だ。何とも思われてないと思ったわ。え?チョコのブロックをどうしたかって?美味しくいただきました。
「完璧に綾ちゃんの掌の上で踊らされた」
「上手く繋がったでしょ?この綾様にかかれば理恵なんかチョロイもんよ」
おっちゃんが作っていたゴリラちゃんに私が乗り始めて。その私を見た速人がモンキーを買って、私の紹介でおっちゃんと一緒に全部をバラバラにしてやり直した速人のモンキー。あれから仲良くなって、一緒に出掛けて、一緒に学校へ通って、一緒に遊んで、一緒にバイクを直して……そう思うと全部の始まりはこの店な訳だ。
全てが絡み合って繋がって進んでいく。正に人生は上手く繋がっていく。まるで速人が組んだクロスミッションだ。そんな私達を見ながらおっちゃんがボヤいてる。
「そんな事で付き合い始めてエエんかなぁ?」
「まぁ私たちもカブから繋がった訳だしね。いいんじゃない?」
腕組みをして何か言ってるおっちゃんは真っ赤に日焼けしているだけじゃない。何となく痩せて頬がこけているように見える。ツッコミを入れたリツコ先生は色っぽい。妖艶と言うかツヤツヤだ。おっちゃんの精気を吸い取ったかの如くツヤッツヤだ。非常に対照的なので2回言いました。
「で、これからはどうするつもりや?進路もあるし、今からは大事な時期やぞ」
おっちゃんに言われんでも解ってる。
「速人も私もメカメカした大学に行こうと思ってるし、一緒に勉強して同じ学校へ行って、ずっと一緒に居たいなって思ってる」
「そこで、ここを目標に勉強していこうかと思ってます」
速人がおっちゃんとリツコ先生に見せたのは工業大学のパンフレットだった。
「
「
私がマイレッジマラソンに興味が有るのを知った速人が探し出したのがこの大学だ。
「へぇ…留学生もいるんや。スク…何て読むんやろう、美人やなぁ……痛っ!」
「新妻が横に居るのに他所の女に鼻の下を伸ばさな・い・で♡」
「痛い痛い!」
リツコ先生がおっちゃんの背中を思いっきり抓ってる。おっちゃんは苦悶の表情をして泣きそうだ。リツコ先生とおっちゃんの力関係が見えた気がする。
「でも、私の成績で受かるんかなぁ」
速人と一緒に居なかった私の成績は駄々下がりだった。おかげでお母さんにこっ酷く叱られて、オヤツ代を半分にされた。成績が元に戻るまではおっちゃんに貰ったジャーキーを齧って過ごさなければガソリン代が出せない。段ボールひと箱くれたけど期末テストまで持つかなぁ?
「理恵はケアレスミスが多いのよ。落ち着けば大丈夫」
「速人と仲直りしたから成績は戻るって」
「そうかなぁ?」
心配する私の顔を見て速人は微笑みながら言うのだった。
「大丈夫。『何でも言う事は聞く』……だよね?」
「目が笑ってへん」
速人とは長い付き合いになりそうだ。多分、何十年って長さで。
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