第264話 理恵・気が付く
速人の背中を見ながら真旭を抜けて安曇河町へ。こどもの国前の信号がチェックポイント。見物人の中に亮二と綾ちゃんの姿が見えた。
(リア充爆発しろ……)
信号を右折して少し走ると一旦停止がある。せっかくスピードに乗ったのにまたやり直しだ。私のゴリラちゃんはギヤの繋がりが悪い。速人も同じエンジンのはずなのにポンポンと加速していくのは何でだろう……。
ポペペペペペ……カシャン…ポぺペペペペぺぺぺぺ……
一旦停止した速人が再び走りだした。停まる前にペダルを爪先で踏みこんでギヤをニュートラルに入れるのが見えた。私のゴリラちゃんは止まってからじゃないとニュートラルに出来ないのに何で? 4速から3・2・1速と踵でシフトダウンするか、完全に止まってからニュートラルに入れて1速に入れ直すかのどちらかなのに。
ポペペ……カシャン…ポペペペペペ……カシャン……ポペペペペペペペ……
(絶対におかしい。スタートの伸びが違う)
「エンジンの排気量が一緒やったら、モンキーとゴリラは出せるトップスピードは一緒や」っておっちゃんが言ってた。前と後ろのギヤは(スプロケットの事)私も速人も一緒なのは速人がモンキーを組み立ててるのを見ていたから知ってる。でもスピードが出るまでの時間が違う。あれからボアアップはしていないはず。もっと大きいエンジンにしたならもっとスピードが伸びるはず。
(じゃあ、中のギヤが違うんかな……ハッ!)
おっちゃんが「加速を良くするのにクロスミッションに組み換えやなぁ」って言ってた。
(あの時に作ってた奴や)
少し前だ。速人がおっちゃんの店にオークションで買った物を預けてた事が有る。速人はモンキーのミッションが使えるカブのクランクケースが出てたから買ったって言ってた。もしかするとあの時に買った部品を使って作ってたエンジンを載せたんかなぁ。そんな事までして私に勝ちたいって何でやろう。もしかすると清らかな私の体を狙っているのだろうか……私を押さえつけて無理矢理事に及ぶつもりなのかなぁ……そりゃ無いか、ペッタンコやもん。いや、凹凸はある。微妙にやけど。
(もしかして、速人は私のゴリラちゃんを狙ってるんかなぁ?)
堤防を降りて蒼柳へ向かう直線道路の遥か向こうに速人の背中が見える。やっぱり発進からの加速は勝てない。頑張ってアクセルを捻ってもスピードでも勝てない。私のゴリラちゃんでは速人のモンキーに追いつけない。
(ずっと一緒やと思ってたのに、何で?)
景色が歪む。涙が頬を伝ってシールドの外に出た途端に後ろへ流れる。
(ずっと仲良しやと思ってたのに、何で?)
(負けた……ゴリラちゃん、負けちゃったよ)
速人に遅れる事約1分。私はゴール地点の道の駅安曇河駐車場へ滑り込んだ。ゴリラちゃんのスタンドを降ろしてエンジンを止めると速人が話しかけてきた。勝利宣言だろうか。
「さてと、じゃあ言う事を聞いてもらおうかな?」
悔しい。そして、速人が何を考えているのか分からない。怖い。
「負けた。何でも言う事を聞く……でも……でも……ヒッ…グシュッ…」
周りで「おいおい、湖岸のお猿が泣いてしもたぞ」とか「あ~あ、泣かした」なんて声が聞こえるけどどうでも良い。鼻水が垂れているのも涙が出てグジュグジュになっているのも分かってる。そんなのはどうでも良い。
「お願い……ゴリラちゃんを……取らないで……ふえぇぇぇ……」
それだけを言うのが精一杯だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます