第245話 バイク点検②

僕たちの通う高嶋高校は全国でも数少ないバイク通学が出来る高校だ。学力のレベルは高くないみたいだけど、楽しい学校生活を送れていると思う。そんな僕たちの通う高嶋高校にも憂鬱な事が有る。定期テストと通学に使うバイクの点検だ。長期休暇のあとに行われる点検は暑いか寒いかどちらかの目に会う。冬は服を着込めば問題無いけれど、夏は暑くてたまらない。特に今日みたいな晴れだと生命の危機を感じる。


「あ、3年生の点検が終わったみたいだ。理恵ちゃん、行こう」

「うへ~暑い~私、暑いの嫌や~」


しゃがんだまま動こうとしないのは同じクラスの白藤理恵さん。小さくて可愛らしい女の子だ。子猿の様に元気だから『湖岸のお猿』って呼ばれてる。


「早く見てもらってジュース飲みに行こう、ね」

「うん、速人の奢りやで」


「いいよ」


僕は入学してた頃から彼女が気になって仕方がない。それで会話をするきっかけになると思って彼女と同じ様なバイクに乗り始めた。それが今の愛車だ。まあ、えらんだ店が良くなかったからとんでもない高い授業料を払って不愉快な目に会ったけど、結果として彼女と親しくなれたと思う。もっと親しくなりたいけど。


「おっちゃ~ん!早う見て~!」

「うるさい、順番や順番。早う見て欲しかったら早う並ばんと」


理恵ちゃんに注意しているのは僕がお世話になっている大島サイクルのおじさん。調子が悪くなった僕のホンダモンキーを修理するのを手伝ってくれた恩人だ。


「おじさんの邪魔したらダメ。バイクの横で待とう」

「うん、でも暑い」


「暑いのはみんな一緒。お前等は1回みてもらって終わりやけどおっさん等は何十台もあるんやぞ。ちっと待て。文句を言うのは今都者でも出来る」


おじさんに言われて理恵ちゃんは少しだけ大人しくなった。『文句を言うのは今都者でも出来る』なんて言われたら安曇河者としては黙って待つしかない。おじさんは理恵ちゃんの扱いを良く分かっていると思う。


「あ、何か暴れてる」


理恵ちゃんが指差した先で竹原先生が仁王立ちしていた。


げヴぉるっふぁ~怒りを表す言葉ぐしゃりゃ我等は今都ぎゃぼだぞ~!!」

じゃかぁしいやかましい……黙らんか」


「今都なんでしゅげヴぉ~!」

「こっちは滋賀県立じゃあ……威張りたいなら市立のところでやれや」


周りを見ると去年より荒れているように思う。検査を受けていなかった生徒が逃れられなくなってリツコ先生に八つ当たりをしようとした結果がこれだ。護衛役の竹原先生に静かに叱られている。怒鳴る先生よりも静かに怒る竹原先生の方が怖いと思うのは僕だけだろうか?


「お?速人、遅っせ~よ。お先にっ」

「本田君、お先にっ!おじさん、じゃあねっ!」


先に検査を受けた亮二と綾ちゃんは仲良く帰っていった。友人ではあるけれど最近は別行動をとる様になった。僕と理恵ちゃんが2人きりになる様に気を使ってくれているみたい。そんな二人を見て僕は思うのだった。


「爆発しろリア充」


僕が言う前に理恵ちゃんが呟いた。顔を真っ赤にして怒っていると思ったけど何かがおかしい。


「暑い。体が熱い」

「大丈夫?すいませ~ん、磯部先生~!」


「は~い、どうしたかな?あら、茹っちゃったわね」

「暑い」


「向こうで冷まそうね。歩ける?」

「うん」


理恵ちゃんはリツコ先生に連れられて保健室へ行った。事情を話して理恵ちゃんのゴリラの検査は僕が立ち会った。理恵ちゃんのゴリラは難なく検査を通過したのだけど、思わぬところで僕のモンキーは検査に引っかかってしまった。


「えっと、本田君。あなたのバイクはエンジン形式が変わっているけど何故?」

「あ、別のエンジンに積み替えました」


「どうして?」


去年の検査の時とエンジンの形式が変わっていたのを忘れていた。排気量は同じだけど今年はクランクケースがカブ50の物だからエンジン形式は『C50』去年はカブ70の『C70』だったから違うんだった。


(この先生詳しくなさそう。クロスミッションに交換しましたで分かるのかな?)

何て説明しようか困っていたらおじさんが助け舟を出してくれた。


「エンジン不調で積み換えです。排気量は同じですよ、ほら」

「でも、72㏄ってありますけど」


「シリンダー修正で75㏄です。うちで作業しています」

「はぁ、そうですか」


おじさんの説明で先生が納得してくれた。プロが説明すると説得力が違うんだなぁ。


「じゃあ合格、お疲れ様。あの子にも合格って言っといてね」

「はい、ありがとうございました」


多分だけど、おじさんのお店で買った子たちは無事に検査を通ったと思う。おじさんは細かな改造や整備歴をまとめたファイル持参で来ていたから何か去年と違う所があったらすぐにファイルを開いて説明していたからだ。


検査を終えて保健室へ行ったら具合の悪くなった生徒が何人か来ていた。理恵ちゃんは回復してピンピンしていた。冷やして塩飴を舐めさせたら回復したらしい。


「小さいからすぐに茹る。肉と一緒やって。私、肉?」

「検査は合格やったから帰ろ」


「うん、速人ジュース奢って」

「いいよ」


2年生の次は1年生の検査だ。今年は審査が厳しくなったけど、おじさんの店に何か影響は有るのだろうか?



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