第244話 バイク点検①

無花果ジャムが出来上がったので、葛城さんに連絡を入れた。余程お気に入りだったのか「明日の朝に行きます」と彼……いや、彼女は大喜びで朝食を食べに来た。


「わ~い、無花果ジャム~」


久しぶりに見るからだろうか、今までよりも女性っぽく見える。


「晶ちゃん、ご無沙汰じゃない」

「だって、ラブラブな2人の邪魔したくないもん。ハイこれ、お兄ちゃんの焼いたパンです。お返しにどうぞ」


パンゴール特製の食パンだ。いろいろと気を使わせてしまった。


「おすそ分けを渡したい所やけど、通勤途中やと邪魔になるな」

「ううん、一旦家に置きに帰るから大丈夫」


だったら少し多めに持たせても大丈夫。タッパーに詰めて冷凍しておいたジャムを持って行ってもらおう。今年はたくさん作ったから去年の3倍渡そうかな。


「ねえ晶ちゃん、その後『お兄ちゃん』とはどう? 進んでる?」

「ん?お兄ちゃんとは順調よ。すごく可愛いんだから」


『お兄ちゃん』とは葛城さんの彼氏の事だ。リツコさんの後輩が紹介した可憐美少女系男子の薫さん……だったかな? イケメン女子の葛城さんの彼氏となって1ヶ月くらいだろうか。


「晶ちゃんに彼氏が出来て良かったよ」

「署内でも喜んでくれる人が多いから嬉しいよ。はぐれ刑事が『訳わからん』って言ってたのを皆が凹ってゴミ捨て場に放り投げてくれたし」


要らん一言で嫌われているとはいえ『はぐれ刑事』が気の毒になって来た。でも、訳わからんと言った気持ちはわかる。知らない人が見たら美少女と長身イケメンにしか見えない組み合わせなのは間違いない。


「リツコちゃんは始業式で、張り紙がしてあったけど、おじさんは休み?」

「おう、クーラーボックスに飲み物を詰めて高嶋高校へバイク点検や。葛城さんは行くんか」


「ううん、今日は警邏に出るから別の子が行くよ」

「今日は交通課の人が来てくれるみたいね」


朝食を食べ終えた葛城さんは一旦家に戻り、リツコさんは身支度をして学校へ。


「さてと、晶ちゃんも行ったことだし、行ってらっしゃいのチューは?」

「これでも喰らえ」


「甘じょっぱい!」

「いってらっしゃい」


「いってきまふ」


熱中症予防の塩飴を舐めながらリツコさんは出掛けて行った。


     ◆     ◆     ◆


「お~い、大島ちゃんよ~学校行こう~」

「は~い!今行きます~」


クルマを何台も連ねていくのも無駄な話なので、同じく点検に行く仲間に乗せて行く事になった。プラプラと歩いて店に来たのはミズホオートの会長だ。


「大島君のところは何台やったっけ?俺のところは学年あたり20台」

「ウチはもうちょっと多いですよ。30台以上あります」


ミズホオートは学生が乗るバイクの台数こそ少ないが、125㏄以上のバイクも扱う店なのでウチよりはるかに大きい。どちらかと言えば自動二輪を得意とする店だ。ちなみに佐藤君のエイプ100はミズホさんで面倒を見てもらっている。


「暑いのに会長が行くんですか?」

「おう、ワシはもう隠居や。ブラブラするのも営業活動やからな」


ミズホオートは数年前に息子さんが店を継いでいる。会長は今はブラブラしながら商売の話を拾ってきて息子に任せている。


「大変ですねぇ」

「アホ、ワシよりお前の方がこれからは大変や。早よ跡継ぎを作れ」


「跡継ぎねぇ……俺はアレがね……」


俺は若い頃に睾丸炎になって男性不妊症になっている。生殖機能が極端に弱いのだ。それを会長は知っているはずなのに。


「下手な鉄砲数撃ちゃ当たるや!若いんやから回数をこなせ」

「ん~」


会長の世代はセクハラに対する概念が無いのだろう。車内でエッチに関することを散々レクチャーされているうちに高嶋高校へ着いた。


「会長、先生にエッチな事言わんといてや。セクハラで訴えられるで」

「アホ、それくらい分別はつくわい」


『協力店の方はこちらに』と書かれた看板の駐車場へ車を停めて受付へ向かう。


「はい、えっと、安曇河のミズホさんと大島さんですね。お世話になります」

「おう、お前等の学校も厳しいなったのう!」

「会長、学校やから静かに」


受付を済ませて入館証を首に下げて駐輪場へ向かう。


「会長、何か飲みませんか?」

「おう、茶あるか?」


「ウーロン茶と緑茶がありますけど、どっちにします?」

「緑茶くれ」


「どうぞ」

「さんきゅ~」


今年はテントと長椅子が有るのでクーラーボックスを置き、会長と茶を飲みながら並べられたバイクを眺める。今年は昨年より1年生が乗るバイクが少ない様だ。3年生のバイクも減っているように思う。


「ワシのところは気が付かんけど、バイク人口は減ってるんやのう」

「ウチも減っている感じはしませんよ。でも少ないっすね」


うだうだと話しながら待っているとミニパトが登場。婦警2人が降りてきた。同じくらいのタイミングでサングラスをかけた大男とリツコさんも出て来た。何か話をしているうちに生徒たちもワラワラと出て来て整列をし始めた。


「はい注目!これからバイクの点検を始めます。バイクの点検が終わり次第各自解散。バイクに問題が有った場合のみ残ってもらいます」

「各自バイクについて下さい。では解散」


各バイク店ごとに担当が付いて一緒にバイクを点検する事になった。俺のところの担当はバイクに詳しくないらしく、リツコさんから貰った申請書に記載されている仕様を見てもピンとこないらしい。


「この75ccは何処で見るんですか?」

「マフラーの音量は?」

「ボアアップとライトボアアップの違いは何ですか」


などと質問されるとあってなかなか進まない。点検は3年生からなので待たされる1・2年生は日陰に入ってこちらを見ている。


「おっちゃん、また今度お店に寄るしな。何か飲むもん用意しといてな」

「おう、ボチボチ後ろのタイヤを交換やな。寄ってくれ」


「おっちゃん。このウインカーのヒビってボンドで付けたらアカン?」

「上からアロンアルファを流してタミヤカラー塗っておき。気になるんやったら交換やな」


もうすぐ8月が終わろうとしているのに日中は相変わらず暑い。自分である程度直してしまう3年生のバイクは素人が触った跡は有るものの大事にされている事が解った。次は2年生の番だ。


向こうの方では背の高いサングラスをかけた大男とリツコさんが生徒と怒鳴り合いをしている。大丈夫だろうか。




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