第246話 バイク点検③

 さて、3年生・2年生に続いて検査を受けるのは免許取立ての1年生。バイクの購入から時間が経っていない事も有って比較的車体で注意される者は少ない。昨年末より免許取得・バイク通学許可の審査が厳しくなったことも有り、2・3年生に比べると台数も少なく、検査は順調に進んでいるようですが……。


「私たちの学年って先輩達より少ないよね?」

「少ないどころか半分くらいと違う?」

「検査が早う終わってええわぁ」

「でも、これから申請する子もおるんやろ?増えるんと違う?」


 色とりどりの小さなバイク達が並ぶ駐輪場に1台、色違いの外装が組みわされたスクーターが有りました。大島が3台の部品を集めて作った住吉今日子の愛車です。


(やっぱり安いバイクなんや。でも仕方ないか)


 別の場所からは怒鳴り声が聞こえ、今日子は思わずその声に振り向きました。


「おい、エンジンかけてみぃ!」

「ああ?んでごヴぉんごヴぉんだよをどうしてそんな事をする必要があるのですか!」


「検査やからや」

「チッ!」


 キュキュキュキュ……ヴミョミョミョヴォゴ!ヴェホンヴェフォン!


 仲良し4人組みや今日子が検査の順番を待っていると、けたたましい排気音が聞こえて来ました。見るからに頭の悪そうな低い車体のスクーターが爆音を立てています。


「こんなもんアウトじゃ!直すまで使用許可は停止!」

んだっご!ごるぁなんだとコラこのげヴぉがぁぁこの『差別用語』がぐしゃぁ今都やぎょヴぉ私は今都に住んでいるの意!」


 大暴れする生徒を腕組みをして見つめるのは生活指導の竹原。残念ながら生徒一人が大暴れした所で怖がりも引きもしません。それどころか口元を見ると白い歯が見えます。少し嬉しそうです。


「1年4組、落合百億おちあいひゃくおくはバイク使用停止じゃあ」

ざっけんなごるぁふざけるなコラ!」


 ガッ!


 落合百億が放ったパンチは竹原のサングラスを飛ばしました。サングラスを壊された竹原ですが、更にアドレナリンが出たのでしょう。少し楽しです。


「おお……痛いのぅ……怖いのぅ……楽しいのぅ……やるか?」


 竹原先生がファイティングポーズをとりました。現役を引退してから随分になりますが、かつて世界を目指せるほどだっただけあって隙がありません。


「ふあぁぁぁ……ごヴぇんなざいぃぃぃぃぃ!」


 サングラスの下からギラリと現れたのは虎を思わせる鋭い目。睨まれた落合百億は腰を抜かして失禁してしまいました。実際のところ、竹原は眼の焦点を合わす為に細めただけですが。


「謝る様な事をするな。それと現行犯で補導じゃ。ポリ公働けっ!」


 テレテレと歩いて来た婦警さん2人も涙目です。


「傷害と器物破損の現行犯じゃ、被害届も出すけぇのう」


 そんな生徒とのふれあい時間を楽しんでいる竹原でしたが、生徒からは余計に怖がられる事になってしまいました。今までも怖がられていましたが、さらに怖がられています。見ていた1年生はドン引きです。


「本当は優しい先生のはずなんやけどなぁ」

「そうやで、竹原先生は優しいで。厳しいだけやで」


 ポツリとつぶやいた今日子に声をかけたのは小島瑞樹でした。


「あんたもおっちゃんのお店で買うたやろ?」

「おっちゃんのお店?大島さんで買ったけど、あなたも?」


「うん、あのDio」


 今日子のTodayがパッチワークみたいな外装に対して瑞樹のDioは時代が乗った古い外観です。90年代の雰囲気を漂わせています。


「向こうに居る私の友達もおっちゃんのお店で買ったんや。来うへん?」

「あ……じゃあ行く」


 今日子は思わぬところで後に生涯付き合う友人と出会ったのでした。


 全てが順調にはいかず、教師に乱暴したり、熱射病で具合が悪くなった生徒が居たりと色々な出来事が有ったバイクの検査でしたが何とか無事に終わりました。一番大変だったのは担当者の竹原とリツコでしょう。事前準備ではテントを建てたり、業者への飲み物などを手配して、暑い中を走り回り、時にはサングラスを壊され、体調を崩した生徒を保健室で介抱したりと大車輪だった2人はすっかり疲れてしまいました。


「ねえ竹ちゃん、ご飯食べに来ない?」

「嫌っすよ。先輩が婚約者さんとイチャイチャするのを見に行きとうないです」


「焼肉よ?」

「いいんですか?何か悪いっすよ」


「いいのよ。ウチの人も用意して待ってるって言ってたから」

「じゃあお言葉に甘えまして」


     ◆     ◆     ◆


 ヴロォロロロ……プスン


 仕事を終えたリツコがリトルカブで帰ってきました。


「ただいまっ♪ 後輩を連れて来たよ~」

「こんばんは、お邪魔します」


 竹原はリトルカブをハイエースに詰んで帰ろうかと提案しましたが、「万が一誤解されて見捨てられたらイヤ」とリツコが言ったので、ハイエースでついてきました。


「おかえり、いらっしゃい」

「竹原です。先輩にはお世話になっています」


「ウチのリツコがお世話になりまして、竹原さんはイケる方ですか?」


 盃をキュッっとする仕草をした大島ですが、竹原は酒を嗜みません。


「いえ、僕は酒はダメでして。それに今日はクルマですから」


「堅苦しい挨拶なんかいいよ、ごっ飯~お肉~♪」


 ガスコンロに火が入れられ、焼けた鉄板の上に肉が乗せられると辺り一面2ストロークの排気ガスの如く油煙まみれになりました。でも、こんな事は大島の想定内。キッチン以外は戸が閉められて防御態勢です。着替えや洗濯物に焼肉の匂いが着くのは無事に防ぐことが出来ました。


 肉が焼けるまでの間、リツコは部屋着に着替えてリラックスモードです。


「最初は塩タン……と行きたい所やけど、あの店は塩タンの御持ち帰りが無いから全部タレなんや。ゴメンな」

「かまわないっすよ。お気遣いなく」


「中さん、ホルモン焼いて~。あとミノも。竹ちゃん、ソーセージも焼く?」

「お願いします」


「さてと、肉も焼けそうやし乾杯しますか」


 大島のグラスとリツコの大ジョッキにビールが注がれ、酒の飲めない竹原のグラスにはウーロン茶が注がれました。


「じゃあ、私が乾杯の音頭を取りま~す。バイク点検の終了を祝って乾杯!」

「「乾杯!」」


 ホルモンやミノをつまみに呑んだリツコは疲れが出たのでしょう、ビール大ジョッキ2杯に焼酎1升、それとウイスキーの小瓶を1本を空けただけで酔いつぶれてしまいました。


「やれやれ、お風呂も入らんと寝てしもて。布団に寝かせて来ますね」


「あ、じゃあ僕もこの辺で」と帰ろうとした竹原だったが、「ちょっと待って」と大島に止められました。


「竹原さん、男同士でちょっと話しませんか」

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