第230話 凸と凹④

 竹原の紹介で来た薫。客と店員であったとは言え晶と初対面ではなく、すぐに打ち解ける事が出来ました。


「最近パンを買いに来て下さらないから女性陣が寂しがってましたよ」

「やっぱり男の人と思われてたんだw」


 タン塩から始まり、カルビ・ハラミ・ミノ・テン・バラと次々に肉を喰らい、酒を呑む……と行きたいリツコだったのですが、今日は我慢です。


「先輩、今日は本当に飲まないんですか?」

「うん、それより竹ちゃん。この二人、いい感じじゃない?」


 本日の主役は晶と薫。自分はお膳立てをする役目と思う事にしてノンアルコールビールを呑んでいました。


「じゃあ、私より年上なんだ……『お兄ちゃん』って呼んでいい?」

「いいですよ、私も『晶ちゃん』って呼びますね♪」


 会話は弾み、リツコと竹原が安堵したその時、引き戸が開いて男二人組が店に入って来ました。一人は無精ひげに長い髪を後ろで縛って、もう片方は鼠を思わせるいやらしい表情の顔です。どちらも何故か甘い匂いを漂わせています。


「よう兄ちゃん!ベッピンさん連れてんじゃねえかよぅ」

「一人で三人もはべらせてんじゃね~ぞ」


 この手の輩は無視するのが一番。そう決め込んだ四人は無視することにしたのですが、そんな事もお構いなしに無精ひげの男はしつこく声をかけて来ます。仕方が無いので竹原が相手しました。


「すいません、喧嘩はしたくないんです」

「言っておきますけど、私たちは喧嘩が出来ないんです」


 ちなみに竹原はボクシングのプロライセンス所持者、葛城は柔道の段持ちです。喧嘩をすると警察で事情を聞かれる事になってしまいます。


 竹原と葛城が言うのもお構い無しに二人組は下品な笑い声をあげました。


「きゃあ、こわ~い、そんな目で睨まないで~」

「俺達は怖いよ~、だからさ、そっちの女の子を欲ちいみょ☆」


 下衆な笑い顔です。竹原は本気でぶん殴ってやろうかと一瞬思いましたが留まりました。


「嫌よ、私には婚約者が居るんだから」

「お前じゃねぇよ年増!」


 こんな二人を相手にしていると言うのに竹原は余裕の表情です。葛城と言えばすでにメールで仕事場警察署への連絡を済ませています。ハラハラしているのは店内の他の客とリツコくらいです。


 そして、薫はと言えば、ニコニコして二人に話しかけたりし始めました。


「そんなに相手してほしいの?」


 実はこの時点で薫ちゃんは切れかけていました。席を立つときに周りの空気が揺らめいた事に気付いたのは竹原一人でした。


「じゃあ、迷惑がかかるんで外に出ましょうか? 晶ちゃん、待っててね♪」

「え、ちょっと! お兄ちゃん!駄目っ!」

「ちょっと! 竹ちゃん! 止めて!」


 焦るリツコと晶に対して竹原は呑気なもので、ミノを焼くのに全力投球です。


「薫なら大丈夫ですよ。先輩、焼けてますよ」


 リツコと晶とは対照的に竹原は冷静なものです。焼けたミノを小皿へ移してノンビリとタレを付けています。タレとニンニクを絡ませたミノをポイと口へ放りこんで何かのドラマや漫画の如くモグモグと噛んでいます。


(もぐもぐもぐ……おお……この食感……これだこれだ……)


 口はモグモグですが、音はシャリシャリです。


「葛城さん、通報は?」

「しましたけど、今都から来るんですって」


 高嶋警察署のパトカーは安全運転です。スーパーカブの方が速いくらいです。遅い事は牛でもします。


「ふん、鈍臭いポリ公め。来る前に片付いてるな」


 竹原はメニューを見てソーセージとコーンを注文しました。


「無事で済めば良いけどね……っと」


     ◆     ◆     ◆


「えいっ☆」

「ギヤァァァァ!」


 さて、この可憐な外見をした薫ちゃんですが、可憐すぎる外観故に痴漢・痴女・変態に会う事が多く、一時期は『変態ホイホイ』とまで呼ばれた事が有りました。


(パンチの軌道は最短距離で、相手の勢いを利用して打つべし)


「とうっ☆」

 グシャッ!

「ヒィィィィ!」


 そんな時に法事で会った竹原にボクシングを習ったりしています。試合には出ないからと習ったのはかなり技の数々……変態対策の外道な技がならず者に炸裂しました。


 トレッド・ピボット&バックハンドブロー・エルボー・バッティング・ローブロー・キドニーブロー・サミング・ラビットパンチ等の危険な技に加えて、蛙飛び等の往年のチャンピオンの技を織り交ぜた多彩な攻撃を加えて、竹原直伝の急所を的確に付くパンチを容赦なく叩き込んでいきました。


 ちなみに、近代ボクシングでやったら反則負けは確実です。


「喰らえっ!」


 頭部を狙った派手な回し蹴りですが、大振りなので薫はヒョイと屈んで避けました。


(わざわざ言うてくれるから避けやすいなぁ、ホイッ!)


 無精髭男が放った蹴りはアッサリと避けられました。


(たぁっ♡)


 無精ひげ男のガラ空きになった股間へ薫の強烈なフックが入りました。しかもご丁寧にコークスクリュー気味の捻りも入っています。翌朝の血尿は必至です。


「ぐぁぁぁぁ……!」


(名付けて『玉潰しボールブロー』なんつって……)


 ちなみに鼠っぽい男は開始早々に鳩尾みぞおちに中指を立てた拳を叩き込まれて転がってます。転がった時に急所へ一撃も浴びていますから、しばらくは目覚めないでしょう。


「ッざぇやがってゴラァァァァ!」

「ほいっ!」


グシャァッ!


 立とうとした無精ひげ男の股間を薫は踏みつけました。


「ぎぃやぁぁぁぁぁっ!」


 見た目から想像もつかない鬼神の如き戦いぶりです。


 股間を押さえていた無精髭野郎が立ち上がり、薫に襲い掛かろうとしますが、立とうとした時にノーガードになりました。


「えいっ♡」


 薫はチャンスとばかりにカウンター気味に顔面へ蹴りを入れました。


 グシャッ!


 無精ひげ男は立とうとするたびに顔面や股間に蹴りを入れられていますが、それでも立とうとすることを止めません。


(わぁ……お兄ちゃん強~い♡)


 晶はお兄ちゃんを見守りながら警官の到着を待っていますが、パトカーは来る気配がありません。この二人、見た目ではウットリするイケメンと鬼神の如く戦うヒロインです。


(とりあえず、こいつは縛っておこうっと)


 晶は気絶している鼠っぽい男の身元を調べようと懐を漁ると、小さな袋に入った粉状の物と、使う時に組み立てる様子が羽根を広げた蝶に似ている事から名前の付いた刃物が出て来ました。


「わぁ、初めて見た……これは大変だ」


 晶が何か良くない代物を見つけて脂汗を流していた時、薫のボクシングの師である竹原はノンビリとソーセージとコーンを焦がさない様に転がしながら焼いていました。


「シャウ〇ッセンが好きなんですよね~」

「そんなにノンビリしててイイの?凄い叫び声がしてるけど…」


 店の裏からは『ぎゃぁぁぁぁ』とか『グシャッ』と叫び声や何かを潰すような音が聞こえたりしています。


「はい、焼けましたよ。次は野菜を焼きましょうか?」

「ねえ、竹ちゃん……」


「カボチャが甘くて美味しいんですよ。薫は問題ありません」


 無事で問題ありません。


 竹原がカボチャを鉄板に乗せた時、路地裏からの叫び声は途絶え、パトカーがやって来ました。警官が持って来た試験管に晶が見つけた粉末を入れると色が変わりました。何か法に触れるお薬だったようです。二人は何かの現行犯で逮捕されました。


かおるは職人だから腕っぷしが強いんですよ」

「あんなに可愛いのに?」


 竹原とリツコがそんな会話をしていると、晶が戻ってきました。


「署で聞きたい事が有るみたいだから行って来るね」

「気を付けてね。さて、次はデザートの杏仁豆腐なんか行きたいですねぇ」


「呑気に飯食ってる場合じゃないわよ」


 晶と薫はパトカーに乗せられて警察署へ行き、食事会は解散となりました。


 長閑な田舎街に有る滋賀県警高嶋警察署は降って湧いた薬物所持の現行犯を捕まえて、てんやわんやの大騒ぎ。その夜は大変賑やかだったそうです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る