第229話 凸と凹③
暑いとは言え、湿度の低い高嶋市内は風が吹くか日が暮れるかすると涼しくなる。
「そこへ打ち水をして涼みましょうってな」
「中ちゃんはマメねぇ…ウチの旦那にも見習わせたいわぁ」
逆に俺は奥さんの料理の腕をリツコさんに見習ってもらいたい。
言わんけどな。
男と女は余計な部分と足りない部分を補って支え合って行く者だと思う。よく『凸凹夫婦』なんて言うけれど、凸凹が上手くかみ合えば□になると思う。俺とリツコさんだって凸と凹だ……多分。
ご近所の奥様と話しをしていたら角目のカブがやって来た。美紀ちゃんだ。
「おっちゃ~ん、オイル換えて~」
「ん~、ちょっと待ってや~」
カブを店に入れてオイルを抜く。美紀ちゃんの角目カブはエンジンのオーバーホールはせずに最低限のメンテナンスで動いているからかオイル汚れが目立つ。
「小奇麗に乗ってるな…感心感心」
ツルツルとした手触りは前回の来店時より磨いてある証拠。
「理恵に教えてもらったんや、大事にすると応えてくれるって」
バイクは人じゃないから大事にしたところで礼を言うわけでも懐くわけでもない。大事にする事によって異音やオイルのにじみを発見して早期治療できるだけだ。よく『買い替えようと思ったら不機嫌になった』なんて言うけど気のせいだ。買い替えようと思うほど愛着が薄れてメンテナンスが疎かになったから壊れただけだと思う。
「まぁ、お祖父さんとお祖母さんの形見やから大事にせんとな。一度中を開けて掃除したい所やけんど、夏休みにでも開けるか?」
旧カブはオイルフィルターが遠心式で、クラッチの部分に細かなゴミを貯める部分が有る。ところがクラッチカバーを開けなければ掃除が出来ない。クラッチカバーを開けるとなれば通学が無い夏休みはチャンスだ。
「ん~っと、またそのうちに」
カブの頑丈さを過信するとしっぺ返しを食らうと思うんやけどなぁ。
◆ ◆ ◆
店のシャッターを閉めようとしていたらリツコさんが帰って来た。リトルカブを置いて歩いて焼肉屋へ行くからだ。葛城さんも一旦家に帰ってから直で焼肉屋へ行くみたい。例によってお食事会の会場は郵便局前のサイドメニューの多い焼き肉屋だ。
「はい、お弁当箱。今日も美味しかったよ♡」
「ん、晩御飯はどこ?また郵便局前の焼肉屋さん?」
「うん、おっ肉♪おっ肉~♪」
(お肉大好き娘やなぁ)
Tシャツとジーンズと言ったラフな格好に着替えたリツコさんだが、化粧は落としていない。パリッとしたメイクでラフな格好なのは珍しい。
「お肉もええけど、葛城さんの方を頑張ってや」
「うん、いってきま~す。迎えは大丈夫だからね~♪」
テクテクと歩いて行く彼女を見送って晩飯の支度を始める。1人だと面倒なので適当に済ませる事にした。
「冷奴を一丁切らんとド~ン!油あげを炙ってこれも切らない」
大豆ばっかりの晩御飯だ。野菜が足りないので刻みキャベツも食べる。
「俺も肉っ気を喰いたいな…鶏の照り焼きを冷凍してあったな…」
もちろんこれも切らずに解凍して丸かじりで食べる。男の一人の夕飯なんてこんな物。豪快かつ洗い物が少ない手抜きメニューだ。
「今夜はズボラ飯~♪男の豪快晩御飯~♪」
大島がズボラ飯を決め込んでいた頃。
「やっほ~♪リツコちゃ~ん♪」
「晶ちゃ~ん♪、さ、先に入って待ってよっ!」
焼肉屋前で出会った二人がルンルン気分で卓に着いて待っていると竹原がやって来た。
「あれ?竹ちゃん、『お兄ちゃん』は?」
「お兄ちゃん?」
「来てますよ、ほら」
入って来たのは竹原だけと思ったリツコは少し焦った。もしも晶に男性を紹介しなければ中と一緒に寝る事は許して貰えない。エッチな事はそれほど気持ちが良いとは思わないが、くっついて寝たい。リツコは1日も早く中と一緒に寝たかった。
「こんばんは、あっ!」
「あっ!」
竹原の後から現れたのは、可憐な……女の子……?
「竹原ぁ……てめぇ……男を連れて来いって言っただろ……」
「男ですよ。紹介します……あれ?もしかして知り合い?」
殺気立つリツコと少し慌てる竹原の事など目に入らないかのように、晶と竹原の連れはお互いを指さして慌てている。実はこの二人は以前に会った事がある。
「えっと、リツコちゃんに言ったっけ?気になってたパン屋さんの店員さん」
「えっと、男の人だと思ってたんですけど、女性だったんですか?」
「紹介します。僕の親戚の
何度見てもリツコは薫が男性に見えなかったが、可愛い後輩である竹原はこんな所で嘘を言う様な男でない事は分かっている。
「じゃあ、改めまして。この子は葛城晶ちゃん。女性です」
晶の格好はポロシャツに綿パンと比較的体のラインが出る格好だ。おかげで前回は男性と間違えた竹原が見ても、今日の晶は女子に見える。
「男の方だと思ってました」
「私も女の子と思ってたんです」
「竹ちゃんの親戚って聞いてたから厳ついと思ってた」
「そうっすか?似た様なもんでしょ?」
お互いの紹介を終えて、4人の楽しいお食事会が始まった。
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