第231話 凸と凹⑤

 リツコ達が焼肉を食べた数日後、大島は新聞を読みながらため息をついていました。


「アカンなぁ、大型バイクを小型で登録なんて」


 片隅にですが、紙面には『バイクの不正登録業者逮捕』と記事が載っています。


 晶たちをナンパしてきた奴らは法に触れるお薬を持っていた関係で家を調べられ、何故かバイクのナンバープレートが出て来たそうです。そこから盗難バイクの窃盗団へたどり着き、更に不正登録をする業者へたどり着きました。


 更に、書類を発行していたのが高嶋市だと知れて滋賀県警・大阪府警が合同で捜査しての大騒ぎとなりました。数十年前に起きたブリコ・富永事件以来の大捜査でした。市役所も家宅捜索を受けてしばらくの間は大島もバイクの登録や廃車が出来ずに弱りました。


「はてな、このやり方は何処かで見た気がする」


 窃盗団が高嶋市の市役所支所で車検が必要なバイクを原付として登録、すぐに廃車をして書類を発行していたのも問題になりました。調べていくうちに受付で賄賂を受け取っていたことも発覚して市役所内部では大騒ぎになったとか。


「バイク登録業者の他谷たたに。はて、どこかで聞いた様な名前やな」


 少しの間、高嶋市に有る旅館や弁当屋が繁盛していたみたいですが、大島の店は相も変わらず通常営業。変わった事が有ったと言えば、弁当が品薄になって買えなくなった澄香が泣きついたくらい。


「知り合いやったら思い出せるはず。思い出せんのやからどうでも良い奴なんやろう。つまり、そいつにはその程度の価値しか無いって事やな」


 逮捕されたバイク業者は今都に在った『セレブリティ―バイカーズTatani』の元代表で、窃盗団の中心人物が浅井薫にボコボコにされた2人だったのですが、それは大島にとって知ったこっちゃないみたいです。


「それにしても、人の縁とは分からんもんやな。お付き合いするとは」


 食事会の後、葛城と浅井はお付き合いをする事になりました。傍目に見ると長身イケメンと小柄な美少女に見える微笑ましいカップルです。実際はイケメン彼女と美少女彼氏なのですが、周囲は気付きません。


 新聞を読んでいる間にお湯が沸いたようです。お湯をポットへ移して今度はお茶を淹れます。大島家の茶は番茶です。再びヤカンでお湯を沸かし、沸騰したらお茶っ葉を投入してしばらく煮立たせます。


 その間に朝食の準備をします。今日はご飯は炊いてありますが、スクランブルエッグ・サラダ・昨夜の味噌汁の残りとパンと合わせてもOKなおかずが用意してあります。大島は朝から『オカンりょく』が全開です。


 そうこうしていると寝ぼけまなこでリツコが起きて来ました。


「おはよ……昨夜は暑かったね♡」

「裸のまんまで起きて来てしもて、そのままかいな?」


 どうして裸で寝るに至ったかは表現できませんが、昨夜のリツコは大島ととだけ言っておきましょう。


「お湯出るで、シャワー浴びておいで」

「うん」


 リツコがシャワーを浴びている間の大島はテレビを見ながらコーヒーを飲んでいました。日曜の朝は連続テレビ小説が無いのでニュースを見ますが大したことはやっていません。


「天下泰平、事も無し。今日も安曇河町は平和」


 一方のリツコは昨夜に流した汗を洗い流して髪を乾かし、軽くスキンケアをしていました。もうすぐ31歳ですがお肌はツヤツヤで水を弾きます。大島の生気を吸い取っているのでしょうか?今日も絶好調です。体を乾かしてから着替えて食卓へ向かいました。


「さてと、朝ごはんにしようか」

「今朝はパンにしよっかな?」


「俺もパンにしようかな?」


 今日のパンは『パン・ゴール』特製のこしあんを練り込んだあん食パンです。軽く焼くと香ばしさと共にあんこの甘い香りが広がります。


「それにしても、パン・ゴールとも長い付き合いやけど、まさか店員さんとウチのお客さんがお付き合いするなんて、世の中分からんもんやなぁ」


 こんがり焼かれたパンはサクリと音をたてました。


 リツコも厚めに切られたトーストに齧り付きます。外はサックリ、中はしっとりとした食感を楽しんでいます。


「そんな事を言うけど、私と中さんだってこんな事になるなんて誰も思わなかったでしょ?」


「それもそうやな。はい、カフェオレ」

「ありがと」


 朝から甘い物を食べたくなるのは疲れているからでしょうか?2人とも眠そうですが、ツヤツヤなリツコに対して大島はやつれ気味です。


「浅井さんやったかいな?あの外見で強いとは思わんかったなぁ」

「後輩が言うには『変態避け』らしいんだけど、変態撃退用に反則技ばっかり教えたんだって。晶ちゃんが傍に居たけど鬼神のごとき戦いだったって」


「想像が出来んなぁ」


 イケメンの外見で中身が乙女な晶、そこへ見た目が乙女で中身が鬼神の薫。2人合わせてみると丁度良いカップルです。


「結局、男女は凸と凹やな。足りん所を補い合うのがベストカップルやな」

「そうね。私達も凸と凹よ」


(俺の至らぬ部分をリツコさんが補う。それは何処やろう?)


 リツコに言われた大島は何となく腑に落ちない部分は有りましたが言わない事にしました。


「さってと、パンだけじゃ物足りないな。ご飯とお味噌汁~♪」


 パンを食べ終えたリツコはご飯とみそ汁も食べ始めました。やはりお腹が空いているようです。


「葛城さんのカブにロングシートを付ける日が来るとは、分からんもんやな」


 薫とお付き合いする事になった晶は、最初は荷台に補助シートを取り付けて2人乗りをしようと思ったのですが…


「お兄ちゃんの可愛いお尻が痛くない様に、それと、くっつきたい……」

「それやったら長いシートにしてしまい。元々2人乗りなんやから」


 晶のスーパーカブ改は元々70㏄の原付二種なので2人乗りです。ちなみに50㏄のカブだとボアアップして二種登録しても2人乗りはダメなんだそうです。


 晶は大島の勧めでロングシートに交換することに決めました。ロングシートを装着するとトップケースの取り付け場所が無くなります。トップケースが無ければ荷物が積めなくて通勤に不便です。そこでロングシート対応のリヤキャリアも注文したのでした。


 何だかんだで大島は商売上手です。


 ロングシートとキャリアの取付け説明書を読むあたるを見たリツコは、微笑みながら言うのでした。


「男と女はわからないわ、ロジックじゃないもの」

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