第227話 凸と凹①

「晶ちゃんに男の子を紹介したいの、お願い!」


 リツコの頼みを快く引き受けた竹原は従妹いとこの嫁ぎ先の旦那さんの叔父さんの所のあんちゃん…略して『お兄ちゃん』の携帯を鳴らしたのだが、出る様子が無い。


「まぁ仕事中だから仕方ないな、とりあえずメールを入れとくか」

「どう?」


「仕事中だと思いますよ、接客業で製造業ですからね。忙しいんですよ」

「ふ~ん、聞くだけでも忙しそうねぇ。どんな仕事の人?」


 晶に紹介するからには身元がしっかりしていないといけない。女絡みでトラブルがあったり金銭面でルーズな男は問題外だ。政治絡みや反社会勢力の仕事でも問題だろう。日和見主義でもいけない。


「パン屋さんですよ」

「パン屋さん? へぇ、良いじゃない。晶ちゃんはパンが好きよ」


 リツコの頭の中には力強い腕でパン生地をこねる職人と、某アニメで餡パンを焼くおじさんの姿が浮かんだ。どこまでもオジサン好きなリツコである。


     ◆     ◆     ◆


「おっと、着信とメールだ。螢一けーいっちゃんからか、珍しいな。なになに『今度、女の子と飯を食いに行くんだけど、一緒にどうですか?』ふむ」


 小柄な為か、夜道で何度も嫌な目に会った事を相談していた竹原からのメール。護身術代わりにボクシングのトレーニングをして貰った恩がある。しかも女性との食事会に誘われては行かない訳が無い。


「『そちらの都合に合せます。日時を教えてください』送信っと」


 ここは手作りパンを売りにする小さなお店。


「いらっしゃいませぇっ♪」


 今日も焼き立てパンを求めて来客が絶えない。


     ◆     ◆     ◆


 さて、リツコと竹原が動いていた時、大島サイクルにも客(?)が訪れていた。


「応談って言ってるやろ? 値段はこっちが決めるんでね。嫌なら帰ってくれる?」


 大島がとんでもない接客をしているのは理由がある。整備して『価格応談』としていたゴリラを見たどこぞの若者がとんでもない値段を言って来たからだ。


ヴぁぎゃあねえ僕はねえ…お金ヴォちゅなんだみょ持ちなんだよ?」

「しっかり喋れ。何言ってるか分からん」


 奇妙な喋り方をするので分かりにくいのだが、恐らく『自分は金持ち』みたいな事を言っているのだろうと思う。金があるなら新車を買えば良いし、わざわざウチみたいな小さな店で買う事も無い。


ヴぁきゅあとヴォい僕は遠い所から来たんでぎゅ!」


 やっぱり何を言っているのか今一つわからん。遠い所から来たとでも言っているのだろうか?最近の若者の言葉使いは乱れていると思う。


「近い店で買う方がアフターサービスは安心ですよ」


 遠い所から来たのなら尚更だ。ウチは俺一人でやってる零細企業だから引取りもままならん。


「で、買う買わんの前に免許持ってる?見た感じ若いけど高校生?学校の許可証は?バイク通学申請書は?無いんやったら売らんよ?」


 高嶋高校の生徒だとしたら許可も無いのに売るとリツコさんに叱られてしまう。免許が無い輩に売って暴走されたら磯部さんに迷惑がかかる。そもそも今は学校の時間だからここへ来ている時点で学生ではない、もしくは学校をサボっているのだと思う。この手の奴は大嫌いだ。大っ嫌いだ……ロクなもんじゃ無ぇ。


ヴぉきゅあ僕は今都なんでぐヴぇヴぉ~っ!」

「ここは安曇河町、文句があるなら今都で買いな」


 言葉使いで分かってたけれど、とうとう出ました『今都なんですけど』だ。わざわざ普段から貧乏町と蔑んでいる安曇河町まで来てバイクを買うのは他の市でも嫌われて断られているからだろう。だから敢えて言ってやった。


「げヴぉるっふん!げぎょるふぇん!」


 悔しさを表す言葉らしい。これは懐かしの『今都言葉』だ。俺の高校時代にも

使ってた奴が居たなぁ。自分は金持ちと威張る嫌な奴だったけど。


ヴぉぎゅあ僕は今都の天使様なんでぐゲヴォ~!」


 自分で言うな。俺が若い頃はガキなんか掃いて捨てるほど居た。世代の違いかもしれんけど、今の親は甘やかし過ぎじゃないか?自分で『天使』なんて言うか?俺らのガキの頃は悪さをするとコブが出来るほどシバき倒されてたぞ。


「げヴぉるっふん!げヴぉりっふん!」

※悔しさと憤りを表す今都言葉。他の地域では通用しない。


 足を踏み鳴らして悔しがってるみたいやけど、こんな奴には売れん。


「免許も許可も無い、金も無ければ常識も無い。そんな奴は客と違う帰れ」


 我ながらとんでもない対応だと思うが、こいつは客ではない。問題無し。変な奴はギェヴォギュヴォ泣きながら帰ってしまった。


「二度と来るなっ!」


 清めの塩をまいて追い払った。ちなみに塩は回収して冬季の凍結防止剤として有効に利用します。


 今日は変な客はそれくらい。いつもの様に過ごすうちに時間となったので店を閉めた。


     ◆     ◆     ◆


「それで?ゴリラさんをいくらで欲しいって言って来たの?」

「5000円や、あんまりやで」


 帰ってきたリツコさんと少し遅めの夕食。今日あった出来事をお互いに話す。


「5000円で買って転売すれば軽く10万円は稼げるよね?」


 その通り。実際の所は分からないけれど、不可能ではないと思う。分解して部品単位で売ればもっと稼げるかも知れない。


「それやったら地元の誰かに乗ってもらいたいな、前の持ち主もそう言ってたし」

「ふ~ん」


 あまり在庫を抱えるのはよろしくないのだが、変なやからに売ったら後で後悔する。売り急ぎは後々に後悔することが多いと思う。


「ところで、葛城さんには謝った?」

「うん、謝った。ついでに男の子を紹介するって事になったよ」


 葛城さんに紹介できる様な男の人が居るなら、どうして自分が付き合わなかったのかと一瞬思ったが、言うと叱られそうな気がするので思いとどまった。


「そうか、じゃあ、葛城さんにその人を紹介したら解決とみなす」

「え?じゃあ一緒に寝るのはお預け?」


「嫌やったら早くセッティングする事やな」


 デートをしなければ一緒に寝るのはお預け。このところ暑くなってリツコさんの寝相が悪かったから丁度良い。涼しい所を求めてゴロゴロ転がられると眠れない。


「うん、頑張る」

「慌てたらアカンで、慌てたらロクな事に成らんで」


 酒と男と女と涙とバイクの整備は慌てるとロクな事が無い。リツコさんが暴走して葛城さんとのシンクロ率が低下しなければ良いのだが。




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