第224話 暑さに負けない

テストが終わって夏休みまでもう少し。その前には地獄か天国かは解らないが通知表がやってくる今日この頃。だが、通知表の前に来たのがうだるような暑さだ。


「暑いのう……塩気の有るもんを入れとくか……」

「にゃう~暑い~」


正直な所、30歳……もうすぐ31歳になろうとしているのに『にゃう~』等と言う女性はいかがなものかと思うが、恋は盲目なのであろう。大島は何も気にせず今日も弁当を詰める。


「リツコさん、暑いからって冷たいものばっかり食べてるとお腹壊すで」

「でも、お味噌汁……暑い……」


「『暑いから食べない』って俺が言って文句言わんなら食べんでも良いけど…」

「言わないわよ?」


「そうか」


夏こそ内臓を弱らせない様にと出された味噌汁を拒んだリツコはアイスコーヒーとトースト・スクランブルエッグ・サラダの軽い朝食を食べて仕事に出かけた。


「わかった。はいお弁当」

「行ってきま~す」


ベテランライダーでも辛い夏。リツコは暑さにウンザリしながらゼファーを走らせた。


「久しぶりに乗ると重いや。よく今まで乗ってたな……エンジンからの熱気が……」


ベテランとは言え、夏のエンジンから立ち上がる熱気は辛い物が有る。


一方、ベテランではない初心者4人組と言えば……


「自転車と違ってらく~」

「でも停まると足元から熱気が…」

「スクーターやとあんまり気にならへんわ~」

「その代わりにメットインが熱々になってる~」


バイクに乗り始めての初めての夏。それぞれ思い思いに愛車を駆っている。自転車と比べれば楽であるのは間違いないのだが、毎日乗っていると不満に思う所も出て来た。


スクーターの瑞樹と四葉はフロントバスケットに荷物を載せているが、昨今の治安の悪さ(まぁ高校周辺限定だが)ではひったくりに合う可能性がある。大事な物はリュックに入れて背負っているが、今度は背中が暑い。


「私と麗ちゃんはトップケース付き。しかもバックレスト有り」

「お互い前カゴが付くバイクじゃ無いもんね~」


麗のマグナはアメリカンで前カゴを付ける様な場所は無い。澄香のホッパー改も付けて付かない事は無いのだろうが前カゴが似合うとは思えない。澄香は最初からホッパーをトップケース付きにして買ったが、麗は兄にお古のトップケースを貰った。


「前カゴにメットイン。お弁当だけリュックに入れておけば良いや」

「リュックで良いや…実は中に保冷剤が仕込んであって涼しいしな」


荷物を積むことに関してはおおよそ問題解決したのだが、やはり暑さに関してはリュックに入れた弁当を冷やすための保冷剤が頼り。


「暑いのは何ともならへんのかなぁ」

「帰りにおっちゃんのお店に行こうか?」


そんなこんなで放課後。4人は安全運転で大島サイクルへ向かった。


「こ~んに~ちは~あれ?」

「なんか涼しい~」


店前の舗装は灼熱の太陽に熱せられて目玉焼きでも焼けそうになっているはずだが、妙に涼しい。それもそのはず。大島は融雪ホースを引っ張り出して打ち水をしておいたのだ。ちなみに水源は地下水。市の水道とは別にポンプで汲み上げているので水道代はかからない。


「えらい日焼けしてしもて……30を過ぎてから来るで?」

「なあおっちゃん?何で涼しいん?」


「『打ち水』って知ってるか?水が蒸発する時の気化熱を使うんやで」

「それで暑いのに雪を解かすホースが出てるんや」

「じゃあ、私等も水を掛けながら走ったらええんと違うん?」

「ビシャビシャになるやん!」

「スマホが濡れる!」


何とか涼しく通学しようと大島に相談に来た4人組だったのだが……。


「おっさんもな、学生時分に同じ様に考えてなぁ『もっと風を強く受ければ良いんじゃね?』って思いっ切り早く自転車を走らせてな」


遠い昔を懐かしむ大島。


「思いっ切りスピードを出したら眩暈がしてな……琵琶湖に突っ込んでなぁ、あれは涼しかったな。オカンに叱られて、大石のオヤジ……ああ、おっさんの自転車を面倒見てくれてた自転車屋さんな。こっぴどく叱られて拳骨を喰らったもんや」


結局、大島から出てきたのは暑さを解決する方法ではなく、昔話と手作りレモンスカッシュだった。


帰宅後、瑞樹は父にも涼しく通学する方法を相談したのだが、「湖西線で通えば済む話やないか?」と至極当然のアドバイスをされた。


四葉はと言えば、相談したのはハンドルを握ると性格が変わる母・三葉


「冷や汗をかくスリルを求めて走れば大丈夫よ♪」


やはり母をバイクに乗せてはいけない。母がなぜ免許を取れたのか不思議に思う四葉だった。


麗は同じくバイク乗りの兄に相談。


「夏にバイクに乗れば汗はかくもんや。汗をかいた分、水分とミネラル補給やな」


4人の中では最も常識的なアドバイスを受けていた。


独り暮らしの澄香はと言えば、お隣の葛城の家で夕食をゴチになっていた。


「私は塩飴を舐めて麦茶飲んで走ってるよ」

「涼しくする方法は無いんですね?」


「リッターオーバーの白バイに比べたらカブなんて涼しいのなんの」

「それにしても、葛城さんってガッツリ食べるんですね」


肉野菜炒めにチャーハン、そして中華風の溶き卵と玉ねぎのスープ。ボリュームたっぷりな男っぽいメニューが食卓に並べられている。


「体が資本だからね、しっかり食べてバリバリ走る暴走族を捕まえる」

「じゃあ、遠慮なくいただきますっ!」


モリモリ食べてバリバリ働く為の体育系な夕食を2人が食べていた頃、大島サイクルではリツコが駄々をこねて大島を困らせていた。


「お素麺が食べたい!」

「もう晩御飯は出来てる!アカン!しっかり食べんとバテるで!」


「やだ!暑いもん!素麺!」

「…………わかった。暑いから嫌やもんな?仕方ないな?」


結局、リツコに甘い大島は、肉野菜炒めと味噌汁を下げて素麺を茹でたのだった。


◆     ◆     ◆


夜が更け、大人の時間となった頃、今夜もあたるにくっついて寝ようとしたリツコだったのだが……。


「ちょっと!何で追い出すのっ?」

「暑いもん」


悪戯した猫の様につまみ出されていた。


「暑いから嫌や……文句は無いな?」

「ここで?ここでそれを使うの?」


「暑いから食べない。リツコさんも食べない」

「いや、その、その食べる食べないは別の話で……」


「おやすみ!」


翌日からリツコは我がままを言わず、大島の用意した食事はきちんと食べて、食べたい物はあらかじめリクエストする様になりました。


めでたしめでたし。

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