第223話 落とした?落とされた?どっち?

 何やってるんだ私は……って気がしないでもないが、竹ちゃんが言う通り、私が落ちたのか、それとも私が中さんを落としたのか…気になる。


「ふんふんふ~ん♪ 今日は甘い卵焼きにするで~♪」


 この前、甘口カレーが好みなお子ちゃま舌とバレた私。その割にはお酒は大好きだし、酒のツマミも好きなんだから、何だかなあって気がする。


「どうしたんや?さっきからジ~っと見て、甘い卵焼きは嫌?」

「ん? 上手に卵を巻くな~と思って」


「変なリツコさん」


 中さんは妙な所で鋭い。でも、肝心な所では鈍い。


 朝ごはんを食べると体にエネルギーが満たされるのが分かる。ご飯・味噌汁・焼き魚、そして何故かサラダ。


「野菜も食べないとね」

「先にサラダを食べると良いらしいで」


 朝からマメな人だ。これはどう思えば良いのだろう? 私の体を気遣ってくれているのだろうか? ただ単に朝食を用意しただけだろうか?


「『にゃう~お腹空いたよう……』ってならん様にしっかり食べんとなぁ」

(読まれてる……)


 朝食を食べて、身支度をして出勤。


「はい、お弁当」

「いってらっしゃいのチューは?」


「ほい、チュッ」

「ん……行ってきます」


「いってらっしゃい」


 今日は軽いチューだった。チューを選択する基準が分からない。


     ◆     ◆     ◆


「おっ弁当♪ コンビニじゃないっおっ弁当♪」

「先輩は本当に楽しそうにお弁当を開けますね~」


 竹ちゃんに指摘される通り、お弁当を開けるのが楽しい。何と言っても今日は卵焼きが甘いのだ。出汁の効いた卵焼きも好きだけど、甘いのも好きだ。


「完璧に婚約者さんに読まれてますよね?」

「私が虜にしてるのよ」


 ……とは言ったけど、やっぱり虜になっているのは私な気がする。


「こんな事言ったら叱られるかもしれませんけどね、先輩って何気に嫌な女ですよ? 自覚してないかもしれませんけど」

「竹ちゃん……もう少し堪えてやるから説明してくれるかな?」


 竹ちゃんは鋭い観察眼を持っている。意見は聞いても損は無いと思う。


「家事はほぼ全部任せて、家に帰ったら甘えるだけ。エッチしたくなったら迫って、グダグダとだらけて叱られたら膨れてハンガーストライキ。人が親切でフランクフルトを渡したら『脂っこい』って文句言う。大酒のみで料理も出来ない。これが男だったら絶対モテませんよ」

「よくもそこまで……でも否定できない……」


 竹ちゃんの鋭い観察眼で見た私はやっぱり嫌な女だ。自分で聞いていても嫁にするのは嫌だ。


「逆に彼氏さんはいい人だと思いますよ。俺が嫁に欲しいくらいですよ」

「それも否定できない……じゃあ、どうして私を受け入れてくれたのかなぁ?」


「憐れみです……生類憐みの令です」

「ぐほぅっ……」


 竹ちゃんの放った強烈な一撃は私のライフポイントを0にした。


     ◆     ◆     ◆


 よく考えれば我ながら酷いと思う。


「ただいま~」

「おかえり。リツコさん、疲れてる? 先にお風呂入る?」


 多分、私は犬か猫の様に思われているんだと思う。自力で生活していけないダメ女とでも思われて憐みの眼で見られている。ちょっと考え過ぎかなぁ?


「うん、お風呂入る」

「大丈夫?」


「うん」


 お風呂から上がると夕食と晩酌が用意されていた。安曇河名物の鶏肉かしわの味付けと炒めたキャベツ。ワカメと溶き卵のスープ、そしてビール。


「さぁ、蒸し暑さに負けん様にバリバリ食べよう!」

「うん」


 私が疲れて元気が無いとでも思ったのか、たっぷりのすりおろしニンニクが用意されていた。


「こんなに精を付けて、今夜はどうするつもり?」

「何を?」


 多分、彼は純粋にいい人なのだ。私に何か求める訳でもなく、只々私を大事にしてくれる。私はそんな彼に惹かれている。やっぱり私が彼を落としたんじゃない。私が彼に落っこちたのだ。


 晩御飯を食べた後は二人でお片付け。中さんはお風呂に入る時に洗濯機を回して、ついでにお風呂掃除をしてからお風呂場から出て来る。


 中さんがお風呂に入っている間の私は何もすることが無い。仕方が無いからテレビを見たりインターネットを見たりして時間を潰す。


 脱水した洗濯物を畳んで明日の朝に干す準備をして一日が終了。あとは寝るだけかと思っていた私に彼は声を掛けた。


「リツコさん、今日は一緒に寝よう」

「初めて強い意志を示したわね……」


「リツコさん、それ磯部と違う。赤木や」

「何それ」


 二十年ほど前に流行ったアニメのセリフと一緒だったらしい。


「……分からんか、歳の差を感じるなぁ」


 断る理由も無く、私は彼の傍らに横になった。


「リツコさん、何か有った?今日は変やで?」

「ん~っとね、実はね……」


 私は今日あった出来事や、『どちらが落とした』とかの話を中さんに全部話した。彼は私の髪を撫でながら聞いてくれた。


「どっちが落としたとか、落とされたって違うと思うで」

「?」


「恋ってな、二人で落ちていくもんやと思う……なんてな」

「甘~い! 今日の卵焼きくらい甘~い!」


 甘い台詞をビシッと決められない辺りが彼らしいところだ。


「憐みとか、そんなんで一緒に居る訳じゃないで……だから安心してな」

「中さん……♡」


 そして私たちはピッタリと抱き合って……。


「おやすみ……グゥ……」

「え? ちょっと! 寝るの? 寝落ち? お~い! 中さ~ん! もしも~し! どうするのよ? ちょっと! 燃えて来ちゃったんだけどっ!」


 どうでも良い所で鋭くて、肝心な所で鈍い彼の悪い所がここで出てしまった。駄目だ。この人の事は読めない。これから私は彼の掌の上で大騒ぎをして過ごすのだ、多分。


 それはともかく、今夜の私たちは……。


「お~い、せめてでも起きろっ! えいっ!」




 ――――――――『不合体!』―――――――――



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