第219話 リツコ・中に一言物申す!
「一度寝ただけで……
一度言ってみたかった『いい女のセリフ』を言った瞬間に中さんの表情が変わった。力強い腕が私の体から自由を奪い、下半身は裸にされた。
「そんな事を言うんやったら……お仕置きや」
「嫌っ! 放してっ!」
パンパンと下半身から叩く音が響く。
「痛いっ! 中さんっ! やめてっ! いやぁぁぁぁ!」
「……お仕置きや」
彼の腕を振り解こうともがいたけれど、抜け出す事が出来ない。
「ごめんなさい……もう許して……許して……そんなんじゃないの……いい女のフリをしたかっただけなの~!」
「これ位で許してあげよう……反省する様に」
パンパンという音は止み、彼の腕が私を開放した。
「うう……酷い……痛い……お尻がヒリヒリする……」
「お仕置きや、参ったか」
蹂躙された私のお尻は熟した梅みたいに赤くなっていた。お猿かも知れない。お猿は
「昭和の子供じゃないんだから……痛たたたた……」
「『一回寝たくらいで』なんて言われた俺の心の方が痛い」
そう、中さんは私に『お尻ペンペン』をしたのだ。三〇年間の人生で初めて……じゃないな。小さな頃にお父さんのハンダごてで悪戯して机を焦がした時にされて以来だ。こんな事でお父さんの事を思い出すとは思わなかった。
「手加減はしたんやで。泣かん程度にな」
初めてエッチした時にした約束は守ってくれた。何だかなぁ。実は、お尻を叩かれてちょっと気持ち良かった気もする。
「リツコさんのお尻を見てたら完熟梅の梅酒も作りたくなった」
「ブ……ブランデー梅酒もよろしく……」
「じゃ、梅酒の続きや」
「うん」
ヘソ取りとあく抜きをした梅は袋に入れて冷凍庫へ。
「冷凍すると梅のエキスが良く出るんやってさ」
「ふ~ん、じゃあ早く呑めるようになるの?」
「熟成するには時間が要る。最低で一年は寝かさんとアカン」
◆ ◆ ◆
さて、梅酒は寝かすと良いのだが、あまり寝かせたり放置すると良くないのがガソリンだ。長い間放置したガソリンは腐っていなくてもエンジンの掛かりが悪かったり、腐ればキャブレターの中を詰まらせたりする。
幸いな事に学生たちにとってミニバイクは自転車代わり。毎日乗るから調子が良いのだが、乗らなくなって軒先や倉庫に置きっぱなしにされた場合は百パーセント詰まっている。
「個人的見解ですじゃないよな? そう思ってるのはオッサンだけか?」
「お父さんも言ってました~」
今日にご来店は友人の娘である絵里ちゃん。父親の宏和がオイル交換をするので普段はあまり店に来てくれない。
「まぁ紅茶でも飲み」
「ありがと~」
今日はチェーンの調整に来てくれた。でもそれだけじゃないらしい。
「お父さんが、おっちゃんが女の人と暮らしてるみたいから聞いて来いって」
直接来ればよいと思うが仕事が忙しいらしい。長距離の仕事が続いているとか。
「宏和の奴め、まぁ……縁があってな」
「縁?」
ミニバイクが売れれば売れただけ縁が生まれる。絵里ちゃんがウチでリトルカブを買い、切れかけた宏和との縁が再びつながった。バイクが人を呼び、人と店に縁が生まれる。そして、絵里ちゃんの次は俊樹の娘の瑞樹ちゃん。切れかけた縁が再び繋がる。これだから人生は分からない。
「人生はジャンク箱。開けてみるまで何が出るかは解らない」
「どこかで聞いた気がします~」
うん、実は何たら賞を取りまくった映画のセリフを少しいじった。
「ちなみに、一緒に住んでるのは保健室の磯部先生やからな」
「あの先生? 見た目は大人・中身は子供の?」
リツコさんが生徒からどんなふうに見られているかが少しわかった。一緒に暮らすようになってから妙に甘えてきたり駄々をこねるリツコさんを表現するのに『見た目は大人・中身は子供』とはまさにその通り。上手い事言った物だ。逆だったら名探偵だが、ここは
「絵里ちゃんには、リツコさんは子供に見えるかな?」
意地の悪い質問かも知れない。子供である絵里ちゃんはどのように返すだろう。
「何かな、先生って言うよりも『お姉ちゃん』って感じ?」
「ほう、お姉ちゃんか……それは良い事やな」
最近の先生方は優しくなり過ぎて生徒と対等に接する者も多いと聞く。俺とは時代が違うから仕方が無いのかもしれないが、学校の先生は人に教える立場。生徒より上から目線で当然なのだ。でなければ、人間は言う事を聞かない。
では、もの凄く上から押さえつける様にすれば良いかと言えばそうではない。うるさく言い過ぎれば『何やあいつ、鬱陶しい』となってこれまた言う事を聞かない。何もかもベッタリで手伝い過ぎると依存体質になるからこれもよろしくない。
程良い距離感と上下関係は大事だと思う。ちなみに俺とバイクの師匠である大石のオヤジは適度な距離感で良い師弟関係だったと思う。
「困った事とかあると、みんな保健室で磯部先生に相談する~」
絵里ちゃんから聞いて正直ホッとした。家では駄目駄目のリツコさんも学校ではキチンと先生をしているんやな。感心感心。昨日はお尻ペンペンしてしまった。彼女は少し茶目っ気を出しただけだろうに、やり過ぎてしまった気がする。
◆ ◆ ◆
帰宅したリツコさんは妙にモジモジしていた。尻が痛いのだろうか。
「お尻はまだ痛い? ペンペンし過ぎたかな? ゴメン」
「そんなんじゃないの、あの……『一度寝ただけで』って、あの……その……」
一度エッチしただけで『自分の物』等と思うのは最低だと思う。でも、俺は女を抱く時にいい加減な気持ちだった事は無い。抱くからには一生責任を持って幸せにするくらいの覚悟をして抱く。その結果が四十代で女性経験が二人となった原因だろう。
リツコさんにとっては俺なんか通過点かもしれない。これから多くの男と恋をする為の踏み台かも知れない。
「そうやな、一回肌を合わせたくらいで彼氏になったと思うのは間違いやな」
「淫らな女って思われるかもしれないけど……その……あの……えっと……」
何だか歯切れが悪い。
「ご飯にしよう」
「……うん」
ご飯が片付かないからこの話はここで打ち切り。夕食の最中もリツコさんは真っ赤になってモジモジしっ放しだった。
ご飯の後で昨日冷凍しておいた梅を氷砂糖と黒糖焼酎で漬けた。リツコさんの御要望に応えてブランデー梅酒も一瓶作っておく。
お風呂に入って風呂掃除して、洗濯・戸締り・火の用心を確認。二人とも自室へ戻った。
「中さん……いいかな?」
寝転んで本を読んでいたらリツコさんが来た。
「どうしたんや? まだお尻が痛いんか?」
「ううん……えっと……その……昨日の事なんだけど……ゴニョゴニョ」
人が寝転んでいる横にぺたんと座って、何をゴニョゴニョ言ってるのだろう?
「リツコさん、言いたい事は言わんと分からんで。何を言っても怒らんし、呆れん。笑ったりせんから言って」
「~~~~~~~~~!」
何で顔を手で押さえて悶えているのだろう?俺、何かした?
「~~~~~~恥ずかしい」
「何が恥ずかしいんや?何か恥かしいことしたんか?言うて!」
まさか……リツコさん……悪い予感がする! そっそんな事は……。
「わかった!
「違うわっ!ちょっと座れ!」
勘違いした俺は仁王立ちのリツコさんの前に正座させられた。この状況はお説教だ。いつもと逆の立場は何だか落ち着かない。
「何で私がそんな失敗しなきゃなんないのよ」
「関西のオッサンは誰しも一回はもら……」
「黙れ。漏らしてなんか無いよ、ほらっ」
そんな事を言いながら彼女はパンツどころかパジャマも脱いで裸になった。
「何でスッポンポンになるんや?」
「今から説明するから脱いだの!」
リツコさんは裸のままで昨日の『一度寝たくらい~』の理由を懇々と説明し始めた。
「朝からチューして悶々させるわ、一緒に寝ても手を出して来ないわ……」
「だって、俺、オッサンやもん。そんなにムラムラせぇへんもん」
「私はムラムラするの! もっと求めて! ケモノみたいに貪って!」
要するに、一度だけしか手を出していない事への不満があるらしい。
「中さん、あなたに一言物申~す!」
(二時五十分?)
リツコさんはテンションが上がって何かの芸人さんみたいな動きをしている。
「一度寝たくらいで彼氏面するなってのは、もっと何度もしてって事」
「はぁ、そうですか……」
そう言えば、初めてエッチしてから何もして無かった。俺は枯れ始めているけれど、リツコさんは花満開の女盛り。悪い事をした。
「恥ずかしいんだから、これ以上言わせないで……早くぅ♡」
「もう、リツコさん……照れて可愛らしいなぁ、おいで」
「はぁい♪」
満面の笑みでリツコさんが抱きついて来た。やはり想いは言葉にしないと伝わらない。言葉にした後は行動だ。彼女を抱き寄せて布団の中へ……。
「にゃう~♪ 中さ~ん♡」
「リツコさん……」
―――――――――
この夜のリツコさんは凄く可愛らしかったとだけ記しておく。
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