現代ドラマ部門ランクイン記念 とあるミニバイクの独り言
「まぁ可愛らしい」
私達の最大の魅力は可愛らしい事だと思う。自動車に積んで運べるサイズ。自動車へ積むために折り畳みが出来るハンドル。
見る者の心を掴み、捉えて離さない。時代は変われど私たちはそれに対応して生き続けてきた。
「このバイクって高価なバイクだよね?」
いつからだろう?こんな下賤な事を言われ出したのは。
時代は変わった。
可愛いと物を愛でる人の心が『オークションに出した時の値段』『プレミアム価格』歪んだ価値観で塗り潰されていく。
『排気ガス規制で原付1種が次々生産終了』『原付一種絶滅か?』
キャブレターをインジェクションに換えて行き残った我々も昨年8月で販売終了となった。もう私たちが走る世ではないのだろうか。
「雨が降れば濡れる、風が吹けば埃だらけ。車の方が良いよね」
「車で送ってもらう方が楽やもん」
私に乗ってバイクを覚えた少年たちはいつしか大人になってバイクを降りた。
「もうバイクに興味が有るのは中高年ばっかりですわ」
若者たちは私たちに振り向きもしない。もう私たちの時代は終わったのだろう。自動車は安全・快適へと進化を告げ、ハイブリッドやEVなんて静かな物が出ている。
「うわ~こんな小さいバイクに30万?よう出さんわ」
それに比べて私たちはどうだろう。排気ガス規制のたびに苦しみ、苦しんだことにより価格が上がる。価格が上がれば売れなくなる。売れないからメーカーも手の付けようがない。発展どころか絶滅へ突き進むのみだ。
「バイクなんか発展途上国の乗り物だ」
「発展した日本では必要ない」
もう私たちは要らないのだ。安全・環境・快適性……何をしても車には勝てない。勝てるとすれば何だろう? 忘れてしまった。
必要とされなくなった私は流れ流れて田舎町へとやって来た。珍しい事にこの街の若者は私たちミニバイクに興味が有るらしい。
「……楽しそう」
楽しい……そう、私の魅力は楽しい事だ。乗って・見て・弄って楽しい。メーカーが世に送り出した遊び心。公道へ出た遊園地の乗り物。
人は獣とは違う。効率やエコが全てじゃない。生きるのに全く要らない事を楽しめるのは人間だけだ。そう、私は自由と遊びの象徴。レジャーバイク。
人が人である理由。それは遊ぶ事だ。
人が遊ぶが故に我等あり。遊び心が我等の創造主、我等が存在する理由……。
時速300㎞を出せるバイクが究極ならば、我等も遊び心を具現化した究極の形だ。時代は変わった。新しく登場した我等はハンドルが折りたためなくなった。車体も大きくなった。もうレジャーに連れて行ってもらうバイクじゃない。ならば、我等がレジャーへ連れて行こうではないか。若人よ、我等に乗れ。我等と共に出掛けよう。
我等は滅びぬ……人の遊び心ある所に我等あり。
我等はホンダモンキー。人の遊び心が尽きぬ限り、不死鳥の如く蘇る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます