第204話 三輪車完成

 スプレー塗装したハブが乾燥して中古の六穴ホイールも届いた。


「やっぱり合わせ(ホイール)は錆びるなぁ……」


 ブツクサ言ってベルトサンダーやグラインダーで錆を削っている大島だが、手を動かす程にジャイロが完成へ近づくのは嬉しかった。


 構造上チューブレスタイヤを装着出来ない合わせホイールはチューブ入りタイヤと組み合わせて使う。チューブが無くパンクに強いチューブレスタイヤを使えるようになったのは四ストロークになった最近の型からだ。旧型に使われている六インチチューブタイヤはエアバルブやホイールの合わせ目から入る雨の影響でホイールが錆びやすい。


(まぁ仕方が無いか、錆止めを吹いておこう)


 届いたホイールは幸いな事に錆は少なかった。とは言えそれは比較対象がグズグズな三〇年落ちの三穴ホイールに比べての話。地金が出るまで磨いて痘痕あばたも均す。そこへ錆止めを吹いてからサフェーサー。最後に銀色を塗ってホイールは完成。天気が良いので塗料が乾くのが早い。


 乾燥させてから新品タイヤを組んで出来上がり。六穴ハブと再塗装したホイールを取り付けるとポンコツなジャイロの足元が引き締まった。


 せっかく修理したジャイロXだが売り物にはしない。この前期型と呼ばれるジャイロXは部品が生産終了になっている物が多い。ホースやオプションパーツならまだしも今回は駆動系パーツの数点が出なかった。修理部品を集めるのに四苦八苦した時点で売り物にしない。これは俺の中のルールだ。


 まぁ例外的に『それでも直したいんです』という趣味人には売っているが。


「ちょっと動かすか、よっこいしょっと」


 キック1発でエンジンは始動した。バッテリーを交換したからだろう。オートチョークも効いている様だ。


 パイィィンパイィィィン……ビンビンビン……。


 高村ボデーで作ってもらったチャンバーからは弾けるような元気な排気音が鳴る。エンジンはセル一発でかかり絶好調。結局金にはならなかったが経験にはなった。


(まぁ、何事も経験やな。うん、良い勉強になった)


     ◆     ◆     ◆


 国道一六一号線を北上するベンツのシートに座り、金一郎はメールを読んでいた。送り主はリツコ、昨日の出来事を事細かにメールして来たのだが、要するに内容はこういう事らしい。


『チュ~されただけで終わったぞ! どうなってるのよ?』


(……あの兄貴がそんな事をするんやったら落としたも同然や……)


「う~ん……まったく……あの姐さんは先を急ぎ過ぎる……」

「兄貴、楽しそうですな」


 苦笑いをしながらメールを見る金一郎に秘書が声を掛ける。今日も億田金融は大忙し。今日は借金を踏み倒そうとしていた家族を新しい職場へ紹介することになっている。


「仕事中は社長と呼びなさい」

「はい、すんません」


 良い天気なのに憂鬱だ。金が返せないなら返せないで、正直に相談さえしてくれれば何らかの手助けをしたのだが、踏み倒そうとしたなら話は別。血を吐いてでも返してもらう。


「まぁええわ、それにしても今日の仕事は憂鬱やな」

「そうですね、でも『鬼の億田』を怒らせる向こうも悪いと思います」


 借金を踏み倒そうとしたのだろう。その一家は夜逃げをしようとした。残念ながらこの行動は金一郎を鬼に変えた。火付盗賊改方ひつけとうぞくあらためかたも真っ青になるほどの鬼である。


「『鬼』か、でも、本当の鬼は人の心の中に居るんと違うかなぁ?」


 金一郎が向かうのは福井港。遠洋漁業の漁船へ紹介した一家の父親を見送る為だ。鬼とは言え金一郎は性根が優しい男だ。借金を踏み倒そうとしたとは言え身の安全は心配する。怪我や病気で働けなくなって路頭に迷って欲しくなんかない。


 幸いな事に一家全員無事に生命保険へ加入する事が出来た。万が一仕事中に何かが有っても大丈夫だ。


 嫁は熟女パブへ、娘は繁華街の特殊なお風呂屋さんで就職が決まった。息子は山奥のダム工事の現場で仕事に就かせた。仕事は大変かもしれないが、帰ってくると借金は完済する手はずとなっている。そうなれば自由放免。金一郎は鬼では無い。仕事を終えて無事に帰って以前の生活に戻れるようにしている。


 の話だが。


「兄貴、最近ブツブツ言いながらメールしたはりますけど、これでっか?」


 小指を立てて『女でっか?』とでも言いたげな舎……秘書を見て金一郎は答えた。


「違う。姐さんからや……姐さんからの命令や……」

「社長にお姉さんなんていらっしゃいましたっけ?」


「『姉』と違う。『姐さん』や」


      ◆      ◆      ◆


 仕事から帰った私が見たのは古いなりに良く磨かれたホンダジャイロXだった。


「ナンバーが付いてる……ボロだけどピカピカ」


 フロントにはカゴ、リヤキャリアにトップケースが取り付けられて荷物が沢山積めそうな車体。私はこのジャイロXを買い物の足として使うつもりでいる。


「ツーリングにゼファーちゃん、通勤にリトルちゃん、お買い物はジャイロちゃん」


 何台もバイクを持っていたとしても体は一つ。全部のバイクを同時に乗る事は出来ない。今でもゼファーちゃんはバッテリーを中さんにチェックしてもらってるくらいだからジャイロに乗るのは基本的に中さん。私はたまに貸してもらう。


「ただいまぁ、お腹空いたぁ」

「おかえり。今日は先にご飯かな?」


 キスから数日が経っている。結局私と中さんの仲は進展せず通常ダイヤで運行中。抱こうとする素振りも見せない。私は魅力が無いのかな? 嫌われたとは思いたくない。


「晩御飯は何?」

「今日は刺身と煮物」


 和風だ。となれば冷や酒をキュッっと行きたいな。


「日本酒でキュッといきたいんやろ? 冷やしてあるで」


 ご飯の事は読めるのに私の気持ちは読めないのかなぁ……まぁいいや。


「いただきます」

「いただきます」


 誕生日の一件以来何となく話辛い。でも今日は話題が有る。


「ねぇあたるさん?」

「ん?」


三輪車ジャイロはあれで完成?」

「うん、あれ以上は手を入れる予定は無し」


「売ったりはしない?」

「せんよ、って言うか出来ん。部品が入りにくいんや」


 そうだった。中さんは部品供給が怪しいバイクは基本的に売らないんだった。売る時も有るけどそれはレストアベースとして趣味でバイクを直す人向け。学生や交通手段として使う人には売らないんだった。


「三〇年物の原付やで、造られて三〇年も経つスクーターは売れん。古すぎや」

「30年なら古くない! まだまだいける! 貰い手はあ……あ、バイクだったね。スクーターなら仕方ないか」


 ふっ……三〇年に反応しちゃった。りつこさんじゅっさい。


「私にも貸してね」


 今日は会話が弾む。やっぱり楽しく話しながら食べるご飯は美味しい。


「うん、荷台が大きいから買い物に便利やろう? 箱も付けたしな」

「ホームセンターに行くときに便利だな~って思ってたの」


 私は車よりバイクが好きだから荷物が積めるジャイロは助かる。リトルちゃんでお買い物も悪くないけど荷物を積みやすいのはジャイロだ。荷台の大きさが全然違う。車体がロックできるから積み下ろしで倒れたりしない。でも、ミニカー登録はしなかったんだ。予算の都合かな?ヘルメット無しで乗れるから良いと思うんだけどな。


「でも、せっかくならミニカー登録したらヘルメット無しで乗れたのに……」


 二段階右折と三〇㎞/h縛りから解放されるのに。何でミニカーにしなかったんだろう。私はクルマの免許を持ってるのに。


「確かにヘルメット無しで乗れるのはメリットかも知れん。でもトレッドが広がると内輪差が増える。そうなるとデフクラッチの負担が増える」

「えっと、滑って内輪差を吸収する部品だっけ?壊れたら直せばよくない?」


 修理自体は外すものが多いけれど、難しくは無かったはず……。

 ※リツコには簡単な作業に見えました


「次に壊れた時に部品が出るとは限らんで。それにジャイロって二種登録出来るんやって。ボアアップして六八㏄キットを組んだら黄色ナンバーやってさ」


 知らなかった。ボアアップしたら側車付き自動二輪になると思ってた。車体の一部もしくは全数を|傾ける事(リーン)が出来て、トレッド(車輪の中心間)が500㎜未満だと2種登録が合法的に出来るんだって。そこからトレッドを広げて五〇〇㎜以上になると側車付き自動二輪になるんだって。ややこしいよね。


「国土交通省に問い合わせた人がそうやと返事をもらったみたいやで」

「中さんも調べたんだ」


「一応やけど葛城さんにも確認したで」


 中さんのお店に三輪車が来たのは初めてなんだって。わからない事は納得するまで調べる、それが中さんの流儀……なんだかN〇Kの番組みたい。


「そやからボアアップしてハイスピードプーリーを入れたら二種登録出来る。高校生も使える足になるんやけど、前期型は部品が出んから高回転まで回してクランクに下手な負担はかけとうない。だからボアアップせん事にした」


 弱った所へ負担をかけると壊れるからボアアップしない。法的に三〇㎞/hまでしか出せない様にして高回転までエンジンを回さない。車体を長持ちさせる為に今回は原付一種で登録したんだって。なるほど、考えてるんだ。


「それにな、ミニカー登録してヘルメット無しで乗って事故したら悲惨やんか」

「晶ちゃんもそんな事を前に言ってた気がする」


「家族が事故で大変な目に会ったら嫌やん……」

「え?」


 私は耳を疑った。『家族』って言ったよね? 今、『家族』って言ったよね!


「ん?今何か言った?」

「何か言うたかな?」


 ボソっとだけど彼は大事な事を言った。チューしたとは言え下宿人だと思ってたんだけど、もしかして……。


「ねぇ、さっき言ったのをもう一回言ってくれる?」

「…………さぁ?何か言うたかなぁ?」


 中さんの誕生日にしたプレゼントは私。結局キスしただけでそれ以上は手を出してくれないけれど、あの時、彼は受け取ったと言っていた。とぼけているけど隠せていない。顔が赤くなってる。


 つまり……落とせた♪

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