第205話 1年生3人組・バイクを買う

 国道161号線をハイラックスWキャブが走る。今日はバイクを買いに行く日。大島サイクルでは家まで届けることはしないので取りに行く。こんな時、Wキャブで6人乗りのハイラックスは乗用車的に使えて便利だ。


「最初は『サービス悪っ!』って思ったけど、事情が事情やしな~」


 克己かつみは社長から『兄貴の店はな、今都の相手をせん為に敢えてサービスに制限を付けてるんや』と聞いていた。今都のみ引き取りを拒否すると『今都ハラスメントって訴えられる』と。


(今都ハラスメントって、嫌がらせするのは今都やん。訳わからん)


 今津麗いまづうらら小島瑞樹こじまみずき藤樹四葉ふじきよつはの新一年生3人組は無事に免許証を取得出来た。今日はうららの兄・克己かつみに連れられて大島サイクルで取り置きしてもらっていたバイクを買いに行く。


「麗ちゃんはマグナだっけ?」

「うん、瑞樹ちゃんはDio?2ストの奴だったよね」

「安いからね。四葉ちゃんはトゥディ?丸いライトだよね」

「うん、『中国製なんか大丈夫?』なんてお母さんは言ってたけど」

「白藤先輩は『おっちゃんやったら大丈夫』って言ってたよ」


 ハイラックスの車内は賑やか。少し荷台は狭くなるがWキャブは人が乗れてバイクも詰めるから克己のお気に入り。欠点は少しだけバネが硬い所だが、まぁ貨物車で積載前提のサスペンションだから仕方が無い所であろう。


「「「こ~んに~ちは~!」」」

「いらっしゃい」

「毎度おおきに、お世話になります」


 克己はバイク弄りをするがエンジンの分解まではしない。そこまでやるのはプロの領域だと思っている。だからこそバイクやクルマを買う時は店側に敬意を表して『お世話になります』だと思っている。


 それに、おとなしい妹が両親の反対を押し切って高嶋まで来たのだ。バイクの後に乗せてバイク好きにしてしまった責任が有る。麗はしっかりしているとはいえ子供だ。経験が少ないから店選びを失敗する事も有り得る。幸い社長の知り合いだけあって悪さをする様な店では無いが油断は大敵だ。


(これから始まる麗のバイクライフの為にも俺がしっかりしないと……)


「用意しといたで、すぐに乗って帰れるようにしといた。乗って帰るか?」

「はい!」「うん!」「もちろん!」


「ほな、代金と引き換えやな」

(なるほど、現金商売か。社長が言ってた通りやな……)


「学校に提出する書類にもハンコが要るんやったな」


 街の金融業者である億田金融で働く克己は社長から大島サイクルの担当を任されている。引継ぎの時に聞いたのだが、大島サイクルは億田金融に預金をしている珍しい取引先だ。社長が言うには『兄貴……いや、大島サイクルは何年か前に潰れかけた事があってな、それから現金取引や』らしい。店主が今都の悪徳業者に騙されそうになったあたりも全て聞いている。


「お兄ちゃん?ぼ~っとしてどうしたん?」

「ん?ああ、やっぱり良い雰囲気の店やなって…」


「おおきに、コーヒーでもどうですか?お嬢ちゃん達はココアでも飲むか?」

「う~ん、せっかく買ったからどっか行きたい」

「私も!せっかく免許を取れたんやもん。どこか行きたい」

「お兄ちゃん……良いでしょ?」


 可愛い妹にねだられては許可をするしかない。


「お兄ちゃんはコーヒーをいただいて帰るから、気を付けてな」

「その前にバイクの説明や。手入れの仕方を説明……」


(やれやれ、甘いもんよりバイクに夢中……元気やなぁ)


    ◆     ◆     ◆


「やれやれ、元気なお嬢ちゃん方やな…おかわりどうですか?」

「あ、いただきます」


 何処となく昭和とオイル香りがする店内は眺めていると懐かしさと安らぎを感じる。


「古臭い店やろ?改装した方が良いかな?融資先としてどう思います?」

「えっと、手元に資料は有りませんが投資に問題は無いはずです。でも……」


「でも?」

「この雰囲気を壊すのは勿体ないです」


 エアコンを付けて黄ばんだ壁紙を変えれば店は華やかになる。しかし、それとは引き換えに長年の間に積み重なった年輪と言うか時代まで無くなってしまったのでは台無しではなかろうか。


「バイクリフトが欲しいんやけどな、それ位の預金は有ると思うんやけど」

「ああ、それなら大丈夫ですよ」


(このオッサンは自分の預金額を分かってて言ってるんかな?)


「店を建て替えるとかの予定は無いんですよね?」

「腰が痛いからリフトは欲しいかな?建物は今のところ問題は無いと思う」


 実際の所、大島が億田金融へ預けてある預金はビルを建てるのは無理としても、店舗兼住宅を建て替えて倉庫を近代化するくらいは在る。金一郎があたるから預かった金を元にして投機をして増やしたからだ。


「結婚すると奥さんの為にキッチンをリフォームしたりするんやけど、ウチはほら、料理は俺担当やから」


(奥さんの尻に敷かれるんやな。ご愁傷様)


      ◆      ◆      ◆


「ヘックショイッ!」

「磯部先生、風邪ですか?」


「ん~風邪じゃないと思うんだけどね…裸で寝たからかな?」

「あらあらまぁまぁ……」


 ちなみに裸で寝たのは酔って脱いだからである。


「あ、いつもの3人組が申請を出してきてる。なになに? 車種は……店はウチね」

「もう1件来てますよ。同じく大島サイクルさんでメーカーがツキギ?聞いた事の無いメーカーですね」


 ツキギと言えばマフラーで有名なメーカーだがバイクも販売している。ホッパーは125㏄エンジンを積んだオフロードタイプのバイクだった。エンジン無しのジャンクに大島がスーパーカブのエンジンを積んで販売したのだ。


「この子も大津市から来てるのね。今年は大津から通う子が多いね」

「ですね。女子高生がバイクに乗るアニメと小説が流行っていますからね~」


 アニメ・漫画・ライトノベルとバイク漫画が続いている。最近はレーシングニーラーの漫画まで有るくらいだ。だが、その割に若者のバイク離れは顕著だ。県内でこれだけバイクが走り回っているのは高嶋市くらいであろう。女子高生がバイクに乗るのは現実的ではない。現代ファンタジーの部類に入るのだろう。


「まぁともかく、この達のバイク通学申請は問題無し」

「磯部先生の婚約者さんはバイク屋さんでしたっけ?」


「そうよ。手先が器用な男ってスゴイのよ」

「まあっ!」


 同僚は何か勘違いをしているが、リツコが言っているのは料理やマッサージ、そして耳かきやバイクの整備に関してである。


「ふんふんふ~ん♪バイク通学OK~ポンッとな」


 リツコは4人の申請書にOKのスタンプを押した。新1年生3人組+αの申請は無事に通過した。

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