第202話 卒業検定突破!
今日は卒業検定。今津・藤樹・小島の新1年生3人組は順調にコースを周り終えた。
「
「うん、一瞬焦ったけど多少は大丈夫…だと思いたい。瑞樹ちゃんは?」
「急制動でリヤがちょっとロックしてしもたかな?教官は笑ってたから…」
そんな3人以外に何人か他のクラスの生徒も来ている。
「一本橋も何とかこらえたし、坂道は完璧。急制動は音が凄かったけど…お願い、受かって!」
「免許欲しい免許欲しい…受かって受かって…」
各検定受験者は祈るような気持ちで結果発表を待っていた。
真旭自動車教習所は電光掲示板が無い。昔ながらの印刷した紙を掲示板へ貼り出しての発表だ。結果を待つ間、小鳥がさえずり田んぼからトラクターのエンジン音が聞こえる。真旭自動車教習所は田んぼの中にあるので田舎町ならではの長閑な時間が流れる。
「は~い、合格発表で~す。『5月2日 技能検定受験者 全員合格』っと」
受付のお姉さんが貼りだした紙を見て高嶋高校の生徒たちは安堵した。
「それじゃあですね、午後から御用が有る方は受付Bへ、受験される方はAへお願いしま~す。試験開始は13時からで~す。遅れたら駄目ですよ~!」
午後からは学科検定。これに関しては若さゆえの素直さと記憶力が生きる。
引っかけ問題もなんのその。3人とも余裕で合格した。
「でもさ、結局免許センターでも学科を受けんとアカンのやな」
「4輪の免許が先なら行って免許を貰うだけなのにね~」
「守山まではどうやって行く?麗ちゃんは大津出身だから詳しいよね?」
――――週明け――――
「堅田駅からバスで守山か…高嶋市に居ると路線バスは滅多に乗らないんだよね」
「う~ん、バスが在ると便利なんだけどね」
「在っても使わへん、使わへんから便が少ない。で、使わへんの悪循環や」
瑞樹と四葉は生粋の安曇河人。路線バスをほとんど使った事が無く使い方や路線図の見方が良く分からないので麗に付いてバス停に並んだ。
堅田駅で免許センター行きのバスを待ちながら見回すと高嶋高校の制服が多い。
「他のクラスの人も来てるみたいやな」
「それにしても、『就職活動の一環』でバイクの免許なんて珍しいよね」
「お父さんの頃に『バイクに乗らせて警察に任せる方がマシ』てなったんやって」
「ふ~ん。大島のおっちゃんも似た事を言ってたね」
「四葉ちゃんのお父さんは何歳やったっけ?おっちゃんと同じくらい?」
「今年で…43か44」
晩婚化が進んだ現在では30代で子供を授かる事は珍しくない。四葉と瑞樹の両親はどちらかと言えば早く結婚した方だろう。ちなみに麗の両親は2人の両親より5~6歳年上。女の子が欲しくて頑張ったそうだ。
「おっちゃんも似た歳みたいな事を言ってなかったっけ?」
◆ ◆ ◆
「ヘックションッ!…花粉症かな?」
3人が話をしていた頃、オークションで落札したハブを錆落とししていた大島は大きなくしゃみをした。
「防塵マスクしよう、粉が悪いんかもしれん」
マスクを付けてベルトサンダーで大まかに錆を落とす。ワイヤーブラシ・金タワシ・サンドペーパーで地金まで出してから脱脂をしてサフェーサーを吹き付ける。高村ボデーに出すときれいに仕上がるのだが、今回は見えない所であり予算も限られているのでスプレー塗装だ。
フックにハブを吊るして薄塗りを何度も繰り返す。
「うむ、表具屋が言う通り乾かすものは晴れの日に作業するに限る」
第二次ベビーブーム世代の大島は同期が多い。今回のハブを塗るのにホームセンターでスプレーを買いに行ったら同期の表具屋に会った。表具屋とは
表具屋曰く『俺らの世界は晴れが続いたら最高やねん。雨なんか大っ嫌い』らしい。乾燥勝負で濡らしてはいけない物を扱う表具屋にとっては今の晴れが多い時期は最高なんだとか。紙や糊などを扱う表具屋の仕事はデリケートなのだ。
「バイク屋も晴れの方が良いけどな…あいつらは半分芸術品やし大変や」
芸術品とは無縁な大島。そんな男だが何かを作るなら美しい物を作りたいと思っている。その一つが自家塗装。高村ボデーで塗るほどではない部品は出来るだけ丁寧な作業で塗る。
「出来るだけ地金まで磨いて錆転換剤。そして密着促進剤を吹いてからサフェーサーしてサンドペーパー掛け、そして色を乗せる…で良いんかな?」
塗装に関しては素人同然の大島。出来るのは丁寧な作業としっかり乾燥させる事だけである。塗ったハブは洗濯物から少し離れた所へぶら下げて天日干しをする。あとは焦らずひたすら待つのみ。
「1週間も置いておけば完全乾燥するかな?」
◆ ◆ ◆
「1週間もかかるの?2~3日で乾くんじゃないの?」
…そう言っているんだと思う。実際は何かモゴモゴとしか聞こえんけど。
「リツコさん、頬張ったまんまで喋らない」
今日の晩御飯は親子丼。リツコさんのリクエストで親鳥の肉を使った食べ応えのある丼だ。若鶏よりも味は有るけれど肉が硬い。マニアには堪らないけれど顎は疲れる。
「ふぅ、食べたいって言ったけどこれはキツイね」
「親鳥は鍋とか出汁を出すのに使いたいなぁ」
「で、3輪車はどうするの?手間賃が出ないでしょ?相場は5万円くらいだよ?」
「古い型で部品供給が危ないから売れん。俺のコレクションにする」
直していてわかった。初期型ジャイロは商品としての価値は無い。ミニカー登録するにも普通に乗るのも現行型かデフが付いてホイールベースが伸びた後期型の方が良い。荷物が積めるからウチに置いて近所の買い物とか田の見回りに使う。
「私も乗っていい?」
「うん、完成したら乗ってな」
俺のコレクションを好きに乗れるのは下宿しているリツコさんの特権。下宿して変な噂を流された罪滅ぼしみたいなものだ。そんな話をしながら晩御飯を食べて2人で御片付け。風呂に湯を入れる間に俺は食器を洗い、リツコさんは水気を拭き取る。
「中さんは欲しいものって有る?」
「ん?」
「もうすぐ誕生日でしょ?11日だっけ?」
いつの間に調べたのだろう?ああ、金一郎から聞いたんやな。
「ん~元気な毛根と若さかなぁ」
「そう言うのじゃなくって、もっとこう…それ以外は?」
それ以外と言われてもなぁ、あまり高価なものを言うと悪いしなぁ…
「何でも良いで。要は心がこもった物を貰えるんやったら何でも」
「本当?『要らん』って突き返したりしない?」
要らんと突き返すような酷いことはしない。必ず受け取って1回は使う様にしている。その後はどうなるかは解らんけど。
「それは絶対無いで。でも、高価なもんはアカンで」
「あ、それは大丈夫」
リツコさんには好きな人がいる。どんな奴かは知らないけれど結婚すれば物要りで金が羽をはやしたみたいに飛んで行く。結婚後の為にも無駄使いはして欲しくない。リツコさんの稼いだお金は俺なんかよりも自分の為に使ってもらいたい。
「絶対に受け取る、約束ね。指切り」
「はいはい」
「「指切り
どうしてだろう?リツコさんが何か企んでいる気がしてならない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます