第194話 大島・三輪車を修理する
高嶋市では四月一日の時点でバイクを持っていると税金がかかる。
そんな訳で乗らなくなったバイクはとりあえず税金を払うのを回避するために一旦ナンバー返納される。
ナンバーを切られたバイクは、またそのうちにと倉庫や納屋に置かれたり、友人知人の間で売買されたり、再び走り出す日を待っているのだが、修理に手間取る様な物は買取業者に引き取られる事も有る。
「こちらはバイク買取業者でございます。ご家庭で御不用になりましたバイク・オートバイ・スクーター等ございましたら現金で買い取りいたします……」
今日も買取業者のトラックから流れる録音音声。
三月末でナンバーが切られたバイクで金になりそうな物を買い取り業者が捜して走り回るのは高嶋市の春の風物詩でも在る。
「
バイク買取業者の勝負はゴールデンウイークまでの時期。売る方は売る方でゴールデンウイークの前に使わなくなったバイクを売って資金源としようとする者が多い。
「これですか?う~ん、完璧でも5千円ですけど程度が悪すぎです」
「じゃあ、
「無料でなら処分します」
「そんな事
「それでしたら結構です」
「邪魔
(程度が良かったら流せるけど、これはアカンなぁ……)
さて、買い取ったは良いが処分するには勿体ない、かと言って上手く売り捌くのも出来そうにない。そんな有象無象のバイクはどうなるかと言うと……。
「よっ!」
「お?」
ミニバイクを労り慈しむ男の出番である。
「大島君、珍しいバイクを買い取ったけんど、直すか?」
「珍しいって、何やいな?」
「これや」
「こらまた汚いバイクやなぁ」
馴染みのバイク買取業者が持って来たのはホコリと泥にまみれたオレンジの車体。
「ふ~ん、三輪か…触ったことが無いな…」
「前に『面白い何か』って言うてたやろう?これなんかどうや?」
「ボロいなぁ、値段次第やけんど……ナンボや?」
「買い取り値が安かったから破格やで。千二百円でどうや?」
普段扱うスーパーカブやホンダモンキーなら部品がある。修理に必要な部品の値段、直して売る時の利益はおおよそわかる。だが、目の前に在る三輪バイクは大島サイクルでは入庫した事の無い車種だ。修理に必要な部品の値段や修理に必要な時間も分からない。
ある意味ギャンブルに等しい取引。万が一のことを考えて仕入れ値は押さえたい。
「う~ん、もう一声」
「一〇〇〇円ぽっきりでどうや?その代わり直せんでも文句なしで」
ここで両者黙りこんで考える。
(昼飯とタバコ代、缶コーヒーも買えるな)
(直らんかったら分解してオークション行きやな)
お互いぼったくる事はしないが損する事もしない。強引な値引きをしない代わりに吹っかける事も無い。二人の間ではそんな暗黙の了解が有った。
「人が作った物を人が直せんはずが無い。OK、商談成立」
「まいどありぃ」
そんなやり取りの後で大島サイクルへ入庫したのはホンダジャイロX。ピザ屋や乳酸菌飲料の販売で使われる三輪のスクーターだ。残念ながら大島の元へ来たのは屋根の無いタイプで二ストロークエンジンの旧い年式。売れ筋では無い。
(なかなか手が掛かりそうなバイクや、汚いなぁ)
「前の所有者は……
何処を触るにも泥だらけ。キャブレター周りをビニール袋で養生してから高圧洗浄機で積もった誇りと油汚れを落とす。大まかに洗うだけで店の前は泥だらけになった。まるでトラクターでも洗ったかのようだ。
(まったく、使って傷んだらポイ。今都の人間はなっとらん)
水で大まかに洗った後はブラシと洗剤で再度洗う。残念ながら着いていたのは泥だけでは無かった。草や動物の毛、そして油汚れがどっさりと落ちた。
(こりゃ一筋縄では行きそうにないぞ……しくじったかなぁ)
跳ね返った泥で大島の顔も泥だらけ。まるで田植えをした後の様だ。一通り洗った後は故障個所と破損個所のチェックを続ける。
「キャブからの油漏れは古いバイクのお約束として、結構酷いな♪」
酷いとボヤきながらも楽しそうにするのは初めて見るバイクだからだろう。まずエンジンがかかる気配が無い。キックペダルを踏んだ感じでは圧縮はある。プラグは電極が減っている、火花は出ていない。
「ん~っと、電気は来てるから、コイルかな?」
試しにスーパーカブのイグニッションコイルを繋ぐと火花が出た。改めてキックペダルを踏み込むとマフラーから爆煙を吐きだしてエンジンが動き始めた。
(エキゾースト……ありゃ、こらアカンわ)
マフラーどころか排気孔直後のパイプに大穴があいている。すぐさまエンジンを止めると今度はキャブレター周りからオイル・ガソリン漏れ。キャブレター合わせ目や穴からオイル・ガソリンが漏れているだけでは無くて、キャブレターへガソリンを送るホースからも燃料が大漏れしている。どうやら硬化している所に振動が加わった為に割れてしまったらしい。
(エンジンは生きてるけど、バッテリーも駄目。ん? 右のタイヤだけ減ってる)
「何とか直して……五万円までで並べたら売れるかな?」
必要と思われる部品・交換した方が良いであろう部品をリストアップしてFAX。
「ああ、西山商会さん?まいど……FAXした場所の部品やけんど、車体番号は……」
◆ ◆ ◆
仕事から帰って来たリツコが見たのは、オレンジ色の三輪バイクだった。
「あ、面白いバイクが入ってる~」
「ん? そうか、面白いか? 見た目は面白いんやけどなぁ」
大島の得意車種はカブ系のエンジンを積んだ四miniと呼ばれるミニバイクだ。スクーターはどちらかと言えば珍しい部類に入る。しかも三輪となると極めて入庫は珍しい。実際にリツコが大島の店で見たのは初めてだった。
「跨っていい?」
「ええで、でも汚れるかも知れんから気を付けてな」
「うん、どれどれ……ん~っと……」
ブレーキのレバーを握ったり放したり。各スイッチをパチパチと触る。バイクのメカにはそれほど詳しくないリツコ。だが不調を感じる事に関してはなかなか鋭い所が有る。
「ブレーキが渋いよ、あと、サスペンションは抜け気味かな?」
「ほう、やっぱりそうか」
その辺りは
「その辺りは動く様にしてから考えようと思ってな」
「あ、まだ動かないんだ」
「動くけどダダ漏れ。オイルもガソリンも撒き散らしてしまうで」
「それで新聞が敷いてあるんだ」
動く様になればブレーキ周りやサスも直して売る事になるだろう。問題は部品が出るか否かだ。初期型のジャイロXは三〇年も前のバイク。今、街で走っている車体はアップデートが重ねられて外見は同じでも中身が全然違う。
「このバイクを欲しがるのはどんな人かな?売れると思う?」
「う~ん、学生には売れないかな?」
「ほう、何で?」
「三輪車だと登録が面倒なのよ」
原付一種をボアアップして排気量五〇㏄を超えると原付二種。ところがジャイロは三輪。
「黄色ナンバーは五〇㏄超の『二輪車』だから」
ホンダジャイロで時速三〇㎞規制・二段階右折から逃れるにはミニカー登録となる。
「一種をボアアップしたら二種で登録出来そうなもんやけどな」
「その辺りが曖昧なのよね~
「特定二輪車で登録出来んやろか?トリシティって百二十五㏄が二種やな?」
「そうだっけ?」
ミニカー登録すると普通自動車運転免許が必要となる。ボアアップして側車付き自動二輪としての登録が出来ると聞いたが、どっちにせよ百二十五㏄の小型自動二輪までしか乗れない高嶋高校の学生には乗れない。
「ウチのバイクは高校生の通学用が多いしなぁ、高校生が乗れんのは痛い」
「普通に五〇㏄登録で売ったら?後ろにRVボックスか何かつけて」
「まぁボチボチ直すわ。さてと、晩ご飯にしようか」
「今日は何?パンチのある匂いがするぅ……鶏の味付け?」
この日の晩御飯は回鍋肉。安曇河町名物の若鶏の味付けと似た味付けで豚肉とキャベツを炒めたものだ。
「さらに溶き卵とワカメ・玉ねぎの中華風スープっと」
「今日はビールに合うね♪」
中の料理を肴にビールを呑んで、リツコは今日もご機嫌。
「中さんの料理は美味しいなぁ……私専属の料理人にならない?」
いつもの様にほろ酔いで言うリツコ。冗談では無くて本気だったりする。
「専属かぁ……
「違うの……私はずっとここに居たいの……」
中の不用意な一言でリツコは急に元気が無くなってしまった。
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