第195話 大島・3輪車で苦悩する

「……当てにならん……ナンボかかるんや?」


 ネットオークションで買ったジャイロのパーツリストは平成初期の物だった。


「そら平成も三〇年やもんなぁ、平成元年なんて大昔やもんなぁ」


 ある程度は予想していたのだが、届いた部品の値段はリストに載った値段の数割増しになっている。それだけなら仕方が無い。問題は何点か生産終了・供給停止・再生産予定無しのパーツが有る事だ。修理で致命傷となる部品では無いのが不幸中の幸いと言えば幸いなのだが……。


「生産終了やらゴソウダンパーツやら多過ぎる。何で今走ってるバイクの部品が無いんや?」


 スーパーカブやモンキーなら純正部品の組み合わせや共通パーツを殆ど覚えているあたるだが、初めての車種となると勝手が違う様だ。


「外装は中古で直るけんど、消耗品まで中古は使えんからな……」


 ホンダのジャイロシリーズは1982年から販売が続けられているロングセラー。ところがデビュー時はオフロード的な使い方をする3輪バギーに近いレジャーバイクとして登場。もともとオフロード車に使われる筈の型式『D』が使われているのはその辺りが発端だったりするらしい。その後、実用車として価値が見出されて現在に至るのだが……。


「なになに、年式によって全く違うバイクだから注意……何と!」


 ちなみに大島が今回手に入れたのは前期型と呼ばれるモデル。


「ん? このジャイロは一九八五年から一九八九年までのモデルなの……か?」


 更にその前に初期型というものもあって、これはフロントタイヤが八インチだったり構造が全然違ったりで更に部品が出ない事が多く、修理は困難な物となる。


「ホイールも中古で出回ってる奴と違う、ハブも違うからミニカー登録も出来ん」


 正確に言うと出来ない訳ではないのだが、ホイールがたった三本のボルトで取り付けられている上に初期型ジャイロはノーマルのトレッドが後期型より狭い。初期型だと分厚いスペーサーを使わないとミニカー登録出来ない。


「七cmのスペーサーか、PCDは小さいし本数も少ない。ハブへの負担を考えると怖い……」


 ミニカー登録の出来ないホンダジャイロは価値が低い。ミニカー登録してヘルメット無しで乗れるようになってジャイロは商品価値が増す。


「ウチへ来たのも何かの縁。せっかくやから直そう」


 商品として儲けにならなければ自分のコレクションにすれば良い。そう思いながら中はジャイロを整備していく。全ての部品が揃った訳ではないが、走り回る分には困らない程度の整備が出来る程度に部品は揃った。


「キャブレターは排気ガス規制が無い頃の単純な奴やな」

「エアクリーナーのスポンジは…触るだけで崩壊する……」

「マフラーは高村ボデーでパッチを当てて溶接してもらおうかな」


 順調に進んでいる様だが、実際は各部を掃除しながらの作業。おおよそ三〇年間に積もった汚れは高圧洗浄機でもすべて落とす事は出来なかった。


「カブと違って入り込んでるなぁ……ネジも多いし、手間やな」


 マフラー・キャブレター周辺の吸排気系を取り外すと掃除がしやすい。


「さてと、サイドカバーの中を御開帳……うおっと!」


 サイドカバー内には擦り減って細くなったベルト。そしてそのベルトが削れたゴムの粉。ベルトは擦り減っているがプーリーの段減りは無い。


「変な形のプーリーやなぁ。ベルトを外して、クラッチも取って、ドライブシャフトも抜いてデフクラッチから修理やな」


 クランクケースからデフクラッチをユニットごと取り外し。動画で調べるとユニットを外さないで車載で整備しているものが在った。大島も同じ様にして修理しようかと思っていたが、動画の投稿主は特殊工具を持っていないから半ば無理矢理作業した結果らしい。


「あ、カブのクラッチと同じロックナットや。外して直そうっと」


 デフクラッチユニットをシャコ万力と木片で挟んでスプリングを縮める。スナップリングを外してデフクラッチプレート・フリクションプレートを点検すると…


「フリクションディスクがズルズルに減ってる。プレートは一.六㎜が三枚。部品屋が持って来たのは二.〇㎜。三枚とも二.〇㎜にしてデフロック気味で組んでみよう」


 元々右のタイヤが減る傾向にあるジャイロ。高嶋市はそれほど小回りする道は無い。有っても田んぼや畑の畦道だ。そんな場合はデフロック気味の方が悪路走破性が高い。


 フリクションプレートの歯の位置を合わせてデフクラッチを組み立てた後はサイドカバー内の掃除と点検。幸いな事にオイル漏れの形跡は無い。デフクラッチユニットを取り付けた後はドリブンプーリーにベルトを挟んで仮組みしておく。


「ウェイトローラーを交換。スライドピースは出なかったから掃除して再使用やけんど、変な形のプーリーやなぁ。グリス漬けローラーって奴か?」


 ドライブプーリーはグリスが詰め込まれた密閉式。耐久性を重視したのか昔の考えかは解らないが、動きが悪く、この先オイルシールが弱ればグリスが飛び散る恐れが有る。


「今のスクーターと同じ様に組もう。アカンかったらまた何とかしたら良いええわ」


 駆動系を組み終えてホッと一息の休憩。コーヒーを飲んで古ぼけた三輪バイクを見ていると錆が目立つ。ホイールの錆が酷い。『オシャレは足元から』と言われるが、ホイールが錆びていると古ぼけて見える。


 マフラーの穴を埋めてもらうついでに高村ボデーへ持って行こう。そう思った大島は前後のタイヤを外して擦り減ったタイヤを外した。チューブタイヤだと雨水が入る為かどちらも錆が酷い。


「これは俺の手に負えん。高村ボデーボデーさんの領域やな」


 外したホイールは中も錆だらけ。エアバルブ周辺は特に錆が酷くて崩れて欠けている。


「買い物ついでに持って行こう。お小言の一つも喰らうかもしれんけど」


     ◆     ◆     ◆


「大島君よ、婚約おめでとう」

「社長も何か間違った情報を聞いているみたいですね……」


「もう過去は振り切っても良いと思うぞ」

「それよりマフラー修理をお願いしたいんですけどね」


 身に覚えのない婚約をあちこちで祝われたあたるは困惑していた。全てはリツコの頼みで動く金一郎の仕業だ。


「これやったら二日やな。中も掃除せんならんやろ?」

「パイプ洗浄剤で洗おうかと思ってます」


「それやったらチャンバー室を何か流用して丸ごと作ってしまえ。好きなように作って良いんやったらステンレスを使って一万円で作るぞ」

「安いですね。ワンオフチャンバーで一万円ですか」


 ノーマルマフラーの中古でもオークションでは一万円近い値段で出ている事も在る。ちなみに純正は一万三千円とパーツリストに出ていた。平成初期の発行だから値上がりはしているはず。噂では三万円になっているとも聞く。


「婚約祝いや。その代わり仲人はワシにな」

「じゃあ、そうしますんでホイールも修理をお願いします」


 マフラー製作は嬉々として引き受けてくれた高村だが、ホイールを見て表情が変わった。


「これは修理せん方が良い。中古でマシなのを買え。危ない」

「社長がそう言うならそうなんでしょうね」


 フロントホイールは錆を落として塗装してくれるとの事だったが、リヤホイールは全体が錆びて広範囲で薄くなっている所はある。


「直せん訳じゃない。ただ、コストが割に合わんからな」


『鉄とアルミの魔術師』が言うならと従う事にした。


     ◆     ◆     ◆


 買い物を済ませて再び店へ戻って作業を再開。プーリーのナットを締めてサイドカバーの取付け。キックペダル・リヤハブと分解した部品を組みつけて行く。マフラーとタイヤ以外の組める所は組んでいく。


 キャブレターのパッキンを交換してホースをつないで燃料コックを開ける。この状態で一晩おいて漏れが無ければエアクリーナー・マフラー・エンジンカバー兼リヤフェンダー・タイヤ・ホイールを組んで出来上がりだ。


 試しに部品屋へホイールの注文を頼んでみたのだが、五分後に供給停止と電話が来た。やはりこの三輪バイクは一筋縄では治らないらしい。


 中は修理を断られたリヤホイールを仮付けしてフロントタイヤの代わりにローラーを付けて移動できるようにしてジャイロの作業を中断した。


     ◆     ◆     ◆


『そこら中で兄貴と姐さんが婚約したって噂を流しています』


 金一郎からのメールを読んでいるリツコのメイクはタイプⅢ。最近は大島が好きな『キレイなお嬢さん』のメイクで過ごす事が多い。


(ふむ……ご苦労)


 金一郎に任せるだけでは無くて何か自分でも出来る事をしようとチャイナドレスを着たり、一緒に寝たり、こっそり服を脱がせて既成事実を作ろうとしたリツコだったが、どうも上手くいかない。


「そもそも男の人を落とすのって、どうするんだろう?」


 祖母や母から伝授された『殿方の喜ばせ方』は尽く通じない。しかも説教までされている。


「さて、どうしようかな?金ちゃんは何か知ってるかな?『中さんの好きな物を教えて♡』送信っと」


 すぐに返事は来た。


「なになに、『美味しい御飯と小さなバイクです』……駄目だこりゃ」


 リツコに出来るのは色仕掛け。なのにあたるは全く振り向く気配が無い。


「そうだ、逆転の発想だ」


 リツコは何かを思いついてニンマリとした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る