第190話 今津麗・自動二輪免許取得申請

とある1年生のクラスで戸惑う学生が居た。高嶋高校へ通う為に大津から引っ越してきた今津麗いまづ うららである。名前を名乗っただけでクラス中から睨まれる。


(そう言えば、バイク屋さんでそんな事言われたなぁ…)


ここはキチンと説明しなければロクな事にならない。そう察した麗は必死になって声を振り絞った。


「え~っと、『いまづ』って読みますけど『づ』は大津や三重県津市の『津』です。バイクに乗りたくて大津から引っ越してきました。よろしくお願いします!」


張りつめていた空気が緩むのが解る。


(ホントだったんだ…)


兄から『今都は嫌われ者だ』と言われていたのだが、話半分に聞いていた。

冗談だと思っていたのに、名前だけでここまで緊迫した状況になるとは…少し気が滅入るホームルームだった。


幸い、誤解が解けたのか数人と話しをしているうちにバイク通学の話になった。


「私は4月20日が誕生日だから、申請をして教習を受けてるうちに16歳になるのかな?」

麗の誕生日は教習所へ通ううちに来るだろう。


「私も誕生日は4月27日。バイクより自転車が良いけど、出そうかな?」

同じく4月生まれなのは小島瑞樹こじまみずき自転車が好きな女の子だ。


もう一人は少し誕生日が離れた藤樹四葉ふじきよつは

「私は5月やしもうちょっと先や。申請だけ出しとこうかな」


ホームルームで渡された申請書用紙を記入しながら話すうららたち。瑞樹みずき四葉よつははバイクに興味があると言うより、通学に便利なのが申請を出す理由らしい。高嶋市はどちらかと言えば自動車・バイクは趣味と言うより移動の為の道具。耐久消費財的な扱いなのだ。


(電車は湖西線が30分に1本。駅から学校まで歩いて20分。不便な場所だなぁ)

高嶋市で生まれ育った二人は『こんなもん』と思っているが、大津生まれの麗にとってはカルチャーショックである。


放課後、麗・瑞樹・四葉の3人は申請書用紙を持って職員室へ行った。


「も~第二教務室って…何個あるのよ~」

「えっと、第三は別棟の教室の方やから…」

「保健室の隣やったと思うで…あ、あった」


迷いながら何とか辿り着いた第二教務室には生徒指導の竹原とバイク通学担当の磯部が居た。


「あら、今津さん。無事に合格したのね。ようこそ高嶋高校へ」

「磯部先生の知り合いですか?」


どうして一生徒の自分を知っているのか疑問に思った麗だったが、磯部という名前でピンと来た。自分たちの借りた家のオーナーと同じ名字だ。恐らく目の前の磯部先生はバイク屋のオッサンについていた女の子のお姉さんだろう。そう判断した。


そうなるのは仕方が無い。麗の見たリツコはスッピン状態のタイプ2。今、目の前に居るリツコはタイプ1のガッツリメイク。まるで別人なのだ。


「あ…あの…申請書…」

「私も一応申請だけお願いします」

「私は5月の誕生日なんですけど、出しても良いですか?」


サングラスで竹刀を持つの竹原とバッチリメイクのリツコは2人で居るとVシネマの様に見える。話すと2人とも優しいのだが、見た目が悪すぎる。リツコはともかく竹原は優しい男だった。


「お?バイク通学…高嶋町と真旭に安曇河やな。多分大丈夫やで」

見た目と違う竹原の優しい話し方に3人はホッと胸を撫で下ろした。


「あの二人って『Vシネマコンビ』って言われてるの知ってる?」

「知らな~い。でもそう見えるよね~」

「私、磯部先生のお家を借りてるの」


第二教務室を後にした3人だったが、帰りの電車の時間までは時間が有る。


「今津さんは大津やったな。大津みたいに電車が無いし時間つぶそうか」

「でも、何処で時間つぶしするのか知らない…」

「図書室に行こう。この学校は本が一杯あるんだって」


     ◆     ◆     ◆


図書室では理恵と速人が仲睦まじく勉強していた


「でね、ここがこうなるからこうなんだよ」

「なるほどね~速人は教える天才だね♪」


2年生になっても2人は仲良し。いつも一緒に勉強している。通学も一緒。周囲からは付き合っていると思われているが付き合っているという意識は無い。そんな二人を見つけた麗は周りの迷惑にならない様に声をかけた。


「白藤先輩、本田先輩。こんにちは~」

「あ!麗ちゃん!」

「理恵ちゃん、図書室では静かにね」


「うん。ところでそっちの二人はお友達?」

「はい。小島さんと藤樹さんです」


「「こんにちは~」」

(小さくって可愛いなぁ…ちょとお猿さんっぽいな…)

(『安曇河中学の子猿』だ。女の子らしくなるんやなぁ)


2年生になって少しだけ女性らしくなった理恵。でも初対面の者にはまだまだ『小猿』に見えるのだった。


「さっき3人でバイクの申請を出してきたんです」

「そう、バイク選びは店選びが大事だからね。気を付けなきゃ駄目だよ」


そう3人に言ってはいるものの、店選びで大失敗したのは速人だ。速人がモンキーを売りつけられた『セレブリティ―バイカーズTatani』は今では閉店している。店が有った頃でも怪しかったアフターサービスは全く無い。理恵から大島サイクルを教えてもらっていなければ、もしも大島に整備を断られていたら、今頃速人はバイクに乗って通学はしていないだろう。


「さてと、私たちは帰るね。あんた達も早く帰らないと…」

「今都は怖いからね。出来るだけ複数で大通りを使って帰るようにね」


「じゃあ、私達も帰る?」

「そうだね。帰ろうか?今からやったら電車も良い感じやし」

「うん。帰ろう」


5人は図書室を後にした。


     ◆     ◆     ◆     ◆


高嶋高校でバイク通学の規則が変わったせいだろうか。いつもなら新学期早々に飛び込んでくる学生が少ない。リツコさんの話では入学式の翌日に申請用紙を渡して、それから審査らしい。となれば仕事が速いと自称するリツコさんでも2~3日はかかるだろう。


「学生が来るのは週明けぐらいかな…」

外を見ながらコーヒーをすする。すっかり春だ。もうすぐ桜が咲く。


蒔野では桜の名所が有る。それは別にどうでも良いのだが、問題は桜を観に行く連中のマナーの悪さ。どうして市役所のバスが花見に出るのかはわからないが、市役所の行政バスを『研修』と称して花見に行く連中はマナーが悪い。窓からゴミが降ってくる。特に酒ビンが要注意。直接ぶつかれば怪我をしたり、バイクが壊れたりする。ぶつからなくても割れた瓶を踏んでパンクしたり、瓶に乗ってフロントフォークを壊したり。そもそも何故市役所のバスで酒を呑みに行くのか解らない。そんな所へバスを出す市役所も市役所だ。


(市になる前の安曇河町の頃の方が良かったなぁ…)

思った所でどうなる物でもない。だが思わずにいられないあたるだった。

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