第189話 新学期スタート

 春休みが終わり、各学校では始業式や入学式が行われている。


 校長の退屈なセリフや新任の挨拶はどうでも良い。理恵達にとって大事なのはクラス替えだ。バイク仲間たちとは離れたくない。そして、人を見下して授業中もうるさい今都の連中とは近付きたくない。


「今年も速人と一緒やな」

「だね」


 理恵達のクラスはほぼ入れ替え無し。若干進学クラスから異動が有ったり逆が有ったりはしたが、基本的には同じくメンバーだ。綾・亮二・絵里・美紀と大島サイクルの常連が揃った。


 2年生になっても理恵は元気一杯。そんな理恵に声をかける者が居る。


「おい、お前のバイクってどこで買ったんだよ」


 人の物を尋ねるにはそれなりの態度が有る。親しくも無いのに『お前』とは何事だ。今都中出身の生徒らしい乱暴な聞き方にむかついた理恵だったが、


「ヤ〇オク」


 理恵のゴリラは部品を大島がオークションで買って組み立てた物。ある意味間違っていない。嘘は言っていないが全てではない。嫌な奴を上手くあしらえる様になった理恵。1年生の時より少しだけ成長した様だ。


 2・3年生が教室に戻った後は入学式。


 今日のリツコはガッツリメイクのタイプ1。去年と変わらない様に見える。少しだけ違うと言えば左手の薬指。ホワイトデーに大島から貰った指輪が輝いている事だろう。


「おや?磯部先生、指輪ですか?」

「ええ、婚約者フィアンセからです」


 婚約などしていない。一緒に住んでいるが下宿であって同棲ではないのだが、リツコは外堀から埋めようと企んでいた。


 少しずつ変わる周囲と同様に大島サイクルにも変化が有った。


「兄貴、婚約おめでとうございます。で?式は?」

「金一郎、お前も何か間違った情報を聞いてるやろ?」


 何故か大島は周囲からリツコとの婚約を祝われて困惑していた。その都度否定はしているのだが、それ以上に間違った情報は広がっているらしい。


 裏では金一郎や晶が動いているのだが、鈍感なあたるは何も知らない。


「ところで、新しい担当でっけど」

「改めまして、今津克己いまづかつみです。よろしくお願いします」


 億田金融では若干の担当替えが有った。新しいウチの担当は新人の今津さん。優しいお客さんを担当させて育てるらしい。ちなみにうちは億田金融から金は借りていない。借金した事は有ったが全部返して逆に金を預けてある。金一郎は今後は裏方仕事にまわる。企業秘密で教えられないとは言っていたが、金一郎の言う『裏方』は堅気は知らない方が良い事だろう。


 そう言えば今日は入学式。


「お兄ちゃんは入学式に行かんで良いんか?」

「恥ずかしいから来るなって言われまして」

「行ったら良いって言うたんでっせ」


 俺は兄弟が居ないから解らんが、妹とは難しい生き物かも知れない。


「ところで、あの布をかけてあるのは何ですか?」


 店を見回していた今津さんが見つけたのはマグナ50。ウチでは珍しいマニュアルクラッチ車だ。


「マグナ50や。見る?」

「いや…仕事中ですし、あとでま」

「かまわん。見せてもらい」


 仕事中だと遠慮する今津さんの言葉を金一郎が遮った。社長が許可するならOKだろう。


「車体はそれなりだけどエンジンは良さそうですね」

「エンジンはケースが割れてたからカブの部品で直してあります。ほら」


 エンジンナンバーはHA02で始まっているが部品は流用可能だ。ただし、シリンダーの刻印49㏄。


「ハーレーみたいでんな……これで原付でっか?」

「そうや。面白いやろ。ボアアップ52㏄で2種登録や」


「52?75ナナゴーでも88ハチハチでも無くて52ですか?そらまた何で?」

「それはな……」

 

 振動でクランクケースが割れる恐れを避ける事、格安で合法的に2種登録する為と説明すると2人とも納得した。金一郎はバイクは知らないが法は詳しい。今津さんはバイクに詳しい。


「妹さんにどう?スピード違反するほど速うないから通学に良いかも」

「免許の申請が通るかが問題ですね」

「ん~まぁ大丈夫やろう」


 成績優秀と聞いているし、良い子みたいだから大丈夫だと思う。


「すぐに売らんなんもんでもないし、キープしとくわ」


 とりあえずマグナには『商談中』の札を付けておく。


「ところで兄貴、新入りの外回り用のカブですけど」

「黄色ナンバーで作ってる」

「シールドとリヤボックスもお願いします」


 億田金融様、1台商談成立。フロントシールドとリヤボックスを注文しておく。


 2人が帰った後は修理途中のスクーターの続きをする。


 エンジンオイルを交換していなかったのだろう。汚れがひどい。オイル交換してアイドリングさせる。フラッシングは何となく怖いから普通のエンジンオイルを入れてエンジンを暫く回す。回すついでにカーボンクリーナーを吹いておく。気休めかも知れないけれどやらないよりマシだろう。アイドリングが若干不安定だ。スパークプラグも寿命だ。高い部品ではないので新品を付けてアイドリングさせる。


(やっぱり、1回位では何ともならんか……)


 最初に入っていたオイルは真っ黒でドロドロ。今回はまだマシだけど真っ黒で墨汁みたいだ。完全分解すると元が取れない。オイル交換だけで乗り切れることを期待して再度エンジンオイルを交換する。


(少しだけ音が軽やかになったか?)


 愛情に飢えたバイクのメンテナンスは大変だ。バイクと女性は似ていると思う。かまい過ぎると疲れるし身が持たない。財布も持たない。放っておけばぐずったりすねたりする。バイクもお付き合いする女性も相性が良ければとことん長い間付き合いたいものだ。コロコロ変えるもんじゃない。


 あくまでも個人的主観ですと言っておこう。


 弄り壊したバイクと違って寿命が来た部品を交換したりすれば良いだけなのが幸い。訳の解っていない素人が下調べをせずに無茶苦茶な整備をした物よりはマシ。せっかく良いバイクを買っても手入れをしないと調子が悪くなる典型的な例だ。


 この時期はバイク買取業者の友人が面白いバイクを持って来る。仕入れ先は今都が殆ど。今都の高嶋高校生は4輪の免許を取ると親に車を買ってもらって乗る。やはり安曇河と生活レベルが違うのだろう。物の考え方、言動等全てが違う。そんな5町1村が合併して上手くいくはずがない。冗談抜きで平成の大合併は大失敗だったと思う。


 色々と考え、作業していると夕暮れになった。コンプレッサーのエアーを抜いて店を閉めた。


     ◆     ◆     ◆     ◆


 ヴロロロロ……プスン


 社外マフラーの音も勇ましくリツコさんが帰って来た。


「ただいま~疲れた~お風呂入りた~い」

「こんばんは~」


 今日は葛城さんも一緒だ。帰り道で出会ったらしい。ここしばらくは来なかった葛城さん。少し痩せた様に見える。仕事が忙しいのだろうか?春の交通安全週間絡みかな?


「2人とも先にお風呂に入っておいで。ご飯の準備はしておくから」


 一緒に帰って来るなら連絡してくれないと困る。幸い今日は炊き込みご飯とお吸い物だから良いけれど、日によっては何ともならない事が有るんだから……俺は奥さんか?


     ◆     ◆     ◆


「おじさんのお友達を手玉に取るってのがリツコちゃんらしいね~」

「そうよ。チャンスは逃がさないんだから」


 晶ちゃんの言う通り、我ながら策士だと思う。


「ともかく、婚約したって情報は流しておくね」

「ありがと、協力よろしくね♪10月位にゴールインしたいな♪」


「あ~秋の交通安全運動に引っかかるかも、ところで……」


 晶ちゃんが手をワキワキ動かしながら迫って来た。嫌な予感がする。


「報酬は体で払って貰おうかな♪」


 嫌な予感は的中。明るいお風呂でそれはそれはじっくりと弄られてしまった。


「あれ?リツコさん、のぼせた?」


 お風呂上りの私の顔は真っ赤だったと思う。自分でもわかる。


「うん。暑いからビールかな?晶ちゃんは?」

「お熱い二人の家にお泊りは悪いから止めておこうかな」


「みんな何か勘違いしてる」


 チッ…気付かれたか?


「話したい事も在るし、ね?」


 この後、部屋で布団を並べて久しぶりに晶ちゃんとプチ女子会をした。私と晶ちゃんの秘密の作戦会議だ。


「で、男の人ってどうやったら落とせるの?」

「穴を掘って発泡スチロールで蓋をして……」


 それはお笑い番組の落とし穴。私に惚れさせる方法を知りたいんだけど。


「男の落とし方を知っていたらリツコちゃんはとっくに結婚してるよね?」

「そだね~」


「酔った勢いで既成事実を作るのは? 潰してから襲って、お互い裸で目覚めるとか」

「う~ん、それは中さんが怒っちゃうと思うけどな~」


『無理矢理とか酒で酔わせてなんて嫌いや。男と女はフェアな関係でないと』


 ……そんな事を言ってる人にそれをやると嫌われそうだ。


「そもそも、酔いつぶれてどうこうする人でもないし」


 酔って裸になった私に何もしないのだから、ある意味困った人だ。


「『男は胃袋を掴め』って言うけど……リツコちゃんは無理か」

「逆にこっちの胃袋を掴まれてるよぅ……」


 そもそも私はお料理が苦手だ。


「お料理をしなさいって言われてる。カレーを作れるようになりなさいって」

「カレーか、がんばれ。小学生でも作れる」


 中さんのカレーは鰹出汁が効いた和風のカレー。味の秘訣は教えてくれない。


「中さんのカレーに勝つためには何が必要なのか」

「ルーの箱に書いてある通りに作れるようになってから考えようね」


 結局、結論を出せずに眠ることになった。

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