第181話 磯部・大島家に下宿
「下宿が決まり、荷物を運び終えてホッと一息ついたリツコを
『ずっとここに居たら良いんやで。2人で幸せになろう』
『良いの?私はお料理が出来ないよ?』
『料理は俺が作る。リツコさんは食べるだけで良い』
『でも……』
『その代わりに、俺は君を食べる』
『あっ……』
リツコは押し倒された。
暖かい日が続くので、そろそろコタツを片付けようか迷っているのだが、磯部さんはコタツを満喫中。このお嬢さんはコタツが大好きだ。君はニャンコか?
「えっと……何を言ってるんかな?」
「そんな風になるかと思ったんだけど……ならないね」
リツコが大島家で下宿生活を始めて3日が過ぎた。
母から『男はみんな狼なのよ。それは母さんが保証します』と言われて育ったリツコ。狼なら襲って来ると思っていたが
『付き合う前に見せなさい。黙って座ればピタリと解る』と母に言われていたので紹介しなければと思ったが、母が嫁いだのは地球の反対側だ。そこまで行くほど暇じゃない。そこで画像をメールをしたのだが、母の反応は『この人なら大丈夫』だった。
「お母さんには引っ越した事を連絡はしたんやな?」
「うん、久しぶりに連絡したら元気だったんだけど……」
母が元気だったと言う割に磯部さんの表情は微妙だ。何か嫌な事が在ったのか、それとも喧嘩をしたのか。下宿に難色を示したのだろうか?
「知らなかったんだけど、元気過ぎて…そりゃぁもう元気で…」
「元気で何より。親孝行したい時に親は無しってな…」
中は事故で逝った両親を思い出した。
「弟が出来てた。もう5歳だって…どうなってるのよ?」
「凄いな!25歳差?親子みたいやん」
磯部さんが引っ越しで持って来た服の中には明らかに普段着る服じゃない『夜のお楽しみ用』の服も有った。お母さんは御盛んな人かもしれんなぁ。もしかして磯部さんの親父さんはそれが原因で早く亡くなったとか?
「『良かったなぁ、磯部家に跡取りが出来て。じゃあ、リツコさんは俺の御嫁さんになっても家が絶えることが無いな。僕のお嫁においで、さあこっちへ……』手と手が触れ、唇と唇が合わさり……肌と肌が触れあい……『俺の鍛造ピストンで』『ああっ私のシリンダーにピストンがっ』……失礼をいたしました」
俺が冷たい目で見ているのに気付いたリツコさん…どこかで見たぞ、こんな噺家。
「青いなぁ……」
この
可愛らしいのに残念だ。
「ところで、その後はどう? 変な視線は感じる?」
「それがピタリと無くなったのよ。やっぱり独り暮らしは危ないわね」
金一郎の紹介で来てくれた探偵が何とかしてくれたのだろう。磯部さんに付きまとう者は居なくなったらしい。調査報告書やレポートは持って来ていないけれど、直接何とかしてくれたのだろう。妙に立派な眉毛と鋭い目つきの探偵さんは良い仕事をしてくれた。礼を言いたいところだが、依頼人と再び会わない主義の人でもあり、忙しくてそこら中を飛び回っているから無理なんだと。
「それは良かった。物騒な事件が在るから気を付けんとな」
「そう言えば、あの事件ってどうなったんだろう?」
今都町で他殺と見られる遺体が見つかったと新聞に出ていた。ヴァヴィロンタウンの住民だったから大騒ぎになると思っていた。白バイ隊の葛城さんまで駆り出される始末だったのに、あっという間に静かになった。
「急に静かになったな。何か有ったんかなぁ?」
「晶ちゃんに聞いてみようかな?」
◆ ◆ ◆
ブロロロ……ストン……
「こんばんは~!」
妙に元気な声を出して葛城さんがやって来た。
「いらっしゃい。磯部さんは呑んで待ってるで」
「げ、待たせちゃったかな?」
「晶ちゃん、遅~い!」
磯部さんの傍らには数本のビールの空き瓶が立っている。今まではそれほど酔わない様に見えたが、下宿してからの磯部さんは酔いが回るのが早い。リラックスしているからだろう。
「まぁ、晩飯でも食いながら話を聞こうかな?」
「そうそう、この前の事件?ヴァヴィロンの事件の事を教えて!」
さすがに担当部署でもなく、守秘義務があるみたいなので全部は言えないみたいだけど、葛城さんはヴァヴィロンタウン変死体事件について教えてくれた。
どうやら銃で撃たれたらしい。この田舎で銃なんて猟友会位のものだと思っていたのに、近頃は物騒だ。
「1500m超の
「不可能だと思うし、どう考えても現実的じゃないんだよね」
「散髪屋さんに置いてある劇画じゃあるまいし……」
遺体へ撃たれた弾丸は、どう計算しても1500m以上の距離から撃ちこまれたとしか思えないものだったらしい。そんな距離を命中させることは実質不可能。少なくとも周辺の猟友会の人が撃った物ではないのは解ったらしいのだが……。
「急に静かになったけど、何か有った?解決?」
「それが、上の方から御達しが在って捜査終了になったの」
「……今都やなぁ」
政治的な圧力で捜査を止めさせる事は有る。桜さんが殺された時もそうだった。今都出身の議員が裏から手を回して息子の事件をもみ消した。忌まわしい過去だ。
わが県の警察は優秀だ。伝説の『怪人二十一面相逮捕事件』は御存じだろうか?
製菓会社のブリコ・富永の菓子に『毒入り危険・食べたら死にまっせ』と、毒物入りの菓子を売り場に置いていた大事件。『ブリコ・富永事件』と言った方が分かりやすいだろうか?犯人を捕まえたのは滋賀県警の刑事だったのだ。
怪人二十一面相の行動を先読みしてはり込んだ刑事に取り押さえられた大逮捕劇。今や伝説の事件としてテレビドラマや映画になっている。
そんな優秀な警察も政治の力には抗えないらしい。
「県警を押さえるとは……政治的な圧力には勝てんな、裏の世界は怖いで」
「そう言えばおじさん、リツコちゃんの方はどうなりました?」
ここは磯部さんに話をしてもらう方が早いだろう。
「下宿してからは何も無いよ♪」
「この前は手伝えなくってゴメンね」
「いいのよ、荷物はそんなに無かったし、中さんと二人っきりだったし♪」
「ずっと下宿したいって言ってたもんね」
「ご飯は美味しいし、家に帰ると電気がついてるのが良いね♪」
「私も下宿させて貰おうかな?」
女性の独り暮らしは物騒だと思った晶は磯部に続いて大島家に下宿をしようかと企んだ。
「「晶ちゃん(葛城さん)は大丈夫」」
「何でハモるのよ…『女の子の独り暮らしは心配』ってならない?」
「「ならない」」
話をしているうちにあっという間に時間が過ぎた。葛城さんはお酒が入っていた事も在るので泊まってもらう事になった。向こうも最初からそのつもりだったみたいで、お泊りセットは一通り持って来ていた。
「ふふっ♪リツコちゃん……可愛い」
「や~ん!引っ張らないでぇ……あんっ♡」
(聞こえない聞こえない…見たら駄目、見たら駄目だ!)
リツコさんの部屋から何か聞こえる気がするが気にしない。気にしないったらしない。何を引っ張っているのかはちょっと気になる。
だっておとこだもん あたる
☆ ☆ ☆
一晩明けて翌朝。
「それにしても、君はどうしてエンジンがかからないのかな~?」
「私のカブと同じエンジンなのに」
中さんが朝ご飯を作っている間、暇だった私は晶ちゃんと倉庫の主と対面していた。中さんにしかエンジンをかける事が出来ないホンダゴリラ。バイクのプロである晶ちゃんでもエンジンをかける事が出来ない。カブと同じエンジンなのに不思議だ。
「まぁ、エンジンはかからないけど一緒に住むことになったから。宜しくね……っと」
挨拶代わりに踏み込んだキックペダル。
プルン……ポンポンポンポン……軽快な音を立ててエンジンが……動いた!
「うそ……チョークも引いて無いのに!」
「わっ……中さん!中さ~ん!」
どうしてエンジンがかかったのかは分からない。倉庫の主に認められたのかな?
「朝から何をバタバタと騒いで……お?かかってるやん!」
驚く私たちの事など気にする様子も無く、倉庫の主は元気にアイドリングしていた。
※作中に出て来る『ブリコ・富永事件』は架空の事件です。現実世界で起った全ての事件とは全く無関係です。
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