第162話 ご用件は携帯へ
2月に入ってから修理の電話がかかってきている…らしい。『らしい』なんていい加減な表現になるのはかかってきた電話に出ないからだ。
『あ~あんた所は商売する気はあるの?もう他所に頼むわっ!』
『何で平日に電話に出ないのよっ!商売繁盛な事でよろしいなっ!』
今日もメッセージを聞くが内容はこの手の事ばかり。俺はデジタル関係や最新家電の操作に疎いが、おかげで着信拒否の方法を覚える事が出来た。電話に出ないの
ジャララララ~ン♪
携帯から黒電話の呼び出し音が鳴る。固定電話からベルの音が無くなって何年になるだろう。その代わりに携帯電話から昔懐かしの音が鳴る。何度聞いても不思議なものだ。
「はいよ~大島です~」
『おっちゃん?店は開けてる?今日行っても良い?』
理恵だ。寒くなってからは来ないのに何か用事が在るのだろうか?
「暇してるで。おやつ用意しとくからおいで」
『ほな、帰りに寄るしな~♪』
休み時間にでもかけて来たのだろう。騒がしい教室の様子が声の向こうに聞こえた。もう期末テストを意識する時期だろう。年明けの3学期はテンポが速い。もうすぐ中学生は自転車を新調する時期だ。高校生向けのバイクは4月の入学式以降に教習所通いの許可が下りて、そのあとで教習。更に、今年度からは厳しくなったバイク通学許可申請の審査がある。磯部さんも関わっていると聞いたが、学生がバイク通学できるのは4月半ばになるそうだ。今までより10日くらい遅れる模様だ。
適当に昼飯を済ませて買い物へ出かける。特に何か決めて買うわけでは無く安い物を傷まないうちに食べられる範囲で買い込んでおく。
最近、磯部さんと葛城さんがご飯を食べに来ることが多い……というか磯部さんは朝食・夕食と食べに来るから食材の減りが早い。今までは休みにまとめ買いしていたが最近は12~13時は昼休憩にしている。夕食の買い物・準備に時間が必要だからだ。
家族の世話をする母ちゃん達って凄いと思う。本当に偉いよ。
夕方になって理恵がやって来た。
「おっちゃん。こんにちは」
「お前ひとりとは珍しいな。速人はどうした?」
最近、新しいエンジンを組んでいる速人が来ない。
「部品集めで行き詰ってるんやって。それに、今日は速人に内緒で来たし……」
「お前は何をモジモジしてるんや?おっさんに惚れたか?」
理恵の顔が小猿みたいに真っ赤だ。図星だったのだろうか。
「違うわ!速人にその……何て言うか……チョコあげたい」
何とまぁ、『湖岸のお猿』が恋をしたらしい。
「それでな、手作りのチョコを渡したいんやけどな、私、作るのが下手で……リツコ先生に聞いたら、おっちゃんが料理上手やから聞けって言われて……」
毎回思うけど、理恵は困った時に椅子をほじくる癖が在る。今回もビニールが破られそうなのでさっさと返事をする。
「おっさんもお菓子は得意と違うけどチョコぐらいやったら何とかなるしやってみよう。今度の連休で作ろうか?多分磯部さんと葛城さんも泊まるし、女の子3人で作ったら楽しいんと違うかな?」
「うん、それとな……速人には言わんといてな」
「どうしようかな」
「言うたらシバくで!」
「言わへん。『人の恋路を邪魔する奴はカブに轢かれて死んでしまえ』って言うやろ? おっさんかて青春は有ったんや。お前の気持ちは解るで」
◆ ◆ ◆ ◆
今日も夕食を食べに来たリツコさん。来るなり風呂に湯を入れて、ひとっ風呂浴びた後は冷蔵庫のビールを呑み始めた。
流れる様な迷いの無い動きは美しささえ感じさせる。
「磯部さん、理恵から相談されたやろ」
「うん。中さんなら何とかするでしょ?」
料理作りと違ってお菓子作りは難しい。よく作る蒸しパンは蒸し料理の応用で作っているが、そのほかは専門外だ。
「業務用のチョコを溶かして型に入れて固めるで良いんかな?」
「晶ちゃんも誘ってみようか?知ってるかも」
葛城さんはあげる方じゃ無くて貰う方だと思うけどな~
「磯部さんはチョコをあげる人は居んの?」
「欲しい?30女の手作りチョコは重いわよ~」
そんな重いもんは要らん!……と言いたい所を堪える。
「俺はチョコより磯部さんを食べたいな♪」
「いいよ。初めてだから優しくしてね……責任も取ってね♡」
「ごめんなさい冗談ですチョコが良いです」
「チッ……もうチョットだったのに……」
もう少しで下宿どころで無くなる所だった。
そんなこんなで連休最終日に女子3人がウチに来てチョコ作りをする事になった。
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