第153話 今都の住人はお断り

「申し訳ないんやけど、出て行ってくれる?」


(出て行けって…客に言う言葉じゃないよな)


デスクで飯を食いながらぼんやりと考える。ホンダのモトコンポに惹かれて大島の店に顔を出す様になった安浦だが、ある一言を言っただけで追い出されてしまった。


―――――先日の非番の日―――――


「買い物は安曇河まで来ることが多いですね」

「安浦さんは何処に住んでるんや?真旭?高嶋?」


「いえ、今都いまづです」


『今都』と言った途端に店主の表情は消え、店の空気が変わるのが解った。


「申し訳ないんやけど、出て行ってくれる?」


え?何でと聞き返そうがちょっと待ってと言おうが店主は聞く耳を持たない。


「帰れっ!」


大島に怒鳴られて仕方なく安浦は店を後にしたのだった。一言多いと言われ、仲間から距離を置かれて『はぐれ刑事』と呼ばれる自分だが今回は何も悪い事は言っていないと思う。店主と楽しく話をしていたと思う。帰れと言われるまでは楽しく会話していた。


「何が悪かったんやろうなぁ」


昼休みを終え、窓から外を見ると白バイが走って行く。


「02号車……『高嶋署の白き鷹』か。あいつはバイク通勤していたな」


あいつに聞けばバイク屋を教えてもらえるだろう。安曇河のバイク屋は大島サイクル以外に何軒か有ったはずだ。でも、聞いたところで答えてくれるだろうか?残念な事に自分は『白き鷹』に嫌われていると思う。あいつに限った事ではない。署内で自分は皆から距離を置かれている。


ではなぜ異動にならないのか?


(異動に次ぐ異動……もうここしか残ってないんだよな……)


安浦は、はぐれにはぐれて今都にある高嶋署へ来たのだった。署に近い場所にアパートを借りたので通勤は徒歩だ。一応、自動車は持っているが結構な希少車で無駄に使いたくない。市内をちょこまかと走る分にはバイクも良さそうだ。


琵琶湖沿いにある湖岸道路はツーリングのメッカでもある事だしバイクも良いかと思っていたところでのバイク店の傷害事件。今まで安曇河に行く事は無かったので知らなかったが、今都よりまとまりがある街で住み易そうだった。


(いろいろ考えていても仕方が無い。聞いてみるか……)


     ◆     ◆     ◆


「え?おじさん、『はぐれ刑事』を追い返したの?」

「ん?何か聞いてる?」


勤務終了後に安浦からバイク店を紹介してと言われた葛城だったが、無論バイク店の事など教えなかった。正確に言うと周りの婦警や女性の鑑識さんがスクラムを組んで安浦を遠ざけたので教えるどころではなかったのだが。


「今都に住んでるって言ったら叩き出されたって」

「ホンマに叩いてたら傷害で逮捕や」


色々な事が煩い昨今。大島の中学生の頃は『俺は剣道部の顧問だから』と自作のミニ竹刀で生徒を叩いていた教師が今では『~さん』と生徒を呼んでいると聞く。昔と違ってポンと叩いただけで傷害罪で御縄のご時世である。


「あの人は長浜出身なんだけどね。まぁ、いいか」

「ウチは今都に住んでる人はお断りやからね」


「で、そのバイクは何?おじさん苦戦中なの?」

「ホッパー125…の残骸?かな」


大島の分解しているバイクは何だかわからないオフロードタイプ。ツキギと言うパーツメーカーが輸入か何かで扱っていたホッパー125。 欠品多数・エンジン無し・書類有りの車体を安く仕入れて来たのだが…


「配線はボロボロでエンジンも無いからカブの奴で直すけど苦戦してる」


海外製でカブのコピーエンジンを積んでいた少し珍しいバイクだ。サスペンションも本格派で新車の時はなかなか楽しいバイクだったらしい。オフロードで走っていた車体だったのだろうか。分解中に落ちた砂や泥が工場の床に落ちている。


「砂だらけやで。ある程度分解してから高圧洗浄機やな」

「お店がジャリジャリになっちゃうね」


葛城はツキギというメーカーは知っていたが、ホッパー125は知らなかった。


「情報が無いから全部が手さぐり。ボチボチやるわ」

「出来たら面白くなりそうだね。売るの?」


この手のバイクは半分趣味。コレクションにするか判断に迷うところだが、カスタムされたモンキーと思えない事も無い。


「ん~どうしようかな~葛城さん、どう思う?」

「売れると思うけど、今は無理かな?」


「ま、桜が咲くころには出来るやろう」


雪がちらつく高嶋市。まだまだ寒い日は続き、バイクが楽しいシーズンは遠い。

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