第154話 椛島さん・オイル交換
寒いが雪さえ積もっていなければ近場のバイク移動は出来る安曇河町。先日納めたお手軽二種登録のカブに乗って椛島さんが現れた。
「こんにちは~オイル交換に来ました~」
「いらっしゃい。調子は良さそうやね」
ちょっと待っててなと工場へカブを入れてオイルを抜く。エンジンは温まっているのでオイルは滑らかに流れ出す。給油口を開けるとオイルの勢いは増し、トレイにはまだ使えそうなオイルが流れ出した。
「金属粉もほとんど出てないし、音も静かになりつつある。順調みたいやけど気になる所はあるかな?」
「特に無かです。これで充分」
キーはOFFのままで何回か空キックすると少しオイルが出る。ドレンを締めて新油を入れる。何回かキックしてからオイルゲージを見る。オイル差しで微調整して丁度良いオイル量にする。
コーヒーを出して少し世間話。椛島さんは九州から来たそうで、滋賀の寒さは身に染みるそうだ。県外から引っ越して来る者には夏の高嶋市は良い所に思えるのだが、冬になると湿気の多く重い雪に辟易する事が多い。
「この前、お買い物に出かけたらバラバラとBB弾みたいなのが降ってきて痛くて驚きました」
「ああ、この前のアラレが降った時やな。バイクやと痛いやろ?」
九州は温暖だからアラレを見る事は少ないのだろう。
「急にボコボコ当たってパニックになって。職場で聞いたらアラレだよって」
「なるほどなぁ。南から来たら驚くやろうけど、今年はマシやで」
「え?これで?」
「おととしから去年にかけてなんか大雪やったから。地元の者が音を上げたで」
「夏に下見に来た時は良い所だな~って思ったんですけどね」
「夏は良いけど冬は中途半端でつまらん町やからね」
昔は雪景色で楽しめたのだが、温暖化の影響か近頃はベチャベチャとした雪質で足元は悪いわ、市内のスキー場も昼間に溶けかけた雪が夜に凍り付いてアイスバーンだらけだわで全然楽しくないらしい。俺はスノボやスキーをやらんから知らんけど。
「夜は店がすぐ閉まる。おしゃれなカフェも無い、雇用も無いでろくなことが無いでしょ?そんな街な訳よ。でもまぁ住めば都って言うから。安曇河は呑気な街やから」
椛島さんの表情が曇る。何か辛い事でもあるのだろうか?
「安曇河の人は良か人が多かですけどね。今都のお客さんが怖かです。怒鳴ってきたり殴りかかってきたり、もう滅茶苦茶しよっとです」
ウチみたいな『今都お断り』なんて言ってる店と違って椛島さんの職場は大変らしい。今都の人間を相手するくらいなら猫に芸を教える方が楽だろう。
「バイクの修理以外に溜まるもんが在ったらおいで。コーヒーくらいは出すから」
「はい。またお願いします」
椛島さんが帰った後は再び中古車を整備する。 相変わらず古めのスクーターが多い。それでもメットインの無い時代のスクーターは入って来ない。古くてもせいぜい二〇年落ちくらいだろうか。二ストロークエンジンのスクーターが減り、四ストロークエンジンの者が増えつつある。
(昔のスクーターの方が造りが良かったりするんやけど……)
造りが良いと言っても二〇年もすると整備代が掛かり過ぎて商品にならない。分解してパーツ取りにしたり、修理が趣味の人様にレストアベースの現状販売で売るか迷う物が半分くらいある。
椛島さんのカブに使ったピストンのメーカーは、他車のオーバーサイズピストンも供給していたので何種類か買ってみた。シリンダーボーリングと組み合わせて格安の二種スクーターを作っておく。春には売れるだろう。
女の子はカブのギヤチェンジでも嫌がる子がいる。アクセルを捻るだけで走るスクーターを求める子が多い。そこへ二種登録という付加価値を付けて売り出すと古い物でも売れるのだ。
これは磯部さんのアイデアだ。女の子の考えは女の子が知ってるって訳だ。古いスクーターで困るのはカウルの爪が折れたり割れる事。これは補修材で直す。先代の頃では考えられない便利な商品が在って助かる。
暗くなって来たので今日は店を閉める。
次は夕食の支度。おから入りハンバーグにサラダ、お味噌汁と煮物を少々。用意をしていると磯部さんが晩ご飯を食べに来た。
「こんばんは~」
「いらっしゃい。今日はハンバーグやで」
「やったね! お腹空いちゃった~」
ハンバーグを温めている間に磯部さんは日本酒を入れた銚子をレンジでチン。煮物を摘みながら晩酌を始める。
「あれ?指輪してるの?」
「ああ、これ?男避け。化粧を変えたらモテちゃってね~」
左手の薬指に鈍く輝くのは暇潰しで作ったリングだ。チタンマフラーの端材で作ってみたのだが、マフラーと同じ焼け色のリングが何ともライダーらしい。
「モテてるなら相手も選び放題なのに?」
「私だって選ぶ権利はあるもん」
磯部さんは変わった。初めて店に来た時も美人だったけど、雰囲気はきつかった。いつの間にか雰囲気に尖った部分は無くなり、服装もお嬢さんっぽい可愛らしい格好が増えてきた。モテて来たから余裕があるのだろう。話し方も優しい。これが彼女の地なのだろう。
「迫られると怖いのよ。目をギラつかせて来られると怖いの」
「美人は大変やな」
男は狩人。どうしても獲物を狙おうとすると目の色が変わる。多分、俺もそうだ。
「化粧を元に戻すとか、服装も元に戻すとかする方が良いんかな?」
「中さんは、この格好は嫌い?」
正直な話、タイプだ。
「ストレートのど真ん中ではないけど手が出そうなコースやな」
「でしょ?気に入ってるんだ~手を出しても良いよ♡」
おっさんをからかうのもいい加減にしなさい……。
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